高杉晋作が死を前にして詠んだ「面白きこともなき世を面白く」に「棲みなすものは心なりけり」の下の句をつけたのは女性歌人の野村望東尼(モト)。モトは50代で夫に先立たれ、出家して穏やかな余生を送るはずだったが、嗜んできた歌の師匠を求めて、大坂そして京都に旅する。そこで勤王の志士に出会うなか共感、多くの志士の支援をするようになる。「こげん婆さんになったっちゃ勤王ば唱えて、どげんか世ば変えられんかと逸っとるんやけん、自分でも呆るうったい。女は家ば守るもんやちゅうとに、ほうぼう飛び回った挙げ句、家族にも迷惑ばかけて。恥ずかしい話やばってん」・・・・・・。武家の妻とか母とか祖母とかを離れて、歌の上手な老境の女性が、ただ「本心」に従い生きたいように生きる。幕末の志士たち、あの平野国臣や高杉晋作までも「母」のように「同志」のように慕い安らぎを与えた一女性の姿をくっきりと描く。それはそのまま、長州に隣接する福岡藩内の一女性から見た鮮やかな幕末史となっている。
身分があるわけではないが、やり手で行動的、包み込むような優しさと教養を持った魅力的でちょっと困った"老女"という感じか。志士は皆、惹かれ語らいたくなるのだ。モトも「なぜ勤王運動に身を投じられたか」を聞くたびに、「喜悦で体が満たされていく」のだった。しかし野村家では、「タネは眉間の皺をますます深くした。『野村ん家はお義母様がおらんと回らんけん、妙な運動に肩入れせんごとと申し上げとうとです』」といった具合だ。
桜田門外の変、生麦事件、8.18の政変(1863年)、翌年の蛤御門の変(禁門の変)、長州征伐・・・・・・。尊王論、攘夷論の運動は激しく、朝廷、幕府、特に長州も各藩もバラバラで揺れに揺れた。
その中で望東尼から見た志士たちが実に生き生きと描かれる。特に生きていれば龍馬のようになったかもしれない平野国臣、そして高杉晋作だ。本書前半の主役は平野、後半は高杉。高杉はモトに、「わしら、同志じゃけぇな。同志ん中でも、最上の同志じゃけぇ」と言い、島から救われたモトは病床の高杉晋作に最後まで付き添った。高杉はモトだからこそ、全てをさらけ出した。その剥き出しの人間像は限りなく魅力的だ。高杉晋作を支えた尊王攘夷の拠点は長州の豪商・白石正一郎だが、モトもまた心の拠点であったようだ。
モト、野村家を支えたしっかり者のタネ、高杉晋作の妻・雅、愛妾おうの----。「幕末の女たち」と「女たちの見た幕末」が、実に鮮やかに活写された素晴らしい力作。「きみがなき あとよりかれし秋草は 生かへりきて 花さへぞさく」・・・・・・。
