太田あきひろです。

今日4日、北区西が丘にあるナショナル・トレーニングセンターに行き、地元北区とより連携が深まるよう話し合いをしてきました。

昨年2月、このナショナル・トレーニングセンターが開所した時にテープカットをしましたが、私の隣が古橋広之進さん、もう一方の隣がバドミントンのオグシオペアでした。

この度、古橋広之進さんがローマで急死され、衝撃を受けました。
私の父が古橋さんと共に日本水泳の為に働いて下さった清川正二さんと親交があったという話をよくしていましたが、古橋さんの功績はまことに大きく、心より哀悼の意を表します。


日本人の知らない日本語.jpg「日本語は随分、変化してきたんだ」とか「ルーツはそこにあったんだ」とか、「正しい敬語が使えているかどうか」など、気づかされたことはいっぱいある。

「"シカト"が花札の鹿十から来て、"あきらかによろしい"があかよろしである」「イクラはロシア語、襦袢がポルトガル語」「鳩はクー、鴉はガー、蚊はブンブン、猫はミョウという音が入ったもの」という。

ずいぶん読まれているようだが、正直いって、マンガは私には読みづらく、なかなか入ってこない。


御輿 090725.jpg今、地元では盆踊り、納涼祭、夏祭り、団地祭、民謡大会が始まっています。

7月25・26日の土日も、北・足立区の地域行事を精力的に回りました。
その中で、谷団睦の神輿を担がせていただきました。


赤羽090724-1-thumb-240x180.jpg太田あきひろです。
今朝(7月24日)、地元・赤羽駅で街頭演説をしました。
そのなかで「今回の選挙は政権選択の選挙であり、それは政策を選択する選挙です。生活を守り抜き、日本の未来を開くブレない政策と実行力が必要です。

そのブレない政策、やり抜く力が私、太田あきひろです」と訴えました。


男の死に方.jpg「戦争で生き残ったものの責務」と副題がある。
ほとばしるものがある。兵隊で死ぬ思いをし、戦後の闇市でモノを売って食いつなぎ、米軍の横流し物資で資本金をつくって事業を起こし、ライフコーポレーションを設立。第一線の経営者として大車輪の活躍をされる一方、日韓協力委員会の中心、そして日中にも、日本の流通にも更なる意欲をもつ清水さん。激しく、優しく、そして市場原理主義を叩き、日本の為に働けと呼びかける。

清水さんが先日、「百年に一回の危機などと言っているが、あの戦後の闇市の時からみれば楽なものだ」と私に語っていたが、"底の抜けた"ごとき日本、もっと日本人はしっかりしなければという思いをより深くしている。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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