「根性」だけをいうのは一昔前の話。トップアスリートを科学的に支援する。メダルは国民全体で日頃から支援してこそ獲得できる。

ロンドンオリンピック目前の7月13日、私は東京・北区にあるナショナルトレーニングセンターを訪問、日本オリンピック委員会(JOC)副会長の福田富昭センター長と意見交換しました。またロンドンに向け、最終調整している柔道、卓球、ウエイトリフティング、ボクシング、フェンシングなどのコーチや選手からも状況や要望を聞きました。真剣さ、やる気がビシッと伝わってきました。

20120717トレセン1.JPG「世界は国をあげてトップアスリートを育てている。先進国で日本は最も支援体制が遅れている」――。こうした声を受けて2001年、北区西が丘に誕生したのが国立スポーツ科学センター。私も開設に努力しました。トップアスリートを育て、科学的にも分析・支援できる体制ができたことによって、東京オリンピック(29個)、ロサンゼルスオリンピック(32個)を超えて、2004年のアテネオリンピックでは史上最高の37個のメダル獲得ができました。

「更なる拡大を」「選手が使い勝手の良い施設に」「北京オリンピックの前にナショナルトレーニングセンターの開設を」「スポーツ庁の設置を」――私は小泉総理、安倍総理に直接要望したり、国会質問でも強く求めました。2008年4月に、ナショナルトレーニングセンターがついにできあがり、陸上のグランドも同時に完成、北京オリンピックに間に合いました。

この日、例えば「卓球でも、オリンピックと同じ卓球台、同じ球、同じマットでないと本番で選手が戸惑う」「柔道の畳の色も本番にあわせる。体操でも全ての競技がそう」「体調管理が万全にできるよう、食事も含めて科学的にやっている」などの声を聞きました。また「現在の体制では、冬季種目やアーチェリー、自転車などの屋外競技ができない。拡充してほしい」などの数々の要望を聞きました。

20120717トレセン2.JPG私は地元とトップアスリートとの交流なども進めてきましたが、「人を元気にするスポーツ。スポーツは日本を元気にする。国を挙げてトップアスリートを支援すれば、それが日本の元気につながる」と思います。「各競技にトップアスリートが生まれると、競技の地域でのすそ野が広がる。またすそ野の広がりが山の高さ(トップアスリート)となる」――そう実感し、何度も発言してきました。

「ロンドンオリンピック――頑張れ日本」――スポーツで元気な日本へ、更に頑張ります。




20120717桂太郎.jpg桂太郎は三度にわたって内閣を組織し、在任期間は歴代最長の2886日、約8年に及ぶ。

日露戦争、韓国併合――まさに世界の激動のなかで想像を絶する難しいカジとりであったと思う。加えて伊藤博文や山県有朋などの元老に続く派閥1.5世代としての苦労もある。そして社会も大きく変化するなかで民衆運動が動きを始め、政党の結成、大正デモクラシーへと時代は進む。

副題にある「外に帝国主義、内に立憲主義」を断行し、軍人でありながら拡大を余儀なくされる軍の予算を抑制し、緊縮財政に力を注ぐ。藩閥や軍を超え国家全体の利益をバランスよく見る政治家であったがゆえに、困難な時代を、結局託されることになったのであろう。

世界史的な激動、しかも国内の政治体制は確立されていない――こんななかで調整型、協調型政治家といわれる桂太郎だが、柔軟な対応ができたこと自体に凄みを感ずる。桂太郎研究の中身がギッシリ詰まっている本書だが、時折りはさまれる桂太郎の肉声、気負い、つぶやきも面白い。


20120716八幡太鼓1.JPG太田あきひろです。

夏祭り、納涼祭、盆踊りなど、夏の行事が始まりました。

子どもも多く参加し、元気な声や太鼓の音が街に響きました。町会・自治会をはじめとして、諸準備をしていただき、本当に感謝です。

挨拶、懇談、そして激励をいただきました。頑張ります。


20120713ナミヤ雑貨店の奇蹟.jpg悩み相談にナミヤ雑貨店が回答する――過去と現在で手紙がやり取りされる不思議な物語。東野作品には珍しい、事件とかサスペンスではない。悩みながらも生き抜く、善意の人が織りなす心温まる話。しかも「ナミヤ雑貨店」と「丸光園」、登場人物は全部繋がって面白い。

親子、仕事、恋人、夢、人間関係――「夜更けにハーモニカを」の第二章から、一気に引き込まれる。

この小説とは別だが、人生相談を受ける――。回答する――。緊張するものだ。


現代文明論講義.jpg現代文明の病――それはニヒリズムであり、ニヒリズムはヨーロッパの歴史そのものだ、と佐伯氏は言う。

それではニヒリズムとは何か。それは至高の諸価値がその価値を剥奪されて無意味となることであり、最高の諸価値の崩落である。ニーチェは、世界の虚構性を暴き、統一の崩落、目的の崩落、真理の崩落の3つをニヒリズムの形態としてあげる。その崩落感を避けようとすれば、意味を問わない、物事の底を問うなということになる。しかし、人は無価値の世界に住むことはできないがゆえに、生命尊重主義、自由平等、個性の尊重など新たなフィクションをつくり出す。

20世紀に入り、近代の超克が、問題となったが、ハイデガーは「存在するもの(存在者)」に意味を与えようとする。死を先取りした現在の意味付け、決断だ。一方、日本の思想は西欧は有、存在の思想に対して無の思想だ。無が存在を支えているがゆえに、我々は深刻なニヒリズムに陥ることはない。佐伯さんは日本思想のもつ可能性を示す。

本書は「ニヒリズムをめぐる京大生との対話」という副題をもち、マイケル・サンデルの白熱授業に類して学生との対話を行なっているが、奥行きは東洋思想にも及ぶだけに深い。
私は、「有と無」で「空」、「存在と時間」で「常住と無常の法」に思考が及ぶ。ニーチェは"客観的真実は存在しない。あるのは1人1人の解釈(どう意味をもたせるか)である"というが、それには意識と無意識、仏法の九識論を考える。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