日本と暮らして45年、この本には日本を愛し、日本を心配してくれているカーティス先生の温かい心があふれている。ごく自然に、そして良識をもって、現場から、そして、日本を米や世界から客観視しているカーティス先生は、95年から2015年までが日本を変える最重要の「20年のデケード」であり、今の日本は自信を失いすぎている。日本文化には粘り強さと日本人の順応性と対応能力があり、ダイナミズムがあるんだから、良い方向にもっていけるとエールを送ってくれている。
そのためには「有権者を説得する『説得する政治』が大事」「非タテ社会の様相が強まり、自慢したり、カネを重視したりする人が多くなり、謙虚な美徳がこわれ始めている」「平等社会から競争社会、実力主義社会となる大きな変化があり、公平の価値が重要となる」「しかし、日本はまだ勤勉であり、前向きという強さがある」「日本社会は今も美しい」「今、日本政治のなかにあった政治家と官僚、官邸と自民党、自民党と野党の間の"非公式な調整メカニズム"がこわれてきた。
働かなくなっている」「マナーからルールへ」「政策通より政治通に」――公明党についても、そうしたことをチェックし、バランスをとり、政策をうながす役割を期待していると感じた。
クレーマー化する親たちは、余裕がなく、いっぱいいっぱいで、不満もストレスも不安もたまりにたまっている。
そして不幸を嘆き、少しでも幸せそうな人に鬱積したものをぶちまけたいというマグマがたまっている。しかも、コミュニケーションの減少と不全があり、この国の人間関係は希薄化しているうえに、IT、携帯が仮想空間に拍車をかけている。そのうえ、教師(それは議員も役人も医者も)は、サービスするのが当然という店員扱いをされるという社会の大きな変化がある。
お医者様でも先生でもなく、保護者様、患者様意識はそうしたことからでき上がっている。山脇さんの「教室の悪魔」は攻撃的だったが、この本もまた見事に実態を見せてくれ、解決策を示してくれている。
「幸せになること、自分の力で幸せになるのだ」「人生とは勝ち負けなのだろうか。幸せか幸せではないかではないのだろうか」との締めくくりの言葉はズシッと心に響く。
