ロシアのウクライナ侵略、繰り返される北朝鮮のミサイル発射、そして語られる台湾有事。世界の安全保障環境は大きく変化している。そのなかで、イデオロギッシュや情緒的ではなく、リアリズムに立ち、「日米中の『戦争力』」を冷静に徹底分析する。
「台湾侵攻シミュレーションを検証する」「日米の報告書が描く人民解放軍」「人民解放軍の実力を解剖する」と各章を立てて分析する。軍事アナリストとして軍事力分析は専門的で極めて丁寧、詳細だ。そして「中国には、上陸作戦を実行する能力がない。上陸作戦を実行する能力を備えていない。これはアメリカ陸軍と海兵隊の専門家には周知の事実で、当の人民解放軍自身も自覚している」と言う。しかし「不安を拭い去ることができない」のも事実。そうしたなか、「以上のように、報告書では様々なシナリオが示されていますが、中国が有利になるのは、アメリカ軍の参戦が2週間後になったり、日本が中立的な姿勢を取った場合などとしている。逆に、日米台が有利になるのは、自衛隊が初日から参戦する、日本の基地の航空機防護用のシェルターが増えている、日本の大規模空港を使える、海兵沿岸連隊(M LR)が開戦前から台湾に駐留してる場合などです」「日本戦略研究フォーラムのシミュレーションで特に重要なのは、事態認定など日本の有事体制が機能しない点が浮き彫りになっている(アメリカと違い、日本は軍事面の想定の甘さがある)」と言う。本書における「人民解放軍の実力」分析は、極めて詳細だ。
そこで「日本はどう備えるか」――。「『国家存亡の危機』においては、先制的自衛権の行使があり得る立場を明確にし、まずは打撃力を反撃能力として位置づけ、攻撃には何倍も報復が行われることを示す――そういう整理が日本の議論には欠けている」と指摘する。そして「日本の防衛力整備の最大の問題は『いまそこにある危機』に対して手を打っていないこと」とし、「日本としては、いかにして、ミサイルを発射させないようにするか、それを堅固な防衛力に裏打ちされた外交力で実現しなければならない」「周辺国のミサイルの脅威に対して、ミサイル防衛、反撃能力、シェルター整備、サイバー防衛能力の4点を同時進行すべきだと考える」と言う。この4点について、具体的、詳細に述べている。そして「安全保障の世界に安心してよいという言葉はありません。愚直に防衛力整備を積み上げ、同時に敵意が生じない関係を創り出すしかないのです」と語る。専門的蓄積のなかでの重い発言が続く。
「AIは人間の知恵や想像力、創造力には及ばない」ということが書かれていると普通なら思うが、本書は全く次元を異にする。生命科学、哲学、文学から芸術の創造性を論じる根源的、実践的かつ挑戦的な書となっている。「天然表現の世界」が副題で、「想像もつかない世界の『外部』を召喚するための方法」「ふと何かが降りてくる」ことを示すゆえに、表題が「創造性はどこからやってくるか」となっている。そういうことが難解な文章をくぐり抜けて、やっとおぼろげながら見えてくる。
「わたしが考えてきた生命のモデル、それが『天然知能』であり、それを作品として実装する過程、もしくは出来上がる作品が『天然表現』である」「芸術にたずさわる多くのアーティストは、自己表現という意味での表現を否定する。『わたし』の中なんて空っぽで何もない。わたしの中ではなく、むしろ外から来る何か、インスピレーション(霊感)を受け取るのだ。ここでいう天然表現は、この感覚を拡張することで構想される。そして、自然現象や、人間の意識、心の形成まで、天然表現として展開していくものなのである」と言う。「外部とは、内側と外側の成す全体からは窺い知れない、その全体の外に位置づけられるものである。窺い知れない外部、知覚不可能だが、存在する外部」「外部を感じることこそ創造だ。創造とは外部に接続し、外部を召喚する行為である」「外部を感じるのは、創造行為、死を感じること、トラウマからの癒しだ」と言う。
