「今の若者は」「今の子供たちは」「今の教育は」というなかに、著者たちのいう青少年ネガティヴ・キャンペーンが含まれ、とくに「ニート」は「やる気のない若者」として批判の対象となっている。私自身、「今の子供は人のことも考えず、思いやりもなく、すぐ切れる」などという論には全く違和感をもってきた。
若年雇用と60代雇用、それは日本の社会のかかえるこれからの最重要課題だと思っている。
「景気の低迷」「団塊の世代が50代高賃金」「女性雇用の増加」「人件費縮減と労働力の量的柔軟化など企業の経営環境の変化」「依然として学校経由の就職が典型雇用(正規)への独占的採用ルートであること」など、本田氏の指摘する構造的要因は確かに大きい、その対応は、個人や家庭や教育にのみ還元してはならないし、ニート自体の現実把握と原因の把握が重要である。
職業的意義の高い学校教育をつくりあげることが指摘されているが、高校・大学をどう考えるか、生涯学習ををどう考えるか――考え続けている私としては「言葉のひとり歩き」「バッシング」ということ以上に学ぶこと大であった。どこまでもリアリズムに徹することが問題解決には大切だろう。
中身の濃い、しかも自由で率直な語らいは面白く、圧倒される思いだ。尊王攘夷、なかでも攘夷思想が、黒船以降、明治をも含めて基調音として奏でられたことがよくわかる。歴史の表舞台に出てくる血気にはやる若者のなかで、バランスがとれ、わきまえた知性・理性をあわせもつリーダーが、煩悶しながらもいかに踏んばったか、阿部正弘、榎本武揚、小野友五郎、立見尚文など好意をもって二人が描いている。
薩長がいつ倒幕になったか。その背後には、それぞれの歴史と地域性と伝統(たとえば直接行動と自己陶酔的な水戸、海のない会津に対して海に接する長州や薩摩より遡れば島津と毛利の出自)、佐幕派勢力の一橋慶喜、会津、桑名の「一会桑」への反発などを描き出す。竜馬のめざした徳川を中心とした共和制と維新を成した人々との違いなど、興味は尽きない。
ITをはじめとして急速に発展・躍進するインドは、アジアの一員としての位置付けを明確化したこともあり、まさに注目の的である。IT産業、医療・製薬産業、中産階級の台頭などはめざましく、インフラ整備、投資の拡大、中小企業育成などが直面する課題となっている。
中国、インド、日本が中心となるアジア新時代に対して、日印交流はきわめて遅れをとっている。リオリエント現象の加速化のなかで、日本の戦略がみえない。
「ヨーロッパの統合が、制度・政治主導なのに対し、アジアの統合は市場・企業主導だ」というように、アジアの経済統合に中産階級大国日本の役割は大きい。製造業のアジアでの分担というよりも、アジア全体で中産階級の台頭、つまり爆発的な消費市場の拡大現象が眼前にあるところにこそアジア新時代の本質がある。とくに、日本のハードとインドのソフトの協力とよくいわれるが、ソフトと文化の面でこそ「ジャパン・クール」の評価を得るという榊原さんの指摘はいい。
テレビに出る榊原さんはほんの一部分で、いつも話をしたり著作を読むと、榊原さんの「日本の文化・哲学性」への洞察に共感する。
