日本の戦争力VS北朝鮮、中国.jpg「日本の戦争力」の第2弾。核を持つことで国際的な発言力をもって瀬戸際外交に走る北朝鮮の「戦争力」、そして中国の「戦争力」の実態。日本版NSC(国家安全保障会議)の必要性。

大事なことは敵基地攻撃論や核武装論という空理空論が独り歩きしない。「日本は自立した軍事力はもてない」「戦略投射能力なき軍事力を日米同盟で補う」こと。「中国との友好関係の維持」「日本は核軍縮を進める」「米は日本を世界での唯一無二、かつ最重要な"戦略的根拠地"と見なし、日米同盟を結んでいるという日米の特殊な関係をよく踏まえよ」「集団的自衛権の不毛な論議ではなく、日本モデルを提示せよ」―――など。

日本の防衛論は穴だらけで、最も防衛に重要なリアリズムが欠如していることが浮き彫りにされる。


鈍感力.jpg鋭いとかシャープであることだけが才能ではなく、些細なことで揺るがない鈍さ、鈍感力こそ、生きていくうえで、最も大切で、基本になる才能だと指摘する。

身近な話だけに、それに医者である渡辺淳一さんであるだけに、そして人の心のひだをよく描く作家だけに、うなずいてしまう。本書にある鈍感力、恋愛力、睡眠力――そして樋口さんのいう祖母力、公明党の現場力、実現力、地域力と、いろいろな力が組み合わされて人は生きていくことができるものだ。「あいまいさを残す耐力」は必要なことだ。人生は割り切れるものではない。


「日本核武装」の論点.jpg「国家存立の危機を生き抜く道」という副題がついている。日下公人、平松茂雄、桜井よしこ、西岡力、伊藤貫、兵頭二十八氏が論じている。

「北朝鮮の核は"カード"から"現実"へ」
「北東アジアで核兵器をもたない国は"日本だけ"という状況」
「綻び見せるNPT体制」
「ミサイル防衛では核抑止力にならない」
「核の脅威には核抑止しかない」
「米は最終的に日本を守らない」
「非核三原則を見直すべし」
「核装備は漸進主義で」
「日本に必要な最小限の自衛能力とは」
「核の傘やMDでは日本を守れない」
「中国の核戦略」
――などを繰り返し述べている。


命と向き合う.JPG人は永遠に生きることはできない。しかし、日本人は永遠に生きるつもりでいるようだ。「いつまでも元気で若々しくいることが素晴らしい」とか「若さ、強さ、勤勉さ」至上主義はアメリカ的だ。「闘う」のはいいが、いつかは「受け入れ」なければならない。「老いを受け入れる」「老いているだけで価値がある」という考え方もある。命には限りがあり、それ故に尊い。

公明新聞の連載もこの本の中に入っている。白と黒、生と死の二元的な米的な価値観でなく、グレー。つまり曖昧さに堪える力、耐性は、政治にも、人生にも、実はきわめて大事なことで、それが今の日本に失われてきている。養老さんの日本人の死生観も面白い。



下流志向.JPG中流から下流に落ちていくのではなくて、下流に向かおうとしている社会集団。「学ばない子どもたち 働かない若者たち」と副題がついているように、主題は「学びからの逃走」「労働からの逃走」である。エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」はあまりにもなつかしい。教育の問題が「学ぶ意欲のない子どもたち」、ニートの問題が「働く意味を問う若者」にあることを私は現場で感じてきただけに、大変ためになった。先日もハローワークを視察したが、今の若者は「真面目。そして自分はどういう職に向いているか悩んでいる。失敗することをすごく恐れている」という話を聞いた。

内田さんは、生活主体、労働主体の前に、消費主体としての自己が確立されている変化をいう。権利ではなく、「この知識は何の役に立つのか」「教育サービスの買い手」「嫌いな勉強、苦役の等価交換取引(教育は不快と教育サービスの等価交換の場)」としての教育は成り立たない。学びは市場原理ではない。しかも、学ぶ人と学ばざる人の差は、努力する動機づけの格差からも生まれる。学力低下は努力してそうしているとまでいう。孤立した人間を自立した人間ととらえてしまう誤り。いつも賃金が不当に安いと思ってしまう心象。

最後の師弟の話は興味深い。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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