太田あきひろです。
この土・日も運動会はじめ、多くの行事がありました。そのなかで、東京北区の名誉区民である奥山峰石先生(人間国宝)の金属工芸60周年記念展が、「北とぴあ」で開催されています。「一代一職」の鍛金作家ですが、思いを込めた渾身の123点が展示され、じつに凛として品格をもった存在感ある作品に、圧倒されます。心の中まで変える芸術の力を感じます。奥山先生の話をうかがっても「鍛え」そのものを感じ感動します。
一昨日(4日)は、刀匠・月山貞利展に行きました。日本の誇りある文化遺産の一つである日本刀――。その崇高なる芸術性はこれまた凛とした精神性をもって迫ってきます。感銘しました。
「百錬精鐵」――月山貞利氏は、「鐵(くろがね)は炎(きたい)打てば剣となる」と私に語りかけました。今、日本の政治はきわめて軽薄、大事なのは、かなり根源的なもの、人間の鍛えです。頑張ります。
「私はよく、理屈は大嫌いだと言って、笑われることがある。......あるいは、この件についての御意見を、と訊かれて、たいていは言葉につまる。意
見というものを、もったことがないのである」――。理屈を言い、意見をもっていると思われた池田さんは、たしかにそうだったろう。哲学とは全てをそぎ落と
した境地から始まると思う。
小林秀雄と池田さんが一体となって如実知見、諸法実相の世界に迫っている。亡くなる3年前、2004年の著作。
岩見さんが、2009年から2011年2月まで、「毎日新聞(近聞遠見)」「サンデー毎日(サンデー時評)」「選択」などに書いたものをまとめている。
3・11以降は、まさに非常事態だが、それ以前もじつは深刻な非常事態の日本――。「国民も政治家も漠然と不安を覚えながら確たる非常時意識がない。じわ
じわと忍び寄る、始末の悪い非常時である」、そしてそこには、「政治の鈍感と怠慢がある」。さらに政治家の「言葉の貧しさ、軽さや大安売り」が、政治の軽
さと政治不信を増幅させる。
3・11東日本大震災以前の文章だが、「いま政治に求められているのは、非常事態の本質を過不足なく厳密に国民に伝え、貧弱な危機意識と過剰な危機意識の両方を防ぐことだ」――。全くそう思う。
太田あきひろです。
「脆弱国土を誰が守るか」――この土・日、5月というのに台風の影響で大雨が日本列島を襲いました。地震も台風もあり、そして列島の背骨の部分は山脈があり、川は急流。降った雨は2日で大方は海に流れる。治山・治水・利水の大切さを毎年、思い知らされます。
国土に働きかけてきたがゆえに、日本人が生活を営んでいるという、国土学に基づいたしっかりした対策が、常に続けられなければなりません。
昨日(29日)、雨のため多く予定されていた小学校の運動会は中止されましたが、北区豊島にできあがった、緊急避難施設を視察しました。空いた中学校の施設を改装し、畳を入れ風呂や洗濯、食事のできる場所も含め、26家族、100人規模に対応できる緊急避難施設です。東日本大震災で長期にわたって避難を余儀なくされる人々を受け入れることができます。東京23区で2番目のもの。あらゆる面にわたって支援することが緊要です。
頑張ります。
「石油に代わる新エネルギー資源」と副題にあるが、石油文明に変わるのは自然エネルギー・水素社会か、という問いを発している。突破する解は「マグネシウ
ム循環社会」――。太陽光発電などの自然エネルギーだけでは石油の代替にならない。水素は運搬や貯蔵が難しい。「太陽熱を利用した淡水化装置を使って、海
水中の塩化マグネシウムを取り出す」「太陽光からレーザーをつくる」「太陽光励起レーザーで酸化マグネシウム(熱を加えて塩化マグネシウムを酸化マグネシ
ウムにしておく)を、金属マグネシウムに製錬する」「それを交通機関や発電所などの燃料として利用する」「利用したあとに残った酸化マグネシウムを再び金
属マグネシウムに製錬する」――この循環の研究が進められている。極力やさしく書かれている。挑戦しないと何も生まれない。緊急事態だ。
