軍靴の足音が次第に響く昭和の初期・中期。佐倉波津子は進学もできず劣等感をもちつつ、「乙女の友」編集部で働き始める。波津子のひたむきさ、懸命さ、体当たりをしてしまう余裕のなさは際立ち、社内に波風を立てながらも前に進む。本をつくるのは大変な仕事だが、主筆・有賀憲一郎、画家・長谷川純司、有賀の従姉妹の佐藤史絵里、翻訳詩人の露島美蘭‥‥‥。周りは暖かい。
昭和12年、15年、18年、そして20年――。波津子は純粋、一生懸命。やがて小説も書き、主筆にも抜擢されるが、いつも「私なんか‥‥」と思う。「こうした時代だからこそ、美や芸術、音楽や文芸の香りを届け、少女たちの心身を健やかに育むことは大事だ。しかしその任に自分が当たることが適切なのだろうか」と、悩みながらも前へ進む波津子。戦争は学徒出陣、有賀主筆らの召集、東京大空襲と、仕事も生活も友も奪っていく。「君はそのときどきで、常に最上と思われる道を選んで、いつまでも元気に、幸せに暮らしていくんだ」「友よ、最上のものを」という有賀の気持ちが波津子の心に甘く響く。
実業之日本社の少女雑誌「少女の友」の存在に心を動かされた伊吹有喜さんが大和之興業社「乙女の友」として描いたという感動作。
大手居酒屋チェーン「山背」に勤め、店長となって頑張っていた藤井健介が飛び降り自殺をする。「山背」はすさまじいブラック企業。休めない、過重労働・残業、極度の睡眠不足で通常の判断すらできない。赤字を出すと店長の落ち度となり、本社に呼び出されてリンチとしか呼べない吊るし上げ。「健ちゃん、チィ」と呼び合う恋人の伊東千秋は、突然の死に呆然自失、悲しみにくれる。ラインに残された最後の言葉が「ごめん」の一言。「私、最後の最後に、健ちゃんに言ってしまったんです。頑張って。健ちゃんだったら大丈夫。乗り越えられるよ」・・・・・・。千秋は自分を責める。
「山背」のあまりにも心ない対応に、千秋と息子を失った両親は激怒し、立ち上がる。そして、しだいに「山背」に働いた者も味方についていく。息をするのも苦しいほどの緊迫感、憤り、真剣さが全編を貫く。一気でないと読めない。健介・千秋が歌った奥田民生の「風は西から」。「風は西から強くなっていく・・・・・・。魂で走れ 明日はきっといいぜ 未来はきっといいぜ・・・・・・」。
「文藝春秋」の2014年8月号以降の巻頭随筆と、その他の特集記事「最先端技術と10年後の『日本』」「ノーベル賞興国論」の2本。ずっと立花隆さんの本を読んできたが、正確さ、緻密さ、深さ、加えて真摯さや境地を感じさせるものとしてスッと心に入ってくる。日本人を励ましてくれているかのようだ。
「日本が抱える最大の弱点とは何か。3つに要約できる。人口減、高齢化、そして夢のない社会。いいかえれば日本が"悲観社会"になっていることだ」といい、「乗り越えることができる」と具体的に例示。「この世の中は、悲観論者は自分の予測通り失敗して没落し、楽観論者は自分の予測通り成功していくものです。楽観主義でいきましょう」と結んでいる。
その時々の発言は、行動して探り深めた「知」に満ちている。「生と死に学ぶ」「歴史と語らう」「科学を究める」「戦争から考える」「政治と対峙する」「未来を描く」にまとめられているが、政治の情なさと科学技術の探求・進展への指摘は際立っている。
室町時代後期の武将、武蔵守護代・扇谷上杉家の家宰である太田道灌(1432年~1486年)。江戸城を築き、山吹伝説など歌人として名高いが、応仁の乱等の混乱のなかでの15世紀後半、動乱の続く関東での武将の姿が描かれる。
関東公方・足利持氏と確執していた6代将軍・足利義教は、関東管領方の上杉一門を支援し、持氏を討つ。関東管領上杉氏は山内上杉家・犬懸上杉家・宅間上杉家・扇谷上杉家に分かれていたが、上杉禅秀の乱で犬懸家が没落、山内家とそれを支える扇谷家の両上杉家が関東管領職を担う。太田道灌は扇谷上杉家の家宰となって動乱を戦い抜くことになる。持氏が討たれた後、関東の諸家が分裂するが、次第に持氏の遺児足利成氏が「古河公方」を立て、利根川をはさんで「古河公方陣営vs山内・扇谷の両上杉家を中心とする管領方陣営」が断続的に戦闘を続ける。
太田道灌はドライな徹底したリアリストの幼少期から次第に幅広い軍略家として成長するとともに、利根川の河口(江戸)の要衝地を押さえる江戸城を築き、物流拠点として浅草と品川を押える。荘園の警備役であった武士が、所領と戦さに欠かせない米を押さえることによって確立されていく先駆役でもあった。めまぐるしい戦乱を知謀をもってくぐり抜けた道灌は謀殺されるが、本書の最後に伊勢新九郎(北条早雲)が登場し、時代は16世紀、戦国時代、武士の時代を迎えることになる。"騎虎の将"と呼ばれた太田道灌の戦いの地は、まさに今の首都圏。今の地名の根源を知るのも興味深い。
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あの「ダ・ヴィンチ・コード」のダン・ブラウンのラングドン・シリーズ第5作。スケールが大きく、時空を深く掘り下げていく緊迫の書。一気に終章まで誘う。
「われわれはどこから来たのか」「われわれはどこに行くのか」――。人類の根源に迫る問いかけ。宗教象徴学者ロバート・ラングドンの教え子のエドモンド・カーシュが、それを解き明かす衝撃的な発表をするという。2億人を超える世界の人がインターネットで注目するなか、カーシュは凶弾に倒れる。しかし、カーシュはその前に、宗教各派の中心者3名にその中身を知らしていた。
宗教を根底から覆す恐怖に襲われたのではないか。人類の未来はAIと結びついた"新たな人間"に支配される恐るべき社会になるのではないか。きわめて根源的な問いかけは緊迫と恐怖をもたらす。カーシュの発表する内容の謎。暗殺者の謎。宗教界やスペイン王宮の深淵・・・・・・。欧米における神や教会と異端、そして王宮の存在が日本とは画然と差異があることをまざまざと見せつける。
ラングドンと美術館館長でフリアン・スペイン国王太子の婚約者アンブラ・ビダルは逃亡しながら謎の解明に走る。そこに登場する人工知能ウィンストン。AIの未来と人間、科学と宗教、進化論と神・・・・・・。対立か共存か。はたして"暗き宗教は息絶え、かぐわしき科学が治する"のか。AIの急進展のなかで根源的問題を突きつける。テンポのいい越前氏の訳も秀逸。
