20120821海賊とよばれた男_上.jpg20120821海賊とよばれた男_下.jpg「ならん!ひとりの馘首もならん」――何もかも失った日本と日本人の昭和20年9月、国岡鐡造(出光佐三)は言い切る。「わが社には何よりも素晴らしい財産が残っている。一千名にものぼる店員たちだ。......社是である『人間尊重』の精神が今こそ発揮されるときではないか」「もしつぶれるようなことがあれば......ぼくは店員たちとともに乞食をする」――。「融資が受けられないのは、なぜなのかわかるか。......君の真心が足りないからだ。至誠天に通じると言うではないか」――。

どこもやらない、誰もやれない海軍燃料タンクの底に残った残油を浚う作業をやり抜く国岡商店の決死のサムライたち。そして石油の時代を予測し、時の覇権たるメジャーとも米英とも大企業や官僚とも戦い屈することのなかった国岡鐵三。

「GHQ」「公職追放」「石統との戦い」「士魂商才(武士の心を持って商いせよ)」「スタンダードとの戦い」「セブン・シスターズとの戦い」「極秘のイラン石油と日章丸」......。

「日本人の力。こういう日本人がいるかぎり、日本は必ず復興する」「楽しい50年ではなかった。苦労に苦労を重ねた50年であった。死ななければ、この苦労から逃れることはできないのではないかと思われるほどの苦労の50年だった」「全財産を投げうち、挫けそうになった鐵三を、頑張れ、諦めるな、共に乞食をしてもええと支えてくれた日田重太郎」「日本人の誇りと自信を失わなければ、何も怖れることはない」――「人間尊重、戦い続けた国岡鐵三の70年の道は正しい日本人の大道であった」と、百田さんは結んでいる。石油を武器に変えて世界と闘ったすさまじい男の歴史経済小説。





20120817敗戦真相記.jpgこの書が、昭和20年9月の講演であること。3か月後に世に発刊されたこと。後に運輸大臣を務めたあの「永野兄弟」の一人、永野護氏の著作であること。戦争時には子供であった人が、平成の今、発言をしているのではなく、当時のリーダーたちの世界にいた一人の人物の実に率直かつ冷静な発言であること。――感銘した。

「この戦争の最も根本的な原因は、日本の国策の基本的理念が間違っておったということ。換言すれば、万邦共栄をいいながら、肚の中では日本だけ栄えるという日本本位のあり方をあらゆる国策の指導理念にしていた」「日本の国の利益のみを目的とする自給自足主義を大東亜共栄圏建設の名前で強行した」に始まるが、私にとっては田勢康弘さんが最後に分析することも全く同感。

「ポツダム宣言の政治性」「米英中(蒋介石8・15演説)」そして「科学と道義の裏づけなき独善的民族観が今日の悲運を招いた」がゆえに新しい人格教育の必要性の指摘など、迫るものがきわめて多い書であった。


20120814草原の風_上.jpg後漢王朝(25~220年)を開いた劉秀・光武帝の若き日から建国までの物語。最も平凡に見えて最も非凡。徳があり、敵をも許す寛容と包容力によって諸将がつき、民は安心して支える。ひとたび戦に臨めば、100万の大軍にも寡兵をもってひるまず、機は逃がさない。歴史(書)を血肉とした深い洞察と無限の温かさがにじみ出る劉秀。

「後漢書」「史記」「資治通鑑」そして「論語」をはじめとして、膨大な歴史と哲学と人間学が本書から発せられる。「疾風にして勁草を知る」――後漢書にある劉秀の言葉。それをはじめとして、「赤心を推して人の腹中に置く」「人民とともにあり、人民に支えられるのが王者であり、人民を支配するのが覇者」「社稷(しゃしょく)をもって計と為し、万姓を心と為す」「常識とは大いなる虚である。虚を衝けば活路が開ける」「君子は固(もと)より窮す。小人は窮すれば斯に濫(みだ)る」・・・・・・。

「草原の風」――草は民。風を見る視座、風を感ずる心、風にゆれつつ風をも起こす民、勝機や時代の風等々、多くを感じさせる小説。


20120810転ばぬ先のツイ.jpg転ばぬ先のツイッターということ。

東日本大震災、原発事故、TPP、日米同盟、尖閣諸島、北方領土・・・・・・。外交と安全保障、国家と国民とメディアなどを、文献を踏まえて発言している孫崎さんだが、これはツイッターだけに過激になる。

これまでの著書も見ながら読んだ。もっというと「情報を鵜呑みにするな」「戦略的思考をもて」「外交交渉力をもて」「自らが考えることだ」という。

日本人の思考は情緒的に、イデオロギー的になりがちだが、それは思考の停止。落ち着いて自ら考え続けることが大事だと思う。


20120807にんげん住所録.jpg「にんげん蚤の市」(清流出版)、「にんげん住所録」(文藝春秋)、「わたしの渡世日記」(文春文庫)を読んだ。無類の読書家、エッセイストとして名高い高峰さん。どれも面白い。一流の人物、一流の世界との交流が、率直に素のまま、こんなこといってしまっていいのかと思う部分もあるほど平気で語られる。興味本位とは全く対極。出てくる人が全てが素顔。"虚像"ともいわれがちな芸能界のなかで、普通でいられる、私は私でいられる強さをもっているから人も素顔で接したのだろう。きわめて奥深い人間の世界の素晴らしさをみせてくれ、心持よい。

「ええカッコシイはやめて、私の恥のありったけをブチまけようと覚悟。思い出すまま、筆の走るままに書き散らした」というが、「私の歩んできた渡世の道は、もっと恥多く、貧しく、そしてみじめだった」という心の沈潜が、それが踏むべき大地となって、自己肯定、いつも肩ひじはらない精一杯さ、前向き、好奇心、温かさ、仕方がないよやることはやらなきゃ――という高峰さんの人格をつくったのだろうか。

人に尽くせば、人に恵まれるよ――人に恵まれるというのは人生で最高なことだと思う。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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