関根伸夫の「位相―大地」、ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェティ」のランドアートが示される。本書に触れる前とは全く違って興味が湧く。「プラトニズムは結局のところ、意識に依存し、人間の認識に依存してしまう。これを超えて存在そのものに迫ろうとすることがハイデガーの目的だった」「結局、『もの自体』『山それ自体』ヘ至るため、その脱色、無化を経由した外部の召喚が必要となる。つまり、『完全な不完全体』が鍵となる」「科学は『完全体』として、その都度、理論やモデルを提出するが、芸術は『完全な不完全体』を作品として掲げるものではないか」「何かをうまく説明するように語り、いわゆる意識高い系の人ほど、流行に振り回されるだけで、創造的なことは何もできない。むしろ目に見える情報で自分を満たすことをせず、空っぽの器のように見える人間こそ、目に見えない『何か』に対する感度が研ぎ澄まされ、空っぽの器に、見えない『外部』を受け止めることができる。創造的であるとは、そういうことではないのか」と述べ、日本画家・中村恭子の「書き割り少女」を紹介する。更に、著者自身の「人であり虫であるものが、人でも虫でもないものの痕跡を作る」というテーマで出発した制作を紹介する。
そして、「我々は、創造の当事者になることによってのみ、生を感じることができる。『はじまりのアート』のきっかけはどこにでも転がっている。しかし、それを実現するために、我々は賭けるしかないのである」と言う。
表題の小説は無い。「江戸怪盗記」をはじめとして12の短編集。
「正月四日の客」と「白浪看板」はテレビで観た。「鬼平」の関連として映像化され、松平健と中村梅雀がそれぞれ演じ印象的だった。「白浪看板」は「夜兎の角右衛門」が表題となっており、右腕のない女乞食にうなぎを食べさせる角右衛門。「乞食のかけている看板は、拾いものを返すってことなんですよ」「長谷川平蔵は難しい顔つきになり、『その女乞食の看板と、お前の看板とは、だいぶんに違うのだ。お前の看板の中身は、みんな盗人の見栄だ、虚栄というやつよ』」・・・・・・。印象的だ。
女がとても良い。「市松小――僧始末」「喧嘩あんま」「ねずみの糞」は、おまゆという女ながら背たけは6尺近く体重は23貫、「豊かな白い肌と肉が造型する顔貌は整っていて愛らしい」女性と、スリの優男・市松小僧又吉の物語。2人は夫婦になる。おまゆが亭主の右手の指五本を切り落とす。又吉があんまの豊ノ市を助ける。又吉が浮気をして、その相手おふくがいい。「これだから、女という生きものは強いのだよ」・・・・・・。
「熊五郎の顔」――身体を許した相手が雲霧仁左衛門の乾分の州走の熊五郎ではないか、なんと亭主の仇ではないかとうろたえる姿は目に浮かぶ。「四度目の女房」――大工小僧と異名をとる伊之松と四度目の女房おまさの話だが滑稽さを超えている。「鬼坊主の女」――鬼坊主清吉が捕縛され、辞世の句を託されたお栄のしたたかさ・・・・・・。
その他、「金太郎蕎麦」「おしろい猫」「さざ浪伝兵衛」がある。いずれも面白い池波正太郎の描く江戸の町。
驚くような、そして大胆かつ繊細な短編小説集。恋が身体を変えていく。「花」「指」「くぼみ」などが、愛や恋にしなやかに絡んでくる。「実在」よりも、量子力学的世界が描かれるようにも思った。
「花に眩む」――著者の2010年の作品。「しまの肌にはツリガネニンジンの花が咲く。・・・・・・陰気で鮮やかさのない、つまらない花だと言ってはぷつぷつと毛穴から吹き出た芽を引き抜いた」「私の肌には、センニチコウの花が咲く」「高臣さんが芽を整えているのは、首や手足の先などのはたから見える部分だけで、背中やへそのまわりや腿の辺りにはやわかなハトムギの葉が茂っている」――。「私が高臣さんの子供を産んだのは、春のはじめのあたたかい風が吹く季節で、年に一度の出産のシーズンだった。どこの家も、濡れた白い赤ん坊で溢れていた。多い人は生涯で20人近くの子供を産む。私は1度に3人の子を産んだ」――なんとも不思議な物語だ。
