豪雨が続き、29日には山形県の最上川で4か所で氾濫。200棟以上が浸水、濁流が川岸を削り、県道が大きく崩落しました。先の九州を中心として「令和2年7月豪雨」は熊本県をはじめとして死者82名、行方不明4名という大災害となりました。今、大事なのは何よりも救援・復旧です。全力をあげます。
河川についていえば、重要なのは流域全体で、ハード・ソフト両面にわたっての「流域治水」です。治水は「堤防を整備する」「川底を掘る」「川幅を広げる」「放水路をつくる」「調節池・遊水池をつくる」「ダムをつくる」という6つの方法を組み合わせて行います。それを河川ごとに、流域全体から総合的に行うのが流域治水です。7月6日、国交省は全国の主要109河川で「流域治水」を徹底することを打ち出しました。雨の降り方が3年前から尋常ではなく、激甚化・広域化しており、中長期にわたる安全対策が不可欠です。防災・減災・国土強靭化にさらに力をいれます。
これは読んでおいた方がいいし、面白い。「言葉を使う」職業でもある政治家にとって、「間違った言葉」は命取りになる。また、意図を伝える、簡潔で適切な言葉遣いをすることは必須だ。「文字を大切にしないと、文字に報復される」「言葉を大切にしないと、報復される」のだ。
誤った言葉遣いが、あふれている。国会の論戦でも、集会の挨拶等でも、日常の会話でも。「慎んで哀悼(本当は謹んで哀悼、慎んでは『控えめに』)」「ご静聴(ご清聴)」「○○国、御遺族の皆様に対し、ご冥福(国民皆が亡くなったことになる)」「集まっていただいた皆さん(集まってくださった)、御利用いただく(御利用くださる、利用するのは相手側や第三者だから尊敬語のくださる)→尊敬語と謙譲語と丁寧語の使い分けが大切」「いただくの氾濫」「てんで異なる鍛治と鍛冶、太田と大田、斉藤と斎藤、常盤と常磐、蜜と密(蜜柑、壇蜜)」「いわゆる差別表現(・・・・・・ら、・・・・・・難民の乱用、未亡人、なんか、くんだり)」・・・・・・。
若者言葉や間違い・・・・・・。「ちがくない」「すごい多い」「温めますか? 結構です(断りの言葉)」「ビシッと、ドキッと(ボーっと生きてんじゃねーよ!は、本当はボウッと)」「人間ドック(グではない)、バドミントン(トではない)など、正しくはアタッシェケース、アボカド、ギプス、キューピッド、デッドヒート、犠牲バント」「味わわせる(味わうが基本形だから味あわせるではない)」「『ら抜き』の見れた、出れる、食べれない、来れますか(本来は見られた、出られる、食べられない、来られますか)」「一同が集まる、一堂に集まる、活を入れる(喝ではない)、肝に銘じる(命ではない)」・・・・・・。
最後に誤解必至の失礼ワード20選が解説される。「当たり年」「いさめる」「いやが上にも」「汚名挽回?」「枯れ木も山のにぎわい」「棹さす」「さわり」「進言」「世間ずれ」「壮絶」「他山の石」「追撃」「煮詰まる」「抜け目がない」「破天荒」「はなむけ」「ひそみに倣う」「妙齢」「役不足」「やぶさかでない」。いい時に使う言葉、褒めるときの言葉と、そうでない時の言葉など、また尊敬語と謙譲語の難しさなどを踏まえて言葉を正確、適切に使う大切さが伝わってくる。岩佐義樹さんは毎日新聞社校閲センター前部長。
「言葉にはそれぞれの温度があります。温もりと冷たさの程度が、それぞれ違うのです。温もりのある言葉は、悲しみを包み込んでくれます。生活に疲れたとき、ある人は友人とおしゃべりして悩みを打ち明け、ある人は本を読んで作家が投げかける文章から慰めを得ます。溶鉱炉のように熱い言葉には、感情がぎっしり詰まっています。それを口にする人は気持ちがすっきりするかもしれませんが、聞く人の心にやけどを・・・・・・」――。韓国で150万部を超えるベストセラーエッセイ。言葉の大切さ、何気なく発する一言のもつデリケートさ、重要さを感動のなかで改めて思う。生命が豊かでないと、余裕がないと、教養がないと、そして辛い経験がないと、発する言葉がいい温度にならないだろう。
