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「気品」――。この気品を備えることが、いかに素晴らしいか。美しい心が、姿・形に現われ、その美しい所作が美しい心を生み出し、気品となる。「形から入って心に至る」という武士道の精神を体現し、一期一会の人生に「一度のお辞儀で、人の心を捉える」ことが、いかに重きをなすか。


「姿勢を正せば心が変わる」「嫌なことは"丹田"に納めよ」「"残心(ざんしん)"で思いやりの気持ちを残す」「型を身につけ壊す(守破離)」「人生とは上手に感情を自制する技」「表向きの顔をつくりなさい」「質素倹約は本質を見極める」「忙しいときこそ贅沢な時間をつくる」「美しい挨拶――言葉と動作を一緒にしない、胸元に"懐"をつくる、静と動の動きにメリハリをつける」「気品とは、人さまに心を配ること」「何ごとにも、入口があれば、出口があるのですよ(最終的な仕上がりをイメージすること)」・・・・・・。


水戸徳川家の流れを汲む讃岐国高松藩松平家の末裔の松平洋史子さんが、祖母・松平俊子が昭和女子大の校長時代にまとめた松平家に代々伝わる生き方教本「松平法式」を、現代に生きいきと語る。


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10月18日、19日の土日、北海道に行き、要請・懇談・視察等を行いました。


18日は札幌――。道内の商工会議所連合会や経済連合会の代表、建設業、トラック、現場の職人さんをかかえる建専連、そして最も注目されている観光協会の代表から現状の報告、要請を受けました。北海道はこの2年、観光の伸びはめざましいものがあります。外国人観光客も急増し、WiFiや免税をはじめ、対応にかなり力を注いできました。農産物、水産物も日本の大きな柱です。自然環境の厳しいなかでの輸送のための道路整備、札幌までの新幹線、港湾整備などの要望を受けました。


18日の夜には日本最東端の道東に移動し(17時半にはもう真っ暗でした)、根室市長、羅臼や別海の町長、標津町、中標津町の代表、商工会議所の方々と懇談をしました。国交大臣がこの地に来るのは初めてということで、要望が相次ぎました。酪農、水産物が圧倒的で、道路や港湾整備について水揚げしても輸送ができないこともあるという切実な声が寄せられました。

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19日は現場に出ました。国境最前線で領海警備をしている海上保安庁の状況を巡視船から視察、条件の厳しいなかで強い意志で働く職員を激励。JR北海道花咲線厚床を訪問、寒冷・軟弱地盤での保安状況を視察。別海町では最先端の搾乳機械を使う大規模酪農を視察、さらに酪農家18戸分の飼料の調整・配送の一括実施をする配合飼料供給施設を訪れました。


北海道のポテンシャルはきわめて大です。発展・振興に力を入れます。

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10月17日、JR東海が2027年に開業を目指しているリニア中央新幹線東京(品川)~名古屋間の着工を認可しました。


リニア中央新幹線は最高時速500kmを超える速度で走行し、東京(品川)と名古屋間をわずか40分、更には大阪までを1時間強で結び、国民生活、経済活動にも強い影響を与える重要な事業です。さらに、超電導技術の高速鉄道への導入という世界に類を見ない先進的な技術は、我が国の高速鉄道の技術水準の高さを改めて世界に示すことになります。50年前の新幹線が「夢の超特急」といわれたように、再び日本に自信と希望をもたらすことになると思います。


その一方で、トンネルの掘削に伴う建設発生土が多いことや、その運搬に伴う地域住民の生活環境や自然環境への影響、事業に伴う水環境や生態系への影響など、多岐にわたる分野での影響が懸念されています。また、南アルプストンネルなど、難易度の高い工事も想定されています。


私は、認可に際し、JR東海に対し、地元住民などへの丁寧な説明を通じた地域の理解と協力を得るなど、事業の安全・円滑な推進に必要な措置を求めました。


大事な事業だけに、しっかりとJR東海を指導・監督していきたいと思います。

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そして午後は、墨田区の下水道老朽化対策工事の現場を視察しました。東京都の下水道は大正時代から整備が進められ、高度成長期の1960年代から90年代にかけて急速に整備が進みました。それから約50年が経過し、老朽化対策が必要な時を迎えています。


今日見た現場では、SPR工法という世界一の技術を使って工事を実施中。この工法は、下水道をそのまま使いながら管の中に樹脂を巻き付けて行う画期的なもので、工事の大幅なスピードアップとコスト削減が可能です。


日本の技術のすばらしさ、老朽化対策の必要性、見えないところで黙々と働いている人たちの力を実感しました。


紅けむり.jpg

有田の薪炭屋大店・山城屋の健太郎は、公儀隠密から伊万里で塩硝(爆薬)が密造され、江戸に運ばれようとしていることを聞く。江戸や伊万里、五箇山などを舞台として、伊万里屋、山城屋、野沢屋などの商人や隠密、渡世人などが入り乱れての戦いあり、拷問ありと、めまぐるしい展開となる。


帯に「極限を乗り越えた男の真の強さ」とある。山城屋健太郎もあるが、野沢屋松右衛門や杢兵衛、隠密頭吉岡勘兵衛などが印象に残る。死を覚悟した男の腹の決め方だ。


時は寛政八年(1796年)の1月、2月。何よりも江戸日本橋を中心とした街の風情、生活の様子が生きいきと描かれていることに惹かれた。


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師父とは武智鉄二。「私の前に立ちはだかった相手は武智鉄二という、変わりすぎるほど変わった人物だった。・・・・・・通りいっぺんの道徳や、権威や、規範や、体制を蹴散らしながら歩き続けたこの人物を、私は一生の師と仰いだ」「武智師と私を結びつけたのは歌舞伎を主とした日本の伝統文化だった」――。


「『あんたはそうやって人に余計な気ィばっかりつかっているから疲れるんだっ』 文字通り雷電に打たれたごとく全身が硬直して棒立ちとなり、私は真っ赤に熾った師の顔を呆然と見ていた。・・・・・・そして本気の怒りは、長い年月をかけて私の人格をつるんと覆っていた硬質の膜のようなものを、みごとに突き破ったのである」――。まさに自己そのものをぶっ壊してくれるのが師だと思う。


武智鉄二、木下順二、中村扇雀。松井さんはこの3人をはじめとして、多くの人に恵まれ、歌舞伎などの芸術の世界でもまれにもまれ、格闘してきたことを、静かに語り続けている。師弟愛に生きるということは中道を歩むということだ。だから格闘しても根本的には、迷いがない。私とは全く異次元の話に圧倒されるが、武智鉄二の父・正次郎が京大土木工学科の先輩であったり、芸能好きのゆえの接点も時折り、交差する。


「武智鉄二との出会いをひと口で締めくくるのは難しいが、世間を相手に戦い続けてきた人は、他人様にどう思われようが、自分の殻を打ち破って全開で生きることの必要を私に説いたのだった」――師父の遺言だ。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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