政治家の本は、読書録には書かない。野呂田芳成著「思い切なれば必ず遂ぐるなり」以外は、そうしてきた。ただ、このいわゆる上げ潮路線といわれる中川さんの新刊と消費税についても堂々と提起する与謝野馨著「堂々たる政治」は、党内にもこの4、5月の必読書だといってきた。私自身、「家計を元気に、国に勢いを」といい続けており、当然、両書は注目してきた。与謝野さんの本を読めば、それが単なる財政再建路線でないことはよくわかる。
「上げ潮路線」と「両輪路線(成長力強化と財政再建)」、そして「日本を滅ぼす"ステルス複合体"(官僚制)批判」と「市場原理主義批判」、さらに「官愚を乗り越える民賢」と「堂々たる政治」――具体的な戦略、戦術をも含めて読ませていただいた。それに加えて、今、「グローバリゼーション」「世界に猛威をふるう金融、コモディティの新しい世界」の構造変化の要素をもっともっと踏まえなくては日本は行き抜けないと思っている。
長寿の時代。誰でも皆、最後はひとりになる。「家族にみとられないと孤独死でこわい」というが、違うのではないか。今の社会"家族"する期間の方が短くなっており、とくに女性はひとりになる。そのためには、ひとり暮らしのノウハウを準備しておこうと上野さんはいう。
「不安とは、おそれの対象がなにか、よくわからないときに起きる感情だ」「ニーチェは"見捨てられていることと、孤独とは別のことだ"というが、"孤独死"のほとんどは、孤独とは無関係の短時間の死。
むしろ孤独死か自分の理想の死と、東京監察医の小島原将直さんが講演している」など、ひとりの側、死にゆく側からものをながめ、智慧をはぐくむことを示している。
「後家楽を楽しむ」「"いっしょに暮らそう"は悪魔のささやき」「"ひとりでおさびしいでしょう"は大きなお世話」「家で暮らしたいと家族で暮らしたいは違う」「都会に住むか、地方で暮らすか」「いっしょにごはんを食べる相手はいる?」「老後とカネ、老にガネを生かす」「家族に頼らない・頼れない老後のためにできた介護保険」「ピン・ピン・コロリ主義や予防重視は、いかに介護を受ける状態を避けるか、規格はずれの異物を排除しようとする人間の品質管理思想」「介護される側の心得」など、母のことを思いながら読んだ。
「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」――論語の中の孔子の言葉である。
人は皆、欲望に突き動かされて生きている。欲望には正(善)のものも、怒りや憎しみといった負の感情もある。
欲望のままに生きて規範を破らない、というのはどういうことであろうか――これを脳科学から述べている。
孔子に負の感情がなかったはずはない。年とともに正・負の感情が萎えてしまったわけでもないだろう。
むしろ凡人と同じように、立ち上がってくる心の中のさまざまな負の感情を、ポジティブに転換していく?魂の錬金術?のようなものを獲得したということではないか。そう茂木さんはいう。
脳の中で負や正は相対的という。好きキライも倒錯する。子供の時のビールは苦くてキライでも大人になると好きになる、といったのがそれだ。そういう負から正へのダイナミクスが脳の中にあるという。人生、ポジティブに生きよう、などといわれる。しかしポジティブにばかりなっていられないのが人生でもある。
ポジティブかネガティブかと、対立して捉えるのが正しいのではない。「肯定的な感情は、否定的な感情があるからこそ健全に育まれる」というのが茂木さんの考え方だ。それが脳だという。
泥の栄養をたっぷり吸って咲く蓮の花が美しいように、孔子の「七十従心」とは、怒りや哀しみもすべて引き受ける、あまりにも人間的な生の中から生まれた境地なのかもしれない。
昭和的価値観が20項目列記されている。その昭和的価値観に、皆とらわているが、時代は変わっており、若者に平成的価値観をもって生きよと呼びかけている。そのキーワードは多様化。
人の生き方は違う。競争してバリバリ働くことを望む人もおり、かたやボチボチ働いて、そこそこの暮らしを楽しむ人もよし。しかし、少なくとも、現在の日本社会が、若者にとって苦しいものとなっている(それは前著の「若者はなぜ3年で辞めるのか?」で明らか)ことは事実だ。
その雇用の最大の問題は、非正規雇用などが、既得権益をもつ先行世代によって、企業の生き残りということから若者などにシワ寄せされるということにある。しかもそれは野党などのうらみ節、単純な切り文ではなく、新たな成長を生むシステムへどう切り替えていくかという視点に立てと城さんはいう。
学歴偏重、大企業、終身雇用の一本線の昭和的価値から多様な生き方の平成的価値観へと社会が変わっていることをしっかり見すえ、21世紀の新しい日本の成長と成熟と改革を成しとげることをスタートせよと城さんは指摘している。
現状維持では日本の、そして若者の、未来はない。
