太田あきひろです。
官の不正は許さない。行政のムダに切り込む。
今、元祖ムダゼロの公明党に期待する声は大きいと思います。
公共事業も272事業をストップし、2兆6000億円を削減させたのも、議員特権を廃止させたのも、我々の戦いでした。
今年の問題となった各省庁のタクシー・チケットの安易な利用も、冬柴前国交大臣が国交省からまず廃止。一ヵ月で9000万円も節約しました。
ムダ削減は具体的に徹底して切り込むことが大切です。更に頑張ってやります。
太田あきひろです。
先日(10月8日)、文部科学省を訪ね、塩谷立文科相に対し、「スポーツ庁」(仮称)の設置と「総合型地域スポーツクラブ」などのスポーツ振興に関する申し入れを行いました。
本日も地域を回る中で、北区の北園クラブ(総合型地域スポーツクラブ)の北園フェスタを見学してきました。スローヨガやヒップホップダンスなどの無料レッスン体験や太極拳やジャズダンスなどの発表会も行なわれていました。
私は、誰もが気軽に利用できる「総合型地域スポーツクラブ」の全中学校地域(約1万カ所)の設置を提案させて頂いております。
今、地域スポーツが盛んになっています。健全な青少年育成のため、スポーツに力を入れていく日本にしないといけないと思います。そのためにも全力で頑張ります。
太田あきひろです。
世界の金融不安がますます深刻となっています。その中でのG7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)が注目されています。
旅立つ直前、私は中川財務大臣に、世界が協調していく事の提案をさせて頂きました。
日本もこの緊急事態に世界と危機感を共有しなければなりません。
昭和史、あの戦争における各時点での決断はいかように成されたのか。その核心が「統帥権」をもった昭和天皇の存在であることは間違いない。松本健一さんは、丹念に「語らない天皇」の語った言葉と周辺の人間の発言と行動を調べあげていく。細かく、しかも大きな潮の流れをつかむ力技で、くっきりと浮かび上がらせる論考だ。
立憲君主として「君臨すれども統治せず」の立場を欧州への旅以来もっていたという昭和天皇。戦争を回避することを思い、始めるときは終結を考えた昭和天皇。
田中首相に「辞表を出してはどうか」といい、近衛の自決に「近衛は弱いよ」といい、杉山参謀総長などの軍部の暴走に理知をもって迫る昭和天皇。ネーションを背負った北一輝に「若殿に兜(かぶと)とられて敗け戦」と2.26事件に際し、吐かせた「天皇の国家」を背負う昭和天皇。
ギリギリの決断のとき、「統帥権」を自分流に解釈・利用する周辺の群像のなかで、国家を背負い、存在そのものが国家であることを自然体ですっくと立つ「常なる心」「日本の心」昭和天皇を「畏るべき」という言葉で、松本健一さんは語る。これは、昭和史の核心でもある。
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福田恆存氏は「乃木将軍と旅順攻略戦」で、「歴史家が最も自戒せねばならぬ事は、過去に対する現在の優位である。吾々は二つの道を同時に辿る事は出来ない。・・・・・・当事者はすべて博打を打ってゐたのである。丁と出るか半と出るか一寸先は闇であった。それを現在の『見える目』で裁いてはならぬ。歴史家は当事者と同じ『見えぬ目』を先ず持たねばならない」といっている。
乃木希典と児玉源太郎という双曲線となって明治を生きた二人の軍人の人生。それをたどるのが本書「斜陽に立つ」の物語だと、古川薫氏はいう。そして司馬遼太郎氏の「殉死」「坂の上の雲」でいう乃木愚将論は史実と違い、誤りであり、理不尽という。
「弾丸は回せない、旅順は肉弾でやれ」――そこに生じた悲惨な犠牲は乃木愚将論に帰すものではなく、海軍が陸軍の作戦に介入してまで旅順攻撃を急がせたことをはじめ、数々の要因がある。現代の安全地帯にいる者が、観覧席から嘲笑するがごとき言動を痛烈に批判している。
乃木希典の生と死、生い立ちと生きざまのなかに、「斜陽」「落日」などの萎れた類語が乃木詩に目立つのは、残照のなかに悵然とたたずむ自分を風景化させているのだ、と古川氏は描いている。
本書は次の言葉で結ばれている。
「憂い顔のままに乃木希典は、斜陽に立つ孤高の像を今の世に遺した。自敬に徹したこの最後のサムライにとって、世上の毀誉褒貶は無縁のざわめきでしかなかった」
そして「あとがき」で、本書の執筆について「不幸感を背負って、ナンバー2の座位を生き抜いた19世紀生まれの児玉源太郎、憂い顔で斜陽に立つ乃木希典の寡黙な生きざまへの共感である」と古川氏は述べている。
