【つれづれ所感】

無題

2010年1月20日


太田あきひろです。

ミッキー安川さんが亡くなられ、急なことで衝撃を受けました。黙々と現場で、一生懸命やっている人を応援するとても温かい人、ピシッと筋を通す人で、私もずい分激励をいただきました。番組にも何度も出させてもらい、また公明新聞で対談するなど、庶民や弱い者の味方として戦う公明党に期待を寄せていただきました。さびしい思いです。

今年に入って溝上恵東大名誉教授も亡くなりました。地震学者で、政府の中央防災会議の委員を務めるなど地震予知観測の中心者でした。

学生時代、耐震工学を専攻し地震対策に働いてきた私は、溝上先生と何度も話し合ってきただけに残念です。地震対策に更に力を入れなければと決意するものです。


新参者.jpg日本橋署に来た「新参者」・加賀恭一郎が日本橋・人形町を歩きながら、事件を丁寧に丁寧に、コツコツとコツコツと、粘りに粘りで解決していく。

江戸文化の残る町・人形町は、浅草橋、小伝馬町、浜町をはじめ私が住み、お世話になった人情の町だ。甘酒横町、水天宮、そして人形焼や鯛焼き・・・・・・。

家族、思いやり、優しさ、縁する人の心の通いあいともどかしさ、すれ違い、人情――東野さんの小説はこういうものであったかなあと思った。じつに面白い。


20100111街頭.JPG 太田あきひろです。

成人の日。全国で127万人の新成人、3年連続で過去最も少ない新成人です。昨年、3000人を切った北区でも、今年は2791人となりました。

成人式にも出席、例年以上に落ち着いた式典でした。足立区や北区の街頭でも演説しましたが、青年が元気でなければ未来の日本はない。大事なのは、いい仕事を青年に提供すること、雇用です。ジョブカフェ、若者支援センターをはじめ、公明党は徹底して支援してきました。

景気回復も不可欠、アジアの内需を取り込む成長戦略ももっと鋭角的に推進しなければなりません。

◆地元事務所◆
住所:東京都北区王子2-32-7-3F
電話:03-3912-5002


21世紀の歴史.jpg何たるスケール、何たる力業。21世紀の政治・経済を大胆に、世界的規模で予測した書。

市場経済の歴史、中心都市の条件、ブルージュに始まり、ロスアンジェルスに至る1200年から2025年までの9代にわたる中心都市の変遷。そこには東から西へ西へ、そしてニューヨークからロスに行って、次の10代は東京といっていいのに、ジャック・アタリは、東京といわない。

エネルギーの変遷、戦争が自国内でないこと、労働者が(雇用が)不安定でないこと。世界の人材を吸収する力、後背地、周辺地が備わることの必要性などを指摘する。


跡無き工夫.JPG八党連立の細川政権で走り回り、私の50歳の誕生日には時間をとって下さったり、街頭に共に立ったり、政策提言をまとめたりしたことを思い出しながら読んだ。

「離俗の人、離俗の思想」
「心身永閑」
「諸縁放下」
「リーダーは退を好む者であれ」
「無私ゆえの気高さ」
「欲無ければ一切足り、求むる有れば万事窮す」
「知る者は言わず、言う者は知らず(老子)」
「至誠の域はまず慎独」
「教育とは感化なり、濃密な師弟にあり」
「暫時不在 如同死人(白隠)」
「操り人形の吊り糸」
「没蹤跡(もっしょうせき)」――。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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