64.jpgわずか数日しかない昭和64年の初頭に起きたD県警史上最悪の翔子ちゃん誘拐殺人事件。刑事部と警務部との抗争、警察発表をめぐるマスコミとの確執、本庁と県警――こうした幾つもの狭間で悩み、駆け回る刑事あがりで今は広報官の主人公・三上義信の煩悶と意地の闘いが描かれる。そうした抗争の陰で、ただ犯人を黙々と追い、そしてたどりつく翔子ちゃんの父・雨宮芳男。

「半落ち」「臨場」「震度0」などの横山秀夫さんの力作だ。


奇跡のリンゴ.JPG「奇跡のリンゴ」「比類なき美味しいリンゴ」「腐らないリンゴ」を農薬も肥料も使わないでつくり上げたリンゴ農家・木村秋則さんの物語。

「悲観主義は感情のものであり、楽観主義は意志のものである」――。仏の哲学者アランの「幸福について」の言葉だ。本書を読んで感ずるのは、陽気、執念、夢、生命力、愛情、苦闘、狂気、自然、生態系......。不可能を可能にした木村さんは、「私じゃない、リンゴの木が頑張ったんだよ」「自然の中には、害虫も益虫もない。土、水、空気、太陽の光に風。岩木山で学んだのは、自然というものの驚くべき複雑さだった」と言う。奇跡のリンゴは、文明の対極、人為を意志をもって捨て去った生命哲学の果実、人生哲学の果実だ。


一路上.JPG小野寺一路、父が謀略によって不慮の死を遂げたあとを受け、突然、参勤交代を取り仕切る御供頭(おともがしら)の大役を継ぐことを命じられる。主君は知行7500石の旗本、西美濃田名部郡を領分とする蒔坂左京大夫だ。道は中仙道。季節は冬の12月、寒い難所続きだ。

参勤交代という珍しいテーマが扱われ、難所と各宿場での当時の現場の状況が活写されてきわめて新鮮。貫かれているのは、「参勤交代の行列は行軍也」ということだ。物語は「一路とは人生一路、命を懸ける道を歩むこと」「一所懸命」、そして「馬鹿とかうつけ、呆けたふりをしている賢者・名君」の振る舞いや、「今の世の中、うつけでのうては命をなくすゆえ」「人間には隙がなくてはならぬ」「人間の幸福とは、ある程度のいいかげんさによってもたらされるものだ」など、人間学の世界へといざなう。

表紙絵に全てが描かれており、これを見ながら読んだ。


日本国憲法改正.JPG「憲法の本質とは何か」――憲法13条にある「すべての国民は、個人として尊重される」。国民として尊重される、のではない。最高に尊い存在である人間個人が尊重される。そのために国家権力を縛る。主権者たる国民大衆が、権力を託した者たち(政治家とその他の公務員)を規制し、権力を正しく行使させ、その濫用を防ごうとするのが憲法である。それが13条の基本的人権の保障であり、それを中核として国民主権、恒久平和主義の憲法三原則が樹立される。

その本質が定置されないと、各条文の修正は迷走する。改憲論議は至極当然。しかし今、「何を論じているのか」という叱声が本書から伝わってくるようだ。


色彩を持たない多崎つくると.JPG  フランツ・リストの「巡礼の年」「ル・マル・デュ・ペイ」が静かに、メランコリックに流れている。本書に低く奏でられているのは、この心に抱え込んでいる深い哀しみだ。

  「自分だけに何故」――突然、あれほど親しかった4人の友に交流を拒絶され、多崎つくるは死を常に意識するほど追い込まれる。それが10年以上も続く。そして現実に肉体を殺害される以上に人生の色彩を奪い、"人生の亡命者"とまでに自らを変貌させた奪命的な傷が、じつは友人にも、年月を超えても振り払うことができないものであったことを知る巡礼の旅――。漱石の小説「こころ」をまず想起した。

  人間は自分の色を持って生きる。多崎つくるが自覚するのは、「個性がない」「特段とりえもない」「色彩をもたない」ということだ。しかし高校時代の赤松、青海、白根、黒埜の4人の友人にとっての多崎つくるは、カラフルであったり、安心感のある良き器であった。そのことを拒絶された16年の苦悩を経て知る。

  仏法でいう五大――地水火風空のなかで、調和という最も大切な働きである空の存在だ。この巡礼の旅は人間の心の深層に静かに迫るとともに、心地よく一気に読ませる。深く落ち着いて、いい。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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