イスラーム世界にもともとあった移動・情報ネットワークと統一共同体概念――これが、欧米から始まったグローバリゼーションの流れのなかで、さらに緊密化し、強化されてきた。・・・・・・そこに国境も情報の壁も乗り越え、多種多様なものとつながりながら新しい解釈が解釈者によって生まれている。世界のイスラーム化現象だ。
その解釈には当然、キリスト教世界、近代文明、異教徒との関わり、その国の風土と解釈者の生い立ちが関係する。そしてまた、クルアーン解釈においては、その言が当然、アッラーの使徒であり、預言者であるムハンマドの時代の社会、文化、言語の制約と普遍的原理をどう考えるかという問題に常に直面する。
4人が登場する。まずアメリカ人「フェミニストの模索」――アミナ・ワドゥードとその解説書「クルアーンと女性――聖なるテクストを女性の視点から読む」だ。男女平等の視点によるクルアーン解釈だ。次にアパルトヘイト解決への道――ファリド・イサクだ。「解放のための宗教的多元主義」の観点からクルアーンを解釈した「クルアーン、解放そして多元主義――抑圧に対抗するための宗教的連帯に関するイスラーム視点」だ。次にイスラーム主義への回帰――ビラール・フィリップスだ。西洋社会の誤りを正す最善の書と考え入信した彼の解説書が「『部屋』章解釈――クルアーン四九章への注釈」だ。そして西洋社会との協調――フェトフッラー・ギュレン(トルコが生んだ世界的市民運動家)の解釈書「クルアーンを内省的に読む」だ。自己を律し、他宗教との対話を追求する。
プノンペンで著者のご主人から紹介された本書だが、丁寧に、真摯に、文献に当たり、「グローバリゼーション時代の宗教」を示してくれている。
1948年(昭和23年)発刊されたヘレン・ミアーズ(東洋学研究、ミシガン大学等で日本社会について講義、戦後日本の労働基本法の作成に携わる)の著作。しかし日本ではGHQから翻訳が禁じられた。
あの昭和の戦争――「世界で最も凶暴で貪欲で猛々しい侵略的、拡張的な戦闘的民族という誇張された日本民族像がつくりあげられた」。しかしそれは1853年ペリー来航以来の近代日本であり、それ以前の日本はそうではなかった。日本人は欧米を先生として学んだ(それも真面目に)のであり、やがて日清戦争、日英同盟、日露戦争を経て、小「大国」になり、ついに新たな「略奪的西洋列強」になった。「最初の教育で日本は、人道主義、機会均等、人種の平等なるものは、国際法のルール同様、法的擬制にすぎないことに気付いたのだ。・・・・・・国際関係のルールとは、実は暴力と貪欲を合法化したようなものだ。基本原則の中で大国がきちんと守っているのは唯一、各国の政策立案グループが設定した"国益"だけではないか。日本はそれをしっかり実践していく」とまでいう。
テーマは「昭和の戦争とは何であったか」「あまりにもみじめで悲惨な日本人兵士と日本人」とともに、「日本が西洋列強から何を学んだか」であり、「日本人論」でもある。そして「欧米列強の思惑と戦争に突き進んだ日本」の構造的、心理的分析だ。
歴史観は風化のなかで固定化しがちだ。しかし、その時の生々しい生きざまを常に蘇らせる作業と、視点の高さ、包括性が不可欠だと思う。
首都直下地震、南海トラフの大地震が切迫し、高度成長期に造られたインフラの老朽化が懸念される。公共事業は今、大きく変わり、防災・減災、老朽化対策、メインテナンス、耐震化がメインストリームとなる。あわせて、世界の都市間競争が激化し、大都市の再建は喫緊の課題だ。人口減少、高齢化は急激に進み、地方都市の再生は、生き残りをかけたコンパクトシティ+ネットワーク、個性ある地方創生、対流促進型の国土形成に向けて、まさに今スタートしないと間に合わない。
本書は「ダム」「道路」「鉄道」などが、戦後どのような苦難の歴史のなかで築かれてきたかを政治も交えて述べている。技術の専門家は「黙して語らず」が多いが、公共事業については、もっともっと実態を正確に踏まえて語る論客が多く出ないといけない。いつまでも危機感を欠いたキャッチフレーズの論が跋扈するようでは、脆弱国土・日本は危ない。
土木の語源は「築土構木」という言葉。これは中国の古典「淮南子(えなんじ)」の「劣悪な環境で暮らす困り果てた民を目にした聖人が、彼らを済(すく)うために、土を積み(築土)、木を組み(構木)、暮らしの環境を整える事業を行った。結果、民は安寧の内に暮らすことができるようになった」に由来する。つまり、土木(築土構木)とは「土を積んで木を組んで、民の生活環境を整えて人々を幸せにし、経済、文化・芸術を発展させよう」というものだ。文明を築きあげるものであり、政治の要であり、現場実践主義ともいうべき机上の空論を排したプラグマティズムだ。
日本は脆弱国土だ。それにもかかわらず日本では公共事業バッシングが続いた。世界では珍しいことだ。そこには「政府の事業を嫌うアンチ政府勢力、市場主義の勢力、緊縮財政論者の勢力、財政破綻論者の勢力の合作」「背後には経済思想の歪み」があるという。同時に、「人間は自然の中に生きている。しかし現代人は、その当たり前の前提を忘れ、"社会"、されに言えば"人間関係"の中"だけ"に生きている錯覚に陥っている」「大自然という"住処"に暮らしていることを忘れ、その"住処"を作り上げてきた営みを忘れている」ことを指摘する。仏法は「五陰世間」「衆生世間」「国土世間」の三世間を説くが、人間生命、社会は認識しても、国土世間を忘れているという思想・哲学の不在と、経済思想の歪みに根源があるということだ。築土構木(土木)とは、人が「大自然を住処とする」ことのうえに「民の安寧」をもたらす営為だ。
本書は藤井聡さんと6人の論客との対談より成っている。