「もっとつらい人(つらい人のことがわかるのはもっとつらい人なのさ)」「いまもあなたを気にかけています(相手を自分の一部と思えるかどうかが、真実の愛と偽物の愛を見分ける基準になるかもしれない)」「本当の謝罪は痛みを伴う(謝ることは世界でいちばん難しい)」「偽物と本物の見分け方(本物に対する確信が必要です。偽物は必要以上に派手なんです)」「宇宙くらい大きな事情(夫は幼いころに事故で視力を失いました。・・・・・・その裏に何らかの事情をもたない人はいない)」「喜劇と悲劇(人は興奮すると、自分が口にした言葉と行動を比べてみることができなくなるようだ)」「自分に合った道(自分をだましたら、もっと暗く、重い刑罰が待っている)」「愛という言葉の由来(人が愛をつくりながら生きること、それがすなわち生ではないだろうか)」「満開の華やかな瞬間よりも、半分くらい咲いたときのほうがずっと美しい場合もある(絶頂よりも美しいのは、絶頂に上る過程ではないだろうか)」「プロとアマチュア(プロはやりたくない仕事も泰然とやり遂げる。アマは好きでやる、楽しめばいい)」「活字中毒(何かに酔わなければ、何かに惚れこまなければ、面白みがないのが人生なのかもしれない)」「管理人さんの手帳(認知症と診断され、記憶がこっそりと逃げ出すような感じがして)」「始まりと同じくらい大切な終わり(文章も人生も)」「感情は動くもの(そんなショーは、ひたすら娯楽という目的地に向かう暴走機関車のようだ。途中で止まれず、加速を付けながらひたすら目的地めざして突っ走るしかない。文明も途中で止まれない)」「済州島が教えてくれたこと(転んだらそのついでに休んでください。たまには空白の時間を持つこともいいもんだよ。人生には空白も必要)」「線を引くということ(人間の不幸の多くは、人と人の間に線を引くことから始まるのではないか)」「彼女はなぜ撮ったか(都市の光よりも影に目を向け、小市民たちの笑いと涙を記録した)」「体の声を聞く(他人とコミュニケーションをとるが、自分とコミュニケーションをとる人はまれだ)」・・・・・・。
新型コロナに覆われ、戦っている現在、より敏感に感じる言葉と心の温度。
宮部みゆきの新シリーズ始動! 「私がずっと書きたかった捕物帖です」という。主人公・北一(きたいち)は16歳。迷子だった北一を深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉親分が引き取って育ててくれた。ところが突然、千吉親分がふぐに中毒(あた)って死ぬ。時は江戸時代。小説の主役は武士ではない。江戸の町、長屋暮らし、商家の人々の日常に潜む事件や怪談話、呪いや噂、生老病死などが、知恵と情あふれる解決策で結着をみせる。
「ふぐと福笑い」――。福富屋の遠縁の材木屋に代々伝わっている「呪いの福笑い」。出して遊ぶと必ず祟るというが、知らずに子どもたちが遊んでしまう。どう収めるか。千吉親分に連れ添った「おかみさん(目が見えない)」の凄さ、賢さ、千里眼が発揮される。「双六神隠し」――。裏店暮らしの松吉、魚屋の倅の丸助、商家の跡目の仙太郎の3人は同じ手習所に通っていたが、松吉がある日"神隠し"にあう。3人が打った"閻魔の双六"の一芝居。北一の勘は冴えを見せる。「おかみさん」の鋭さや町の人々の情が滲み出る。
「だんまり用心棒」――。菓子屋「稲田屋」の道楽息子に、富勘が鮮やかな大芝居で鉄槌を下す。しかし、意趣返しなのか、その富勘が攫われた。釜焚きの喜多次の働きによって北一は富勘を助け出す。二人の「きたさん」の誕生、「きたきた捕物帖」が始動する。「冥土の花嫁」――。深川佐賀町の味噌問屋「いわい屋」の跡取り万太郎が嫁を迎えることになった。その祝言を挙げる日、突然、万太郎の先妻・菊と名乗る女が現われる。この大騙りを仕掛けてきた悪人たちをやっつける。
優しさと人情、それに「北一」の成長が加わる物語。
