太田あきひろです。
今日、発売された26日付けの東京スポーツ。政治ジャーナリストの藤本順一氏のインタビュー記事、「太田昭宏氏へ直撃」が掲載されています。
昭和46年、私は京大大学院を卒業して上京、公明新聞に入社しました。東スポ、スポニチなどと同じ印刷工場で、油にまみれて整理・校閲をしたのは青春の大きな思い出です。
インタビューのなかで私は「3・11東日本大震災では首都圏にも津波が来た」「国会は現場の悩みを反映していない。早く景気・経済に力を 入れないと、日本は大変なことになる」「民主党の人事は回転ドアのようだ」――などと語っています。
とにかく現場は景気・経済、そして防災・減災。
しっかり頑張ります。
5つの短編。「城を噛ませた男」とは、真田昌幸が策略をめぐらし、秀吉の力によって北条家を滅ぼして自ら生き抜く話。敵も味方も踏み石として出頭する策略家。
「見えすぎた物見」は、「佐野家は先を見通すことによって生き残った」ということと、関東一の物見の五助と清吉。頭を下げ続け、見通すことと頭を下げ続けて生き抜く佐野氏の筆頭家老の天徳寺宝衍。
「鯨のくる域」は痛快。弱小・伊豆の雲見の丹波守政信が押し寄せる西の大軍を鯨取りらしくけちらす話。
「椿の咲く寺」は徳川家と北条家の天正壬午の乱。父の丹波、兄の善十郎、初音(妙慧尼)が家康を討とうとする話。終わりは大ドンデン返し。
「江雪左文字」は小早川秀秋の寝返りを家康に託された江雪の話だ。家康と小早川秀秋の、狼狽ぶりが出ている。
いずれも1550年 - 1600年の関ヶ原まで。弱小であるがゆえに智慧と胆力、そして策略、死をかけて闘わざるを得なかった者たちの生き様が活写されている。
太田あきひろです。
寒い日が続いています。
日銀は14日、追加の金融緩和策を発表。「中長期的な物価安定の目途」を「消費者物価の前年比上昇率を当面1%」とすること。また「資産買入等の基金」を55兆円から65兆円に増額して、その10兆円は全て長期国債を購入することを決めました。日銀が重い腰をあげ、脱デフレの姿勢を明確にしたことはいいことで、市場も好意的に反応しています。
私は、「円高、デフレ、電力不足」への対策が急務であり、"増税一直線"ではなく、まず景気・経済対策だと主張し続けてきました。財政再建はもちろん大事。しかし「増税先行によって財政再建を成しとげた国はない」ことも事実です。
じつは2月3日、公明党は総合経済対策に関する緊急提言を発表。その柱は、「金融政策」と「防災・減災ニューディール」です。それは「日銀による資金供給を万全に」「そのカネが回るように、復興需要だけでなく、全国の防災・減災対策、災害に強いまちづくり、老朽化する社会インフラの更新などを進める」ということです。私はその推進役になりました。毎日、現場を回り、「景気・経済、デフレ、円高対策を」という悲鳴を聞いてきたからです。「デフレと闘わない、増税ばかりいう政府などいらない」という中小企業経営者の声は私の耳に今も残っています。
党として官邸にもすぐ申し入れをしました。金融政策では「物価安定に対する長期的な目標の設定」「資産買入等の基金枠を55兆円から80兆円に大幅拡充」などを提言しましたが、日銀はこうした公明党をはじめとする各方面からの声を受けて今回の決定に至ったといえると思います。
これからは日銀はこうした姿勢を貫いて強いメッセージを発すること、そして今まで成長を犠牲にして分配・バラまきの政治をしてきた政府が、私たちの主張する「防災・減災ニューディール」「安全・安心な社会基盤の再構築」「中小企業支援の強化」など、具体策に踏み込むことです。
しっかり頑張ります。
