「青青たり陵上の柏・・・・・・」「自由自在に生きたらええ」「やりたいようにやったらええ」「やってくる変化が面白くて仕方ない」「遺灰は空に撒け」「気づいたものが変えていけばいい。身分も、肩書も、上も下も右も左もない。地面かて動いている」・・・・・・。
江戸の文化・文政時代。当代きっての儒学者で、諸藩をめぐっては経済改革の助言をし、閉ざされ格式ばった江戸の世に自由な生き方を説いた海保青陵が亡くなった。最後に弟子入りした弥兵衛は、弓師の家を継ぐべきか悩む16歳。「遺灰は空に撒け」との遺言を胸に、戯作者の暁鐘成とともに、青陵ゆかりの人々を訪ね歩く。
まず江戸に出て、青陵の弟・角田彪と会う。「兄上は非凡な才の持主。某は兄上のお役に立ちたい」「何が愚かだ、彪。我が賢弟。ただ、尾張徳川に仕えるのはひどく退屈で面白くない。そこにそなたを送って良いものか・・・・・・私ばかりが楽になって良いのかな」・・・・・・。天才、奇才、わがままで厄介な兄を廃嫡して、無事に角田家を継いだ真っ当な弟と認知されていくが、彪の心底にある兄への思慕は深かった。
さらに、江戸では自ら死亡通知を出して未だ達者な奇人、司馬江漢と交遊(これも青陵のアドバイス)しつつ、天文の地動説にまで思いを馳せる。秩父では忍藩の家老と会い生糸や煙草、さらに硯石まで見て回り、金沢では立山の資源まで探り、どこへ行っても"おかしな人"と繋がり愛され、尊敬された。商いを蔑視する武士を翻弄し訝しがられたが、「私心」が全くない故に、最後は信頼された。「先生は世の中を豊かにしたかったんやろう。経世家いうて、己の金回りに疎いんやから面白い」・・・・・・。
「青陵は何かを劇的に変えたわけではない。それでも常に、膠着したところに新しい風とともに現れ、人々の心を動かしてきたのだ」「青陵はただほんの少し、考え方を変えたら、世の中はこんなに面白いと気づかせたかった。同じ姿勢を保つより、伸びをした方が気持ち良い。風を浴びたら考えが変わることもある。そうすることで、自分と同じように今の世に『居心地の悪さ』や『窮屈さ』を感じる人々に、『自由自在』を見せたかったのではないだろうか。私はやはり、青陵先生のことが好きやなぁ」・・・・・・。
実に面白い人物。人一倍情も深かった。青青と生きた人。世のしがらみや型にはまった考えや仕来りから抜け出た人。まっすぐに青空を仰ぎ、自由自在に生きた人。青が似合う人だったと描く。
全国高校生総合文化祭の表彰式典で、主賓の文部科学大臣かつ文壇の大御所作家でもある清水義之が舞台上手から飛び出してきた男に刺殺される事件が起きる。逮捕された男の名前は永瀬暁、37歳。永瀬は逮捕された後、週刊誌に手記を発表し始める。そこには清水が深く関わっていたとされる新興宗教「世界博愛和光連合(愛光教会)」に対する恨みが綴られていた。弟の難病で、母親が愛光教会にのめり込み、暁の父であり気鋭の作家であった永瀬明(ペンネーム長瀬暁良)は、なぜか清水から徹底弾圧され自殺していた。
またその式典に参加していた作家の白金星賀(ペンネーム金谷灯里)は、この事件を小説として描く。本書の前半が暁の手記(「暁闇」)、後半が金星(白金星賀)の小説(「金星」)という独特の構成。このノンフィクションとフィクションが絡み合ってこそ見えてくる事件の真実。新興宗教に奪い取られた人々の運命と閉鎖空間ゆえに増幅して生まれる浄らかな愛の姿が浮き彫りにされる。
「暁星(あけぼし)」――暁に輝く金星。「金星は星の中では一番明るいが、明け方と夕方しか見えない。明けの明星、宵の明星と呼ばれるように常に太陽と一緒に輝いている。長瀬暁良の著作『暁闇』は夜明け前の暗闇という意味で、夜明け前が一番暗い。だけど必ず日は昇る、人生の闇を乗り越え、暁の空に金星を探そうというメッセージが、ビシビシ伝わってくる作品」・・・・・・。主人公となるのは、暁(小説部分では暁生)と金星。ニ人ともこの小説「暁闇」を感動して読んだが、文壇において暁の父は弾圧され自殺。ニ人の母親は共に愛光教会にのめり込む。暁の母は家を売るほどの多大な献金を、金星の母は娘を教団の上位の道へと必死に押し上げていく。金星は逃げようとしても、ますますがんじがらめになっていく。窒息するような中での暁と金星の結びつく愛・・・・・・。
