すさまじい本だ。いや戦争の現実がすさまじい。悲惨、残酷、地獄ということだ。若き通信兵だった合津さんが、ソ連軍侵攻による敗戦と、それに続くシベリア抑留体験を綴った迫真のドキュメント。60年たってこれだけ生々しく語れるのは一体どういうことなのか。細胞にまで刻まれてしまったということではないのか。コッポラの「地獄の黙示録」だ。武田泰淳「ひかりごけ」だ。
若き兵士が8月15日をどう迎えたか。生きたか。生と死の記録というにはあまりに言葉及ばぬ悲惨、残酷な現実。凍土のシベリアの夜中、死んだ友を離れてシラミが暖かい合津さんに移動する。希望のないという日々がどれだけ想像を絶する絶望に人をたたき落とすか。
読み終わって、表紙の白樺の絵を5分間ほど、ながめていた。
命の艶やかさを秘めた利休の茶の湯......。侘び茶といえど、侘び、寂び、枯(からび)だけでなく、凛とした品格が備わり、優美な艶が加わる。それが利休の美のようだ。侘びた枯のなかにある燃え立つ命の美しさを愛した利休は、「利を休め」とよく名付けてくれたと得心したとある。
女と黄金にしか興味のない下司で高慢な天下人・秀吉の貪りと賤しさを利休は軽蔑し、それ故に秀吉は、妥協しない美の権威者・利休に腹を切らせた。
しかしそれは、権力者と、宗教・哲学的人間との根源的対立まで行き着くといえるのではなかろうか。
妥協を厳然と拒絶した利休は腹を切る。腹を切って利休は生きる。この時代、茶の湯は戦乱激しきなか心をなだめ、人間の根源に静謐をもって迫り、そして人と人とを結ぶ場としてあった。今、思えばそれは茶の湯が流行・バブルの時代でもあり、動乱の世であればこそ、その対極に人は走ったともいえようか。
内田さんのいっていることは大変深い。たとえば次のようにいう。学校教育の目に見える大きな変化は、校内暴力の頻発と師弟関係の崩壊から始まった。誰が犯人だ、ではない。われわれ全員が犯人だ。「協働」を失った。
教育は教師による。現場の教師たちをどう支援できるか。「今ここにあるもの」とは違うものに繋がること。それが教育というもののいちばん重要な機能。そして葛藤させる人が教師。知識を教えるのではない。
学校には「何をしに入ったかわからない」というすでにはじまっているゲームに巻き込まれることだが、生徒はアンテナの感度だけが最大値になっている。そこにメンター(先達)に会う。先輩、教師。そのメンターが「ブレークスルー」をもたらす。そして自分の限界を超えることになる。それが「学び」だ。自分の手持ちの価値判断の「ものさし」を後生大事に抱え込んでいる限り、自分の限界を超えることはできない。知識は増え、技術も身につくかもしれない。資格も取れるかもしれない。しかし「テイクオフ(離陸)」はできない。「学び」とは離陸することだ。
人生も投げ出されすでに始まっているゲームだ。そこでは、人生の師が不可欠だ。孔子のいう君子の六芸。礼(祖賢を祀る)、楽(音楽)、射(弓)、御(馬を御す)、書、教。礼、楽、そして武道は人間ならざるもの(人馬一体とか)とコミュニケーションする力だ。専門教育ではなく、教養教育がいかに大切か。
その教育の力。そこに「述べて作らず(先賢の祖述)」(論語)、仏法の「如是我聞」(の姿勢)が大切となる。師の師だ。
