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イスラーム国の衝撃――長い歴史、来歴、根本思想、アラブの春、イスラーム主義穏健派の台頭と失墜、組織、巧みなメディア戦略・・・・・・。その実態、実情を真正面から解読してくれる。


 「『イスラーム国』の台頭は、グローバル・ジハードの思想と運動の発展と『アラブの春』によって生じた政治変動の帰結が結びついたところに生じた」「『アラブの春』は短期的にアラブ諸国と中東地域全体に不安定と混沌をもたらした」「『アラブの春』をきっかけにした中央政府の揺らぎは辺境地帯の統治の弛緩をもたらし、『統治されない空間』を各地に生み出すと共に、それぞれの辺境地帯の混乱が相互に影響しあい、新たな紛争を連鎖していく。そこにグローバル・ジハード運動が介在していくことで、いっそう混乱は深まっていく」・・・・・・。


中東の近現代史のなかで、「イスラーム国」の台頭という現象をどう位置づけるか。その急激な伸張の影響で中東秩序の溶解が加速している。構造変動の軋みがますます表面化する様相を呈していると、池内さんはいう。そして台頭の背景には、中東地域への米国の一極覇権構造の希薄化も指摘している。中東秩序の行方がどうなるか。そのために世界各国、中東域内の地域大国はどう動くか。重大局面にあることを示している。


世界史の極意.jpg

第一次世界大戦勃発から100年を経た2014年、ウクライナ問題やイスラム国など「戦争の危機」を感じさせるような出来事が世界で起きている。これはいったい何であるのか。世界史のなかで今、我々はどこに立っているのか。人類のなかで類比できる思考があるとするなら、解決への一歩が見えてくるのではないか。


アンリ・ベルクソンは「問題は正しく提起された時に、それ自体が解決である」と言ったが、本書を読んでそれを想起した。佐藤さんは「資本主義と帝国主義」「ナショナリズム」「キリスト教とイスラム」の3つの角度で歴史を俯瞰し、現在を「新・帝国主義の時代」と位置付け、鮮やかに、しかも重厚に読み解く。「ウクライナ問題」「イスラム国」もこの視座に立った時に新たな地平が浮かび上がる。「沖縄」についても、新たな言及がなされている。


「国内で大きな格差が生まれ、精神が空洞化している、新・帝国主義が進行する現在、ナショナリズムが再び息を吹き返している。合理性だけでは割り切れないナショナリズムは、近現代人の宗教と言うことができる。・・・・・・その暴走を阻止するために、私たちは歴史には複数の見方があることを学ばなければいけない」「社会の危機に対して、復古主義・原理主義的な運動が起こり、地域や領土を越えて拡散していく点では共通している」「近代の枠組みのなかで戦争を止めるには、近代の力を使うしかない。それが私の言う啓蒙主義であり、モダンのリサイクルだ。・・・・・・もう1つは、プレモダンの精神、言い換えれば、『見えない世界』へのセンスを磨くことだ」――。


矛盾撞着の人間の巨大集合の成す濁流の歴史。最後の藤代泰三先生の言葉に『見えない世界』への謙虚な探究を見た。



賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ.jpg
2020年、何を象徴する五輪になるだろう。なぜ人々は大声で話し、笑い合っているのだろう。世の中は敗者であふれている。なぜだろう。


「『思考放棄』に陥った人や共同体には特徴的な傾向があるように思う。『幸福』を至上の価値として追い求め、憧れ、生きる上での基準とするということだ。・・・・・・今、わたしたちに必要なのは、幸福の追求ではなく信頼の構築だと思う。外交でいえば、日本は、緊張が増す隣国と・・・・・・。幸福は、瞬間的に実感できるが、信頼を築くためには面倒で、長期にわたるコミュニケーションがなければならない。国家だけではなく、企業も、個人でも、失われているのは幸福なのではなく、信頼である」「彼らの対応に、わたしは驚いたし、違和感を持った。『頭に来ますよ。フェラーリに火をつけたいくらいですよ』誰か一人くらい、そう言うのではないかと思ったのだ。・・・・・・わたしが違和感を持ったのは、おもに『しょうがない』という若い連中の反応だった。『しょうがない』という言葉が社会全体を被っている気がする」「(家庭の崩壊、家族の喪失)借金があって住居を追われ、家族や友人など『助け合う』関係が失われると、人はあっという間にホームレスに転落する」「(ブラック企業vs.金の卵)いくらでも代わりは補充できるという状況が生まれた」「寂しい人ほど笑いたがる」――。


村上龍さんの眼は、自然で、やさしく、スポーツ・マインドがあって、なんと感性豊かで、根源的かと思う。だから手厳しい。


最貧困女子.jpg

働く世代の単身女性の3人に1人が年収114万円未満であり、とくに10~20代女性に貧困が集中しているというデータがある。しかし、女性の貧困といっても、低所得(貧乏)に加えて「三つの無縁(家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁)」がオーバーラップし、精神的に困窮して貧困に陥る。それに「三つの障害(精神障害・発達障害・知的障害)」が加わり残酷化する。貧乏女子とは違う。親にも、教育にも、容姿にも恵まれず、幼少期の虐待に始まり、「ゴミ扱い」「逃亡者」としてセックスワークに吸収され、最底辺を彷徨いし続け、固定化される。


鈴木さんは「貧困女子とプア充女子」「貧困女子と最貧困女子の違い」「最貧困少女と売春ワーク」「最貧困女子(少女)を可視化する」「彼女らの求めるもの」などについて、現場を歩き、その苦悩に同苦する。そして、「放置」「無視」どころか、差別や批判の対象となる「残酷な連鎖だけはもう断ち切ってほしい。そう願ってやまない」という。


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後藤さんの平成政治史の3巻目。第一次安倍内閣に始まり、民主党が政権を奪取、そして野田内閣での解散・総選挙までを描く。「幻滅の政権交代」と副題が付いている。まさに渦中にいた私だが、思い起こしつつ(起こされつつ)読んだが、なぜか当時よりも息が詰まった。


この6人の内閣はいずれも苦しんだ。関わった1つ1つの事象に、私自身「ここは書いてない」ことなどがあるのは当然だが、本書はその骨格部分を真っすぐに書いている。政局話によくありがちな脚色や思い込みがないのは、本人に直接会って話を聞いているからだ。まさに「平成政治史」となっている。貴重だ。


後藤さんがいうように、平成の日本政治は激動・混乱・混迷の連続だった。また多党化も特徴だ。さらに国際情勢の激変にもさらされ、大きく影響を受けた。そして改めて「政治は人が成すもの」だと思う。「平成時代に常態化した『激動の政治』の終わりはまだ見えない」というが、世界の激動が続く以上、日本政治の激動も続くことになる。政治家にもジャーナリストにも「人間学」と「動体視力」がますます大事になると思う。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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