2008年のリーマン・ショックの頃から2011年の東日本大震災までの間、亡くなった有名人28人の輝ける時代と晩年を描く。いずれも記憶にある人たち。しかもドラマチックで振幅の大きい、個性的で生々しい起伏に富んだ人生だ。
高杉一郎や草森紳一は、作家・随筆家と本における壮絶な生き様を見せてくれる。川内康範の「生涯助ッ人」も凄まじい。チョモランマに挑んだ中村進、テレビ向きの「大ざっぱ」筑紫哲也。なぜかテレビに出て突然消えたバブルの娘・飯島愛、体操の遠藤幸雄とチェコのチャスラフスカ、ロック・ミュージシャンの忌野清志郎の「性的なのに清潔」。投身自殺した韓国の盧武鉉大統領、プロレスのリングでの事故死・三沢光晴、そして一人でつらく悲しい死を迎えた大原麗子。最後には皆に去られた山城新伍。
「引きこもり56年、晩年45年」のサリンジャー。生涯、反骨の「おばあさん」の北林谷栄ではあの「大誘拐」を再び見たくなった。文明の生態史観の梅棹忠夫の南極探検への望み。私の住む東京北区にも関係する「つかこうへいの祖国」、シャンソン歌手の石井好子もお嬢さんの域をはるかに超えている。梨元勝、池部良も亡くなって10年以上になる。岸惠子を包んだ「日本の男の気配」は洒落た言い方だ。
日本のプロ野球を変えた与那嶺要、コント55号の坂上二郎。それぞれの人の素晴らしさ、凄まじさが鮮やかに蘇り、迫ってくる。
昭和3年、1年半ほど断筆した江戸川乱歩が、「陰獣」で戻ってきた。「猟奇耽異を過剰に描き、大衆の低俗な好奇心を刺激するばかりの似非乱歩風作品が増殖し、読者の知的興味に訴える文芸の高級なジャンルとしての探偵小説不在を嘆く批評も目につくようになった。不健全派の旗頭と言われ、文芸を頽廃させる悪の根源のように思われては、くさるのも無理はない(風間賢二)」というなかでの江戸川乱歩の再登場だ。「意表をついた犯人像を描いた変格探偵小説して、昭和初期エログロ・ナンセンス隆盛への誘い水となった(風間賢二)」という時代を背景にし、時代を画する作品になった。
探偵小説作家・寒川が主人公で、美貌の人妻・小山田静子と知り合い文通を始める。ところがその静子に恐ろしい脅迫の手紙が次々と届けられる。まずは夫である小山田六郎を殺すという。脅迫してくるのは変格小説作家・大江春泥。じつはこの男は、ずっと若き頃から静子に恨みを持っていた平田一郎。そして、寒川と静子はドロドロした恋仲となり、寒川は大江を探すが全く手がかりがない。そんななか、小山田六郎変死事件が起きる。心の中を覗くようなじっくり読ませる小説だ。
18世紀英国ゴシック小説が、時代とともに変化・展開し、日本で本格・変格推理小説に変容し、今日に至る怪異猟奇ミステリー全史を語る。まさに古今東西、驚くべき博覧強記に圧倒される。人間が怪異猟奇、怖いものに惹かれ、性欲・本能の社会的逸脱にのめり込むことは致し方ない生命の本質的乱射ではある。秩序と抑制をベクトルとする人間の歴史にあって、ミステリー小説は、異端であり、流行りものであった事は否めない。それが時代を経て、数々の文学賞を獲得するに至るほどの地位を得る。その変遷が本書からよくわかる。大変な力技を感じた。
「ゴシックの元来の意味は、ゴート人のようなということだった。それが転じて、無教養の、野蛮な、無粋な、という意味に変化した」という。この「ゴシックこそがミステリーの源流」であることを示す。アン・ラドクリフの「ユドルフォ城の怪奇」は、恐怖と驚異を語った傑作。18世紀末だ。そして1830年代に登場するエドガー・アラン・ポー。今日の推理小説・探偵小説の始祖、「モルグ街の殺人」「黒猫・アッシャー家の崩壊」など自我の分裂と異常心理が描かれる。そしてコナン・ドイル。シャーロック・ホームズが人気を博す。ドイルは当初、ホームズものを生活費稼ぎのために執筆していたといい、専業作家としては他のタイプの小説を書きたかったようだ。面白い。
