「"無縁死"3万2千人の衝撃」を追ったNHKスペシャルをはじめとした取材の集大成。
深刻な現実が水面下で進行している。社会が変質している。他人に興味を持たない社会。血縁が希薄化し、家族・親族という社会の最小単位、絆が崩れる。地域のつながりも喪失し、孤独と不安が深くしのび寄る社会。
「無 縁死=行旅死亡人」「広がる直葬」「急増する遺体の"引き取り拒否"」「単身化の時代」「都会に移る高齢者」「共同墓」――それらは借金の連帯保証人、離 婚、病気、生涯未婚、雇用の悪化など多くのきっかけがあるし、誰にでもあることだ。もっというと「誰にも迷惑をかけたくない」という日本人の心がある。
「つながりをつくろう」「迷惑なんかじゃない」「頼って頼られて、それでいいじゃないか」と行動を起こすなかで、「他人に興味を持たない社会」を「人、そして、"いのち"を思いやれる社会」に変えようと取材班は呼びかけている。
「暴走する資本主義」(2008年)のあのロバート・ライシュの最新作。ハーバード大教授やクリントン政権の労働長官をはじめ3つの政権に仕え、現在、カリフォルニア大学バークレー校教授。オバマ大統領のアドバイザーでもある。
近代米国資本主義の第一期(1870年?1929年)は、所得と富の集中が高まった時代であり、第二期(1947年?75年)は繁栄を広くみなで共有した時代、第三期(1980年?2010年) は、繁栄がまた富裕層に集中した時代。リーマン・ショックの激震をしのいだ今、その余震が始まったばかりである現実を直視し、第四期として、繁栄を幅広い 層で共有する時代をつくることだ。資本主義は富が集中する仕組まれたゲームであり、その暴走を止めなければならない。問題は、富裕層に富が集中している状 況を変え、中間層の購買力を増すことによって経済の好況を維持すること(米国人が自分の資力以上の生活をして不況がもたらされたのではない)。本書は大恐 慌に対してマリナー・エクルズがとった洞察に始まり、現在は中間層のための新しいニューディール政策が重要だとし、「給付つき税額控除(負の所得税)」 「炭素税」「富裕層の最高税率の引上げ」「失業対策よりも再雇用制度を」「教育バウチャーの発行」「メディアケア」などを提起する。あわせて、オバマ政権 とウォール街。政治とカネ、民衆の政治への怒り、などについて、現在のアメリカ政治と経済について率直な提言をしている。
8つの短篇。人と人の出会いとそこに沈潜する誠実な心。人は淡い交りのようであっても、それを大事に温めて生きていく。静寂、寡黙、五十鈴川の流れ、人の交り。原爆の後遺症を背負い、独身を通す岸部の死。五十鈴川の鴨の家族に「いいなあ」としみじみつぶやいた岸部。
日常の淡い生活のなかでの、押えがちな情愛が8篇からしっかり伝わってくる。人生、「心こそ大切なれ」。
「沖
縄はごまかしとゆすりの名人」と言ったとして更迭された米国務省日本部長のケビン・メア氏。その発言の真相そのものは本書に書かれているが、それ以上に日
本人の考えと、米国人の考えとの思考回路の異なりが描かれる。それが常に表面化し、ケビン・メア氏はいら立ち、幾度か衝突する。
日 米同盟、日米安全保障についての米国の率直な考えは、先のジョセフ・ナイとリチャード・アーミテージ対談(文春新書)と同様。難問が山積しているのに、危 機に直面しているのに、決断できない日本、優柔不断の日本、希望的観測に頼る日本、先送りする日本――そうした責任を取らず、自己保身を図る日本の政治と 政治家からの脱却をと警告する。
「マッカーサーの財宝、200兆円を隠匿せよ」――1945年8月10日、阿南陸軍大臣、杉山元帥、梅津参謀総長ら5人に託された真柴大佐と小泉中尉と運転手役の曹長の3人。弾薬工場に運ぶ役を担った13歳の女生徒35人。8.15を境に、マッカーサー、日本国憲法制定にかかわったあのホイットニー、日系の通訳イガラシ中尉がそれにからむ。緊迫した生死をかけた極限の世界を描いた浅田次郎20年前の迫真の作品。エネルギーが伝わってくる。
日輪の遺産は財宝ではない。日本という国に蓄積された底力、日本人一人ひとりに備わる意志とエネルギー、世界にない勤勉で、勇敢で、優秀な民族の底力を、マッカーサーに語らせ、34人の女生徒の死で表わし、小泉の有能や真柴の責任と決定心で示している。諸現象の表裏、戦いの勝敗を越えて国家の興亡の核心は、そうした背骨がありやなしや、責任と勇気がありやなしやではないのか。浅田次郎の源流を見る思いだ。