「結局、ゾンビは一度なったら死ぬまでゾンビなんだよ。人間の世界からは迫害され、ゾンビの世界でも、下っ端ゾンビは食い尽くされて、無残に捨てられるだけ・・・・・・」「じゃあ、俺もだ」「暁生くんのお母さんはゾンビでも、暁生くんは違う。でも、私は一度ゾンビになったから、脱会したのに、人間には戻れない。私の暗闇に夜明けは来ない。太陽がなければ金星は誰にも見えない。そんな人生続ける意味がわからない」・・・・・・。そして「私をゾンビの洞窟に引きずり込んだ愛光教会の日本支部最高位、角龍、清原孝之を殺す。大切なナイフで」と(小説で)金星は言い、暁生は「金星、半分こしよう」と言うのだ。
愛光教会にからめ取られた怒り、苦しみ、悲しみ、逃げ出せない、人質をとられて闘えない・・・・・・。殺人に至る溜めに溜め込んだ心と愛が押し寄せる。
世界には標高8000メートルを超える山が14座ある。2001年のエベレストに始まり、2024年のシシャパンマまで14座すべてに登頂した写真家がその軌跡を綴る。文字通り命を賭して挑み続ける。その姿勢は凄まじい。こんな世界、こんな人生があるんだと思う。
「忘れたくない。あの苦しさと喜びを忘れたくない。いくつもの出会いと別れを忘れたくない。だからこそ、ぼくは書き残す。ここにあるのは、自分が死ぬまで、暗闇を照らし続ける光源のような日々の記録であり、極地と人類との関わりの現在地である。それもこれも、すべては2019年半ば、ミンマ・ギャルジェ、通称ミンマGと呼ばれていた聡明なシェルパ族の若者との出会いに始まるのだった」・・・・・・。このシェルパたちが、とにかく凄い。献身、体力、技術・・・・・・。
この新世代シェルパとともに、2019年7月、K2を撤退した直後、ガッシャブルムII峰を登攀。しかしコロナ禍。なんとミンマは仕事がなくなったことをチャンスに、自分で遠征に乗り出し、登山史に輝くK2冬季世界初登頂を成し遂げた。
コロナ禍が明けた2022年、著者とミンマGは4月にダウラギリ、5月にカンチェンジュンガ、7月にK2とブロードピーク、9月にはマナスルに登頂する。マナスルは2012年に登頂していたが、そこは頂上ではなかった。ヒマラヤの「真の頂上」問題だ。かつてヒマラヤでは1年に1回ひとつの高峰に登れば良い方で、数年に1回の大遠征だったが、今は8000メートル峰に登る手順は洗練され、自国で低酸素室で訓練を積んだり、ヘリでベースキャンプまで行ったり、SNSに写真を頻繁にアップしたりと大きな変化をしていると言う。
2023年4月にアンナプルナ。キラーマウンテンのニックネームをもつ難しい山。その直前に相棒のシェルパであるペンバ・テンジンがエベレストで死ぬ。日本で休んだ後の7月、「人喰い山」の異名を持つナンガパルバット、続いてガッシャブルムI峰、10月にはチョオユーに登頂する。ネパールと違ってチベットに入るには中国の入管の厳しさが際立つ。そして2024年、最後の14座目のシシャパンマに挑む。2度の雪崩で友人、仲間が亡くなった。「みんな真剣に生きていた。シェルパたち、登山者はみんな高いレベルで命の炎を燃やしていた。誰も悪くない。あんなに必死で生きて、そして頂上を目前にして、あるものは引き返し、あるものは命を失った」・・・・・・。著者は、頂上直前で引き返したのだ。
帰国した後、再度10月に挑戦し、頂上に立つ。「ここより高い場所はどこにもない」「ミンマはじめ、ずっと一緒に登ってきた仲間たちとシシャパンマ主峰の最高点にようやく到達したのだ。今はいないペンバ・テンジンやアンナやジーナのことを思い----目頭が、熱くなった」「彼ら彼女らがただ死んだわけではなく、4人があのような場所で命を燃やして、存分に生きていたことが痛いほどわかるからだ」・・・・・・。
私は小学校に入った頃から地理が好きで、世界の山としてエベレスト、カンチェンジュンガ、ダウラギリ・・・・・・。暗記していた。日本山岳会の世界初のマナスル登頂の快挙(昭和31年)もありありと覚えている。
「原発不明がん、160日の記録」が副題。毎年、神経質なほど体調を気にして、人間ドックを受け続けていた