「『人・本・旅』で、いろいろな人に会い、いろいろな本を読み、いろいろなところに出かけていって刺激を受けたら、たくさんの学びが得られ、その分人生は楽しくなる。還暦だろうが古希だろうが年齢など関係ない」「定年を廃止し、健康寿命を延ばす」「根拠のない常識や不毛な精神論に縛られるな。数字・ファクト・ロジックで物事をとらえ、エピソードではなく、エビデンスで世界を見ることだ」「先進的な国では、もう年齢フリー社会、オール・サポーティング・オールの世界に入っている。年齢に関係なく、みんなが能力と意欲、体力に応じて働く。そして、シングルマザーなど本当に困っている人に給付を集中する。年齢で優遇するのをやめ、困っているかどうかで優遇する人を決める」「高度成長期の慣習が身体にしみついているが、ヤング・サポーティング・オールドという人口ボーナス期の特殊な時代の仕組みを前提にしてしまっている」「人生の楽しみは喜怒哀楽の総量で決まる(怒も哀もだ)」などという。人生哲学がビシッと柱となっていて、教養と経験、リアリズムに裏付けられ納得する。
「グーグルやアマゾンを生み出せない日本の教育」「日本の仕組みは、製造業の工場モデルで、素直で我慢強く、協調性がある人が求められた。『飯・風呂・寝る』の低学歴社会。今からは、『人・本・旅』の高学歴社会。"変態オタク"が育つ教育を」「"仕事が生きがい"は自分をなくす」「北欧の先進国は定年なしで、社会保障がしっかりしている」「自分への投資と学び続けることの大切さ」「別府の町とAPU」「ダイバーシティーで栄えた国、逆の政策で没落した国」「必読の古典6冊」「理性にすべてを委ねるのは傲慢である」「男女差別が日本を衰退させている」「社会保障というセーフティネットを自ら壊してはいけない」「精神論を排除し、数字・ファクト・ロジックで語る」・・・・・・。
「高齢化社会の将来は暗くはないし、人はいくつになっても楽しい人生を過ごすことができる」と「還暦からの底力」の発揮をという。
コロナ禍で迎えた終戦記念日の15日、東京・池袋で行われた公明党の8・15終戦記念日街頭演説に出席、演説を行いました。これには山口那津男代表、高木陽介東京都本部代表、高木美智代、岡本三成の各衆院議員、竹谷とし子、塩田博昭の各参院議員、長橋けい一都議会議員が出席しました。
私は「あの敗戦に至る過程のなかには、世界の潮流を読み間違えたいくつもの節目があった。歴史において常に大事なのは、国際協調をとることだ」「コロナ禍での8・15を迎えた。これから志向すべきは、安全・安心社会だ」「このなかで人間社会で最も根源的な『言語と身体接触』が遮断されている。文明の逆襲とも言える。オンライン、テレワーク等を日常の中で加速することが大切だ」「防災・減災・国土強靭化を進めることは、安全・安心社会の最重要項目だ。雨の降り方が明らかに次元を異にしている。国として流域治水を打ち出したが、集中・加速に努めたい」などと訴えました。
2020年代からの日本は厳しい山に差しかかる。①少子・高齢・人口減少社会②AI・IoT・ロボットの急進展③次元の変わった頻発する大災害――。これがコロナ禍によって更なるデジタル社会と感染症対策が加わる。構造変化が激しい。
「令和時代に解決すべき17のテーマ」を副題として、「これらの宿題の解決を避けて通ろうとすれば日本の未来はない!」としたのが本書だ。「政治」においては「真の政・官分離を実現する――官僚主導のゆがみを是正せよ」「地方衰退を解決する――権限・財源を地方に移す、高齢者の地方移住を促進」「道州制を導入する」「東京を独立させる――東京を日本全体の戦略基地として特別行政地区とする」「令和の農地改革を実施する――企業の農地所有を認める」――。
「経済」では「ベーシック・インカムを導入する」「コンセッションを全面導入する――とりわけ当面、水道や林業」「シェアリング・エコノミーを推進する」「経済の新陳代謝を高める――総理主導の規制改革」「デジタル・ガバメントをつくる――マイナンバー制度と歳入庁」――。
「社会」では「働き方をさらに変革する――自由な働き方と自由な雇い方、同一労働同一賃金」「移民法(外国人労働法)をつくる」「脱原発を実現する」「少子高齢社会を克服する――特別養子縁組をしやすくする法改正、フランスの少子化対策」「東大を民営化し、教員資格制度を変える」「真のジャーナリズムを育成する」「政治・メディアの悪循環を糺す」――。
これまで論議してきたこと、私自身がかかわり具体的に進めてきたこと等々があり、問題を常に思考し続けることが大切!
伝説のジャーナリスト、ノンフィクション作家・本田靖春について、その作品と数多くの関係者の証言から語る。「本田靖春 人と作品」だ。際立つ文章のうまさと弱者への情とリズム。人物も「含羞を帯びた男気、あるいは侠気(後藤正治)」「誇り高き"無頼"、精神の貴族(筑紫哲也)」「権力に阿らず、財力にへつらわない"由緒正しい貧乏人"(自称)」「どこからともなく滲み出る情感、背中に漂う含羞、風情ある大人のたたずまい(伊集院静)」「義とユーモアの人」「勉強家、努力家だが、文における素養が飛び切り豊かな人(南晋三・潮出版社社長)」と魅力にあふれていた。
本田は、「戦後という混沌とした時代を生きた人間」を描いた。「私の書くものは社会的弱者に対して甘いんです。強者と弱者がいたら迷わず弱者の側に立つ」と自身が言っているように、「戦後」は皆、生きることに必死だった。人びとは飢え、まともな家もなく、着るものも、履く靴すらなく、差別や暴力も横行していた。しかしその一方で、人びとは桎梏から解放され、自由と希望と熱気をはむ時代の息吹があった。無頼記者の栄光と挫折を活写した「不当逮捕」、闇市時代のアウトローを描いた「疵」、読売新聞社会部時代の若き日を綴った「警察(サツ)回り」、時代の子としての「『戦後』 美空ひばりとその時代」、吉展ちゃん事件の「誘拐」、金嬉老事件の「私戦」、"雑兵の群れ""町の登山家"による「K2に憑かれた男たち」、六ケ所村の部落・上弥栄の「村が消えた」、そして大阪読売新聞社の社会部長だった黒田清の「ちょっとだけ社会面に窓をあけませんか」・・・・・・。全てに「戦後」の一本の強い筋が通り、そして高度成長期の現場に溢れた心の"空洞"を吐き出した。
貧しき昭和20年代を知っている私、黒田清さんと「戦争展」について対談したこともある私、一回り上の本田靖春さんの世代の骨太のジャーナリストと長く接してきた私として、扱われた事件等も生々しく甦る。本書に出てくるジャーナリストや講談社や潮出版社をはじめとして、日本のジャーナリズムが真摯に"いい仕事"をしようと取り組んできたことも改めて感じ、自身を叱咤する。
