低賃金、長時間労働で"正社員"を使い倒すブラック企業、暴力・暴言で労働者を苦しめるモンスタークレーマー、モンスター消費者。「ブラック企業VSモンスター消費者」というより、両者は密接に関係している。
本書を読んでドクターXの米倉涼子の「いたしません」を思い浮かべた。
サービス業が拡大し、「おもてなし」「サービス」が求められる――それが、働く人の職務・範囲がはっきりしていない日本の社会(文化)のなかで雇用されると歪みが生ずる。「もてなされる」のが当然になると「モンスター消費者」の一因となり、それがまたブラック企業の「君にはいつもクレームが来る」として解雇の因にもなる。消費者は「サービス」はタダだと意識が強い一方で、企業側は「付加価値」「サービス」と称して、残業代を払うどころか、際限のない労働を消費者に提供するよう従業員に強いる。勿論、過当競争も背景にあるが、そうした「おもてなし」「サービス」の過剰要求と、日本社会の「休まない文化(欧州ではコンビニも休みをとる文化)」、さらには「命令に従順な日本人」が一体となって、働く若者を追いこんでいく。サービス業従事者の職務・範囲が定義されない雇用システムが悪循環をもたらすという。
日本人論や文化論に拡散させないで、問題は労働問題だという。体が壊れない労働時間で、休める時間を増やして、暮らせるだけの賃金を得られるベースで産業を設計しなおそう。長すぎる労働時間と、無限に広がる職務という日本の特殊性を直視し、「過労防止基本法」「最低休息期間制度」「労働契約を具体的な職務に基づくものとし、職業訓練制度、職業資格制度の充実・強化」――これらからまず始めようと、提起している。
昨年、都内で行われたセミナーでの「どうなる日本経済!アベノミクス効果の功罪」の討論。
「一の矢と二の矢を逆にすれば理解しやすいアベノミクス」「誰も否定できないアベノミクス効果」「諸悪の根源はデフレ」「"失われた20年"ではなく、"まだらな20年"だった――91年から戸惑いの6年、97年から危機の5年、回復の6年、2008年からの最も失われた5年に分ける」「成長はまだ必要か」「借金も多いが資産も多い日本政府」「まだ前半分だけの第二の矢(財政再建が後半)」「第三の矢のキーワードは規制緩和と競争(民間に徹底的に競争させよう)」――。
そして、「これからの道は、新しい豊かさを求めることだ。"自分が生きたいように生きられる社会"をめざそう。そのためにもこの際、長期の国のヴィジョンを作ろう」と述べている。日本経済の正念場を迎えている。
福島原発事故民間事故調をプロデュースした船橋さんが、福島原発事故のギリギリの局面での究極の決断、リーダーシップと現場――そうした日本の危機の本質を徹底的に追跡した迫力ある書だ。
「危機のリーダーシップとは」と副題にあり、半藤一利氏と「日本型リーダーはなぜ敗れるのか」をめぐっての対談がある。「最悪のシナリオをつくらない日本人」「いま起きたら困ることは、起きないのではないかというふうに思い、やがて起きないに決まっている、いや絶対に起きない、という思考回路になった。最悪のシナリオをつくらない日本人だ」「"参謀が大事"という日本型リーダーシップ」「防災とともに、一刻も早く外交、安保、危機管理・・・・・・平時から十分な対応策を立てなくてはならない。危機管理の復元力だ」――。
この原発事故の「危機のリーダーシップ」について、チャールズ・カストー米NRC(原子力規制委員会)日本サイト支援部長、福島第二原発を守った増田尚宏東電福島第二原発所長(情の吉田、理の増田)、折木良一自衛隊統合幕僚長、野中郁次郎一橋大名誉教授と対談している。「危機管理とは何か」の生々しい証言と教訓だ。守勢を苦手とし続けた日本(人)を、日本人論や文化論に逃避せず、今こそ変えなければならない。
「ミネルバの梟(ふくろう)は黄昏(たそがれ)に飛び立つ」――ヘーゲルの「法の哲学」の言葉だが、私も哲学の、時代総括と次代への備えについて時おり語ってきたものだ。それが富士フイルム先進研究所のシンボルということに心が躍った。その哲学的深さと、勇気ある挑戦があるゆえに、写真感光材料の全盛時代の黄昏から新たな創造を生み出す。デジタルカメラの登場、デジタル化時代の襲来、本業消失の危機を乗り越えたのだと思ったからだ。
「技術志向の富士フイルム」「現実を見る勇気、将来に投資する覚悟」「富士フイルムは写真文化を守る」「富士フイルムが手がける医療、化粧品の理由」「勝ち続ける企業は、変化にすばやく、うまく対応できる企業であり、そこからさらに進んで、変化を先読みし、先取りできる企業でなければいけない」「巨人コダックと富士フイルムを分けたもの」「有事のリーダーシップとそれに伴う責任」「ナンバーツーまでの勝負は竹刀、経営トップの勝負は真剣」「日本の製造業は技術力、人材力、成長ポテンシャルがあり、負けていない。日本人には頑張リズムがある」「PDCAよりSee‐Think‐Plan‐Doだ」――。
日本の課題として、日本企業のSGA費(販売費及び一般管理費)の高さをあげている。それは「ホワイトカラーが多すぎる。管理職も多く、現場で働いている人の数よりも、間接部門の人員が多い企業もある」としている。これはモノづくりをはじめ、日本の遭遇する最も深刻な問題だと私は思っている。日本の労働生産性の低さにもかかわることだ。現場力、業務遂行力の劣化も課題として指摘している。
間違いなく、「勇気」を届けてもらった。勇猛精進(敢(い)さんで為すを勇と曰い、智を竭(つ)くすを猛と曰い、無雑の故に精と曰い、間(たえま)無き故に進と曰う)が本書には貫かれている。
大相撲の朝稽古――私が想起したのは、未知の厳しい世界に飛び込んだ若者たちの不安と絶望と、かすかな光を求める背水の陣からくる緊張感、闘争心だ。警察学校は新入社員の研修よりもはるかに厳しい「警察官としての資質に欠ける学生を、早い段階ではじき出すための篩」だという。
不安と緊張の半年に及ぶ合宿生活――。そこには未熟(経験不足)、嫉妬、誤解、競争、挫折、裏切りもあるが、それが修羅場と化す社会の現実であることを突き付ける。その荒砂で揉むがごとき教場で、じっと見つめる白髪の教官・風間は教師というより師匠だ。
人間を鍛え、育てるとはどういうことか。あえて突き放したり、情愛で包んだり・・・・・・。学園ものの小説を装っているが、厳父の愛、とくに師匠がいかに人間を育て、鍛えることにおいて大切かという「師弟」に魅力を感じた。ところで表紙の指紋は長岡さんのものだろうか。
