いよいよ6月、参院選の公示まで3週間、毎日毎日が貴重な日々です。5月30日、東京で行われた公明党の「くぼたてつや(参院選比例区予定候補者)を応援する会」に出席しました。くぼたさんは、明治大学から公明新聞に入り、記者生活32年。敏腕、かつ人情家です。しかも沖縄で15年、九州支局長10年、中央で政治担当7年の現場主義の素晴らしい人。私は「九州・沖縄は農業・漁業、観光、そして今は安全保障でも重要なところ。さらに防災・減災を九州においてはさらに大きく進めなくてはならない場所だ。くぼたさんの現場をくまなく回ってきた経験と力は大きい」と声援を送りました。
5月27日は伊豆の伊東市で行われた「自民党・公明党合同時局講演会」に出席。公明党の上田勇(参院選比例区予定候補者)、自民党の若林ようへい(参院選静岡選挙区予定候補者)から力強い決意が表明されました。私は上田勇さんが「党内きっての政策通」であることを紹介。「今は歴史の変わり目だ。経済に精通し、米国との関係を強化すべき時。日米を強くつなぐことができるのが上田勇さんだ」と絶大な支援を訴えました。多くの長く付き合ってきた共戦の友と出会い、再び決意しあいました。
「この世に、香りで万象を知る香君は存在しない。初代の香君さま以外はすべて偽物だ」「私にとって香りは言葉より雄弁です。絶えず香の声が聞こえ、人の声と違って止む事はありません。それを聞き続けていることが、幸君の徴であるというのであれば、私は多分、香君なのでしょう」――。
いったん下限を下げることによって、危機を乗り越えたかに見えたが、「駆除の方法が見つからない以上、本当の危機脱出にはならない」との恐れは払拭できないでいた。そして香君オリエ、アイシャは、マシュウの母の故郷でもある「幽谷ノ民」の地へ向かう。しかし「救いの稲」による希望は無残にも打ち砕かれる。それ以上の凄まじい災厄、バッタの大群に襲われるのだ。稲だけでなく、牧草も野菜も食い尽くすという自然の摂理の無情さだ。全焼却すべきだが、国は果たして維持していけるのか。政治的にも帝国は保持できるかどうか――大変な決断を迫られる。オードセン新皇帝、香君オリエ、マシュウ、アイシャ・・・・・・。
オードセンを前にしてのアイシャの発言、マシュウの発言――まさに立正安国、国主諫暁のごとしだ。
「私は、天と地と人々の前に、何の掛け値もない自分として、たたねばならない」――。壮大なファンタジーであるが、人間と自然、自然界の連鎖、国家の危機管理、神と幻想、文明の進歩と逆襲など、根源的問題を提起し、コロナ禍をも想起させる類例の」ない作品。
植物は香りを使って他の動植物や昆虫・生物などと会話をしている。その香りで森羅万象を知る「香君」という女性がいた。権力とは別の権威たる"神"的存在だ。ウマール帝国を舞台にしての「香君」の壮大な物語。この巨大な帝国が作られたのは、遥か昔、神郷からもたらされた奇跡の稲・オアレ稲によって飢えから解放されたことによるものであり、「香君」がそれを庇護してきたからだった。「父上は、オアレ稲を喜びと悲嘆の稲、と呼んでいた」「オアレ稲は豊かさだけでなく、従属ももたらした(帝国は種籾を独占した)」「オアレ稲は化け物でもある。こいつは、自分だけを頼るように、人と、大地を変えてしまった」――。豊かさを保障するものであるとともに、支配の道具でもあり、さらに他の生物の生存をもなぎ倒す側面をもっていたのだ。そしてついに恐れた事態が発生した。その奇跡の稲にオオヨマがたかる虫害に襲われたのだ。「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし、ああ、香君よ、風に万象を読み、衆生を救いたまえ」・・・・・・。
主人公はアイシャという少女。西カンタル藩王の孫で、人並み外れた抜群の嗅覚をもち、植物の世界を読み取る力をもっていた。しかしアイシャは、オアレ稲の栽培に危惧を唱える一族の末裔でもあり、帝国から追討を受けていた。捕縛され殺される寸前、マシュウ・カシュガに助けられ、現在の香君オリエのもと、菜園で働くことになる。
そこに恐るべき虫害が国を襲い、土地を焼き払うしか術はなかった。オアレ稲に秘められた謎、宿命づけられた抜群の嗅覚を持つ自らの出生。自然をコントロールしようとする人間の業、そして自然からの逆襲・・・・・・。その戦いと煩悶、自然との対話が、「下」で展開されようとする。
素晴らしい晴天となった28日、「八ッ場ダム完成感謝の集い」がダムサイトで行われました。約70年の歳月をかけて苦難のなかで完成した八ッ場ダム。コロナ禍のために、完成から2年遅れの式典となりました。斉藤鉄夫国土交通大臣、福重隆浩衆議院議員等の多くの国会議員、県市町村の議員、山本一太群馬県知事など多くの首長さん、大変苦労した地元住民の代表、建設に従事した国交省の歴代河川関係者らが参加。2013年、八ッ場ダムの建設を再開・推進した国交大臣の私としては、仲間ともいうべき人たちと感慨深い「語り合い」の場ともなりました。
挨拶に立った人の発言は共通しており、「利根川水系の治水・利水を担い、首都圏を洪水から守ることができる」「連日、多くの観光客が訪れており、観光名所としても地域発展を狙うダムとして愛されることを願っている」「2019年の東日本豪雨で、台風襲来の2週間前にダムが出来上がった。なんと1億4500万トンの豪雨の半分以上、7500 万トンを八ッ場ダムで受け止め、大水害から首都圏を守った。劇的なことだった」など、思いのこもったものでした。放水式、テープカットを行い完成を祝いました。
スリランカ人男性・クマラと結婚した日本人女性・ミユキとその娘・マヤが、日本の厳しい出入国管理制度に翻弄されていく様子を描く。入管制度の仕組みが、言葉も十分わからない彼らにとっていかに過酷なものか。そのことが息苦しくなるほど日本の私たちにとって迫ってくる。「偽装結婚ではないか」が焦点となるが、外国人労働者として入国し、失業した場合にいかに大変か。立場が不安定である上に、オーバーステイの問題、「審判」「退去強制、強制送還、5年間の入国禁止の恐怖」「収容所の厳しい環境」「在留特別許可の激減」「出生主義と血統主義、日本で生まれても日本人ではない問題」「収容所での電話の不許可、病気になっても十分医療が受けられないこと」「難民を保護することと外国人を管理するという同じ入管の抱える問題(入管から独立した難民認定機関の必要性)」「非正規滞在の仮放免では働けない問題」「非正規滞在では健康保険が使えない、入れない」・・・・・・。次から次へと難問が「小さな家族」におそいかかる。「強制送還されるか、死ぬか、どちらかを選べと言われている気がする」と追い込まれる。「出会って好きになった人と、ずっと一緒に暮らしたいだけなのに」・・・・・・。
スリランカの民話の話に「優しい猫」がある。クマラがマヤに語る。「親を猫に殺された子ネズミが、猫に窮状を訴える。それを聞いた猫は後悔する。そして自分にも子供がいるからと、一緒に育てる」という話。この話はマジョリティーとマイノリティーの話に思えるという。強い者、大きい者たちが、ネズミの真摯な訴えに耳を傾けて気づくということ。「猫の気づき、猫の覚醒」と指摘する。外国人との共生社会に向けて、外国人労働者問題は最も重要なものだ。この3年で大きく変わってきたと思うが、より本格的に具体的に急速度に対応しなければならないと思う。
