岸惠子さんが亡くなった。94歳になる直前の今年8月。今年5月に文庫化されたもの。「私はひょんなことから女優になってしまったが、もともと書くことが好きだった。・・・・・・この94歳の老いらくの身で、この世を去る『旅立ち』のあれこれを書いてみたいと思っている。持てる力を振りしぼって」とこの文庫版あとがきに書いている。「91歳5か月」の岸惠子さんは、あとがきで、「ニュース番組では真っ暗な気分が身体中に蔓延る。ウクライナはどうなる? イスラエルのネタニヤフ首相の『ガザ大量虐殺』は? 元日に起こった能登半島地震! 羽田空港での日航機と海上保安庁機の衝突事故! 胸が潰れそうに痛い‼︎」とも書いている。時代に交わりながら生き、スターと現場を往復しながら振幅大きいドラマチックな人生を生きてきた中で出会った「いま想うあの人 あのこと」――。これほどの人は他にないが、人にも出来事にも接し方が実にまっすぐ。出会いも別れも真正面で向き合っているからだろう、出会う人物もまっすぐなものとして現れる。自他不ニだ。
冒頭の「『べゴ』という女性」「エコちゃんという人」の話は衝撃的。そして「初恋 鶴田浩二さん」は、「熱烈な恋」という言葉も足りないほど。「鶴田浩二という人はひどく真面目な<義理と人情の熱血漢>であるのに、その内実とは裏腹な人目を惹くプロフィールに甘いニヒルな笑みを浮かべ、デカダンな妖しさを漂わせて、暗い敗戦を潜り抜けてきた当時の若者を魅了していた」と書き、「任侠の世界に受けそうなカッコよさは、私の気分にそぐわなかった」と書いている。そして、「医師であり、映画監督でもあったイヴ・シャンピの魅力に私の一生を捧げたいと思った」と言う。
鶴田浩二、萩原健一、石原慎太郎、美空ひばり、力道山、小田実、瀬戸内寂聴、中曽根康弘、川端康成・・・・・・。「親子で大スター」の佐田啓二と中井貴一、三國連太郎と佐藤浩市。しびれる演技の原田芳雄。それに名前は出していないが、本書には無礼千万な政治家が何人も出てくる。恥ずかしい。
小津安二郎監督の「時代は著しく変わっている。原節子さんは素晴らしい女優さんで、今までも、これからも小津作品に欠かせない人物だが、これからは岸惠子というめっぽう放埒で棘のあることも難なく言える女優が必要」「けれど、小津先生は、悟ったに違いない。私が『芸ひと筋に生きたい女優』ではないことを・・・・・・」と率直すぎるほど書いている。
「一本の鉛筆があれば 美空ひばりさん、松山善三さん」の話。「一本の鉛筆があれば、私はあなたへの愛を書く。戦争は嫌だと私は書く」・・・・・・。「今、一本の鉛筆とザラ紙があったら、私たちは何を書くだろう。私は書きたい。『ロヒンギャの子供たち』・・・・・・」。
人についても、物についても、出来事についても思いが深い。
