21日、NTT武蔵野研究開発センタで開催中の「デジタル技術が彩る未来へ NTT R&Dフォーラム2018」を視察。これには、高木陽介衆院議員(党ICT社会推進本部本部長)、輿水恵一前衆院議員(同事務局次長)らが参加しました。
このフォーラムでは、AI(人工知能)やIoTに関する技術に加え、ネットワーク、セキュリティ、メディア処理やユーザインタフェースに関する技術など最新のICT研究成果について展示が行われています。
臨場感をもって見れる3D映像音響や、立体映像技術でイベント会場等の混雑をAIによってリアルタイムで予測する「学習型誘導技術」、不正なアクセスを防ぐサイバーセキュリティ対策などを視察するとともに、研究者と意見交換をしました。セキュリティの重要性をより一層認識しました。
AI 、IoTの時代が急速度で進む時代を見据え、さらなる技術革新と、それに対応するセキュリティへの取り組みを強く推進していきます。
21日、東京墨田区の春日野部屋において、初場所で歓喜の優勝を果たした栃ノ心に対する福島県からの米「天のつぶ」1トンの贈呈式が行われました。平幕では6年ぶり、春日野部屋では46年ぶりの優勝でした。これには、大橋信夫JA福島五連会長、甚野源次郎(公明党福島県本部議長)、加藤雅之都議会議員らが出席しました。
福島県知事賞は、県とJA福島中央会が協力し、平成25年一月場所から幕内優勝力士に県産米を贈っているものです。この企画は県産農産物の「風評被害払しょく」と「安全性」を全国に訴えようと福島県議会公明党が提案したもの。大変良い企画で私も推進しました。贈呈式では、栃ノ心も次の場所への決意を語っていました。
宮沢賢治を、父・政次郎を描くことによって浮き彫りにする。「雨ニモマケズ・・・・・・」の印象もあり、郷土の悲惨な農民を背景にした宮沢賢治は、貧しく、病弱で、不遇と思われがちだが、じつは違う。父・政次郎は質屋を営み、家は裕福、町の名士でもある。長男・賢治への期待も大きく、注ぐ愛情はまさに"厳父の愛"。子煩悩を通り越してすさまじい。それが親子の"スレ違い"を生むが、根っ子の絆は深い。
賢治の作品は、その摩擦、アンビバレンツのなかから噴出したことを深く感じいった。「童話」と「雨ニモマケズ」が同居する違和感がスルスルと解かれる思いだ。賢治の人間形成は「父親・政次郎」「法華経信仰」「妹トシとの愛と死」、そして「封建から近代への時代の変貌」などがクッキリ投影されている。それがいずれも強烈に。
「賢治はなおも原稿用紙の場を見おろしつつ、おのずから、つぶやきが口に出た。『・・・・・・おらは、お父さんになりたかったのす』」「ふりかえれば、政次郎ほど大きな存在はなかった。自分の恩人であり、保護者であり、教師であり、金主であり、上司であり、抑圧者であり、好敵手であり、貢献者であり、それらすべてであることにおいて政次郎は手を抜くことをしなかった。・・・・・・巨大で複雑な感情の対象、それが宮沢政次郎という人なのだ」――。
賢治を陰で支えた政次郎は、早逝した賢治(昭和8年、37歳)よりも、はるか長く、戦後(昭和32年)まで生きる。そして改宗までする。
18日、松本市で行われた公明党長野県本部の政経セミナーに出席、挨拶をしました。これには太田昌孝衆議院議員・県代表、公明党の県議、市議等、務台俊介衆議院議員(自民党)、宮澤宗弘安曇野市長をはじめとする各市町村長、各種団体など、多くの来賓が出席しました。その後、上田市で行われた時局講演会にも出席し、挨拶。これには太田昌孝衆議院議員、清水純子県会議員らが出席、市町村長、各種団体の方々も参加されました。上田市は来月に迫った市議選に向け、力強い会合となりました。
私は、「平昌から東京五輪までの3年間は日本の未来を開く重要な時だ」「公明党の50年の戦いで、全世代型社会保障・福祉・子育て・教育が政治のメインストリームになった」、そして「安全で安心で、勢いのある国にしていかなくてはならない」と訴えました。また、中信、東信を結ぶ国道143号青木峠の新青木トンネルは、防災・医療など命を守るため、また観光・経済活性化のために必要で、この道路整備を強く推進してきた事を報告。この地域をさらに発展させることが重要であることを述べました。
これに先立ち、松本から上田への移動の途中、青木村を訪問。私が国交大臣の2015年に「重点道の駅(全国1050の中で35か所選定=当時)」に選ばれた青木村の「道の駅あおき」を視察。北村政夫青木村村長から拡充整備計画の進捗状況の説明を受けました。今年4月には高機能拠点化事業が完成し竣工式が行われる予定です。多くの人が訪れる施設に向けて前進しています。
桶狭間から大坂の陣までの戦国の世――。織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼の6人を描く。「決戦!関ヶ原」などの決戦シリーズで冲方丁氏が挑んだものだが、時系列に並べてみると、より人物が浮き上がってくる。「世は、秀頼が望んだ騒がしさを失い、かつてどの武将達も大義名分とした、全国静謐の泰平へと移り変わっていった。織田・豊臣が直面した戦なき世が訪れ、そこでは上杉が磨いた兵法も机上のものに過ぎなくなった。明智のような主君殺しは忌み嫌われ、五畿七道を、八道、九道とせんとする野心は誰の心からも消え去った。・・・・・・下克上の世が残したおびただしい道を通るのは、兵ではなく、人と物、銭と思想であった」――。
「人間、五十年・・・・・・。六欲天の魔王。人心掌握の神算鬼謀」「炯眼の持ち主(虎視の眼)」「我、鬼札として天下を取れり」「人望厚く、中庸をなし、国を富み栄えさせること能う逸材(家康の吉継評)」「秀吉と豊臣家と文官に対する深い失望(吉継がはなから信じていなかった秀秋の心中)」「神生(な)りて下克上巳む」――。いずれも途方もない能力をもち、人心掌握に長け、宿命的立場に立たされた者の激烈な人生とその勝負の決断。異常な戦国の事態が異能の"神がかる人"を"神そのもの"と押し上げる姿が描かれる。