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「私の理想は、無名のうちに慎ましく生きて、何も声を上げずに死んでしまうことです。ただ、文章を書きたいという欲求はある」「人間というのは、生きていると社会的地位や肩書がくっついたり、係累がまとわりついたりします。そういうもの一切を払い捨ててゆきたい、脱ぎ捨ててゆきたい、何にも持たない生まれてきたときの自分にもどり、大地に還っていきたい」「現代人は自己顕示に汲々とし、自己愛に苦しんでいる。虚しい自己顕示競争に駆り立てられるのではなく、"自分の人生の主人になる"ことだ」「自分を匿さない。のた打ってでも生きることだ」「ナショナリズムとは、近代国民国家が生み出した病弊でしかありません・・・・・・膨大な人命を犠牲にして負けたあの戦争から学ぶことはいくつもあるけれど、イデオロギーとしてのナショナリズムは卒業したというのが、戦後最大の成果だと私は思っている」「パトリオティズムともいうべき愛国主義的な感情は個々の国民も持ったでしょうけど、自分たちの国を守らなくては、という意識はありませんでした。これが近代国民国家になると、国民一人ひとりが国を守るために命を捨てねばならないことになる」・・・・・・。


「逝きし世の面影」についてもふれている。従来の江戸時代のイメージとは相当違っている。前近代の社会は近代の社会とは大いに違うこと、そして優劣ではなく、不連続であること、「それはそれなりにいい文明なんだ」と、現代文明を相対化する鏡として示したことを、淡々と語る。江戸の人びとは、貧しくとも幸せであり、幸せに暮らす術を知っていたのだともいう。


「生きる」「無名」「幸福」を、渡辺京二さんの境地から語ってくれている。人生論は生命論。仏法の「煩悩即菩提」「桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり」を思いつつ考えた。


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「気品」――。この気品を備えることが、いかに素晴らしいか。美しい心が、姿・形に現われ、その美しい所作が美しい心を生み出し、気品となる。「形から入って心に至る」という武士道の精神を体現し、一期一会の人生に「一度のお辞儀で、人の心を捉える」ことが、いかに重きをなすか。


「姿勢を正せば心が変わる」「嫌なことは"丹田"に納めよ」「"残心(ざんしん)"で思いやりの気持ちを残す」「型を身につけ壊す(守破離)」「人生とは上手に感情を自制する技」「表向きの顔をつくりなさい」「質素倹約は本質を見極める」「忙しいときこそ贅沢な時間をつくる」「美しい挨拶――言葉と動作を一緒にしない、胸元に"懐"をつくる、静と動の動きにメリハリをつける」「気品とは、人さまに心を配ること」「何ごとにも、入口があれば、出口があるのですよ(最終的な仕上がりをイメージすること)」・・・・・・。


水戸徳川家の流れを汲む讃岐国高松藩松平家の末裔の松平洋史子さんが、祖母・松平俊子が昭和女子大の校長時代にまとめた松平家に代々伝わる生き方教本「松平法式」を、現代に生きいきと語る。


紅けむり.jpg

有田の薪炭屋大店・山城屋の健太郎は、公儀隠密から伊万里で塩硝(爆薬)が密造され、江戸に運ばれようとしていることを聞く。江戸や伊万里、五箇山などを舞台として、伊万里屋、山城屋、野沢屋などの商人や隠密、渡世人などが入り乱れての戦いあり、拷問ありと、めまぐるしい展開となる。


帯に「極限を乗り越えた男の真の強さ」とある。山城屋健太郎もあるが、野沢屋松右衛門や杢兵衛、隠密頭吉岡勘兵衛などが印象に残る。死を覚悟した男の腹の決め方だ。


時は寛政八年(1796年)の1月、2月。何よりも江戸日本橋を中心とした街の風情、生活の様子が生きいきと描かれていることに惹かれた。


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師父とは武智鉄二。「私の前に立ちはだかった相手は武智鉄二という、変わりすぎるほど変わった人物だった。・・・・・・通りいっぺんの道徳や、権威や、規範や、体制を蹴散らしながら歩き続けたこの人物を、私は一生の師と仰いだ」「武智師と私を結びつけたのは歌舞伎を主とした日本の伝統文化だった」――。


「『あんたはそうやって人に余計な気ィばっかりつかっているから疲れるんだっ』 文字通り雷電に打たれたごとく全身が硬直して棒立ちとなり、私は真っ赤に熾った師の顔を呆然と見ていた。・・・・・・そして本気の怒りは、長い年月をかけて私の人格をつるんと覆っていた硬質の膜のようなものを、みごとに突き破ったのである」――。まさに自己そのものをぶっ壊してくれるのが師だと思う。


武智鉄二、木下順二、中村扇雀。松井さんはこの3人をはじめとして、多くの人に恵まれ、歌舞伎などの芸術の世界でもまれにもまれ、格闘してきたことを、静かに語り続けている。師弟愛に生きるということは中道を歩むということだ。だから格闘しても根本的には、迷いがない。私とは全く異次元の話に圧倒されるが、武智鉄二の父・正次郎が京大土木工学科の先輩であったり、芸能好きのゆえの接点も時折り、交差する。


「武智鉄二との出会いをひと口で締めくくるのは難しいが、世間を相手に戦い続けてきた人は、他人様にどう思われようが、自分の殻を打ち破って全開で生きることの必要を私に説いたのだった」――師父の遺言だ。


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森羅万象の現象を如実知見するのは、宗教・哲学の究極だが、まさにその生命・世界を科学によって迫り、解明する。世界はリズムの動的世界だ。胸の鼓動、呼吸、体内時計、歩行、鳥のはばたき、ホタルの明滅、虫の鳴き声、時計の刻みと音、バイオリンの弦の震えと音、季節の移り変わり、潮の干満、昼夜のサイクル、天空の動き・・・・・・。命あるものも無いものも、リズムがある。そして、リズムとリズムが出会う。そこに、不思議な歩調を合わせるリズムが刻まれる。それが「同期現象」「シンクロ現象」であり、「引きこみ」が起きる。


学生時代、耐震工学を専攻し、「地盤と構造物」全体の力と変位が比例しない「非線形振動(震動)論」を研究した。本書はとにかく幅広く、まさに森羅万象の諸現象を「身辺に見る同期」「集団同期」「生理現象と同期」「自律分散システムと同期」などで分析してくれる。


「ミレニアム・ブリッジの騒動(歩行の同期)」「電力ネットワーク」「結合振動子系としての交通信号機ネットワーク」など、現在、関わっている問題も開示してくれている。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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