「進化論と退化論は表裏一体」で、「ジキルとハイド」「吸血鬼ドラキュラ」などが生まれている。19世紀後半は日本でいえば明治。ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」は植民地政策が背景にあり、日本ではそれが翻訳されて人気を博す。その明治時代の翻訳王が黒岩涙香だ。彼は俗悪なすっぱ抜き記事で小新聞を率いるが、翻案は講談にまでなる。当時の日本は、夏目漱石が言うように「探偵は高利貸しほどの下等な職業」で「文学界という花園を荒らした」と弾劾されたという。大正時代はモーリス・ルブランの怪盗紳士アルセーヌ・ルパンが話題を呼ぶ。ルパンやジゴマ、ファントマを受けて、江戸川乱歩の怪人二十面相が描かれる。「(江戸川乱歩は)創作は初期はドイル、中期は谷崎潤一郎、後期は黒岩涙香といった具合に、読書遍歴の始原へとさかのぼっていった」と解説する。名探偵・明智小五郎の活躍だが、当時はまだ若者であった横溝正史など、時代の背景には猟奇的殺人事件などがその時代に起きていたこともある。阿部定事件や2.26事件は1936年だ。夢野久作から、綾辻行人、京極夏彦・・・・・・。探偵小説から推理小説、そしてミステリーヘ。連綿と受け継がれたその流れを圧倒的熱量で描き解説する。
今村翔吾の初期短編など八編。いずれも歴史の表舞台には立っていない人物、愚将・ 暗君とされる人物が、実は魅力的な名君であったことをあぶり出している。歴史の表面を1枚めくってみると、より歴史が鮮やかによみがえる。気鋭の作品。
「蹴れ、彦五郎」――。駿河今川氏の家督を継いだ今川彦五郎氏真。歌を詠み、蹴鞠にかけては達人の域、戦や政はからきし駄目と言われた彦五郎氏真だが、妻となった北条氏康の娘・由稀は「優しさ」「人の才を見抜く観察眼・洞察力」「目にも止まらぬ早技の武術」に驚く。その氏真が織田信長に見せた最後の意地・・・・・・。「黄金」――織田信長の嫡孫・織田秀信(あの清洲会議での三法師)が、関ヶ原決戦を前にしてとった西軍参加への決断と感状。さすが信長の嫡孫。
「三人目の人形師」――幕末の人形師、松本喜三郎、安本亀八、その師匠・秋山平十郎の数奇な人生を描く。
「瞬きの城」――江戸城を築いた太田道灌の圧倒的な力と西に築いた星ヶ丘城(現在の永田町のキャピタル東急ホテルの所)。古河公方と堀越公方の対立、公方を補佐する関東管領のニ家である山内上杉家と扇谷上杉家。太田道灌の力と名君・扇谷政真。関東の争乱は治まっていく。目まぐるしい戦乱を太田道灌を中心に端的に描く。
「青鬼の涙」――「彦根の赤鬼」と呼ばれた井伊直弼に対して「鯖江の青鬼」と言われた辣腕の為政者・間部詮勝。明治となって、元大名の老人が昔の恋人の面影を求めて故郷に行く。「山茶花の人」――直江兼続は名高いが、それに抗した上杉家きっての猛将であった新発田重家。そこに惹かれていく由良勝三郎景隆。新発田重家の乱から見えてくるものは・・・・・・。
「晴れのち月」――武田信玄の嫡男・太郎義信。甲斐の武田家、駿河の今川家、相模の北条家は三国同盟を結び、武田義信は今川家の姫・月音を妻とする。武田信玄は上杉謙信と川中島で戦い、あるときは海を得ようとして今川を攻めようとする。義信は父を守る戦をするが、諫言もする。父・武田信玄からは徹底的に疎まれる。最後は幽閉され、家督は四男の勝頼に。「御屋形様が必ず口に出すであろう言葉があります」「太郎が生きておれば」と月音は言うのだった。
「狐の城」――北方謙三との出会いを生んだ今村翔吾のニ作目の作品。天正17年、小田原の元当主・北条氏政の弟であり現当主・氏直にとって叔父となる氏規は大阪から帰還する。外交にたけた氏規であったが、豊臣家との友好関係は破綻し、開戦は不可避であった。世にいう小田原評定の毎日。豊臣家との決戦となれば韮山城こそ最重要拠点と考えた氏規はそこで知略を尽くした戦を展開する。「氏規が助五郎と呼ばれた幼い頃、今川家に人質に出された。家康もまた同時期に、人質として同じ駿府にいたのである」「(秀吉は言う)あれはとんだ狐よ。牙を隠しておるわ。確か、そなた(家康)と氏規は縁があったの」「あれは恐ろしく、またつかみどころのない男でござる」「狸がそう言うなれば正しく狐」・・・・・・。氏規は氏直とともに高野山へ追放。しかし宗家を残そうとした「氏規の戦」は氏直の赦免をもたらし大名に復帰させたのだ。