「なめらかなくぼみ」――彼の身体よりも、ソファーの肌触りを愛する女。「リビングの壁を見た瞬間、母親は私を床に落とした。・・・・・・きっとみんな、確かだと思っていた腕から滑り落ちた経験があるのだ。だから、安心して体を預けられるものが欲しくなる。言う通りになる他人、拒む手段を奪った肉体、将来の約束、不安をなだめてくれる体温を、確保しようとする」「そのソファは、安心するでしょう」。愛を失って抱かれていた腕から落とされ、安心していた場所から遠ざかるのに対し、今日も暖かくて柔らかい場所が欲しいというのは、誰にもあるようだ。
「ニ十三センチの祝福」――妻と別れた男が、同じアパートに住む女の靴を直してあげる。女は猫背のグラビアアイドルだった。「加納さん、私はできは悪いけど、夢の女なんです。男の人の、毎日しんどいなぁ、こんな姉ちゃんに触りたいなぁ、きっとやーらかくて気持ちいいんだろうなあってイメージを形にして、いい夢見てもらうのが仕事なの・・・・・・」「なにもいらない。もらったんだ。飯、一緒に食うの楽しかったよ」」・・・・・・。
「マイ、マイマイ」――これもまた不思議な話。愛すると、身体のどこかに石ができる。その身体から出た美しい石を交わし合う恋人たち。
「マグノリアの夫」――劇団に所属する郁人は、物語の起伏に合わせて、木蓮の一枝からの花を旺盛に咲かせたり、反対に病んでしなびたりと変わった役を演じることになる。彼は有名作曲家の日与士幻馬の隠し子だった。妻の脚本家の陸は、演技を見て郁人の心にある純粋なアンビバレントな意地の感情の根っこに触れた思いをするのだった。
新鮮さと熟練の冴えを合わせ持つ5つの短編集。
方言学、社会言語学の篠崎晃一東京女子大学教授が選んだ212語。学生時代に愛媛出身の先輩が「風呂にはまる」と言って驚いたことがある。また宮崎県に行って「よだきー」がよく使われて、気候の良い宮崎らしいことを感じたこともある。東京の「肉まん」が大阪では「豚まん」であり、肉とは牛肉のこと。また方言ではないが、東京のエスカレーターには左側に、大阪では右側に立つこともいつも不思議に感じていたことだ。本書で、富山県では「おごってくれる」ことを「だいてくれる」と言い、「先生、だいてくれるんですか?」という恐ろしい言葉が書かれているが、富山の人に聞いてみると本当だと言う。紹介されている「離合困難(すれ違い困難)」は、現実にある標識だ。
愛知県の私は、授業の後の休み時間を「放課」と言うが、全国では「長休み、中休み」「大休憩、昼休憩」と言ってることを初めて知った。本書には出ていないが、私の東三河では、「じゃん」「だら」「行くまいか」が最も使われている方言で、洒落ていると思うのは、朝日がまぶしい時に「ひずるしい」と言う。「日出ずるらしい」からきたと言われている。お湯が「ちんちんに沸く」と言う。
「津軽じょっぱり」は「情張り」からきており、「土佐のいごっそう」「肥後もっこす」と並んで、"日本3大頑固"といわれていると言う。「うざったい」は、東京多摩地方の伝統的な方言のようで、小さなものがたくさん群がることを表す「うざる」から来ており、今の若者言葉とは意味がずれているようだ。山梨で「からかう」と言うのは、困難を打開するために知恵を出しいろいろ手をつくす、ということのようだ。京都の「おーきに」は「大きなり」が元の形で、程度の甚だしい様子で「おーきにありがとう」の後半が省かれていると言う。「佐賀のがばいばあちゃん」の「がばい」は、たくましいとか豪快なではなくて、「とても」というものだと言う。
どの方言もだんだん使われなくなっていると思うが、故郷に帰ると、やっぱりそんな言葉遣いになってることに気づくものだ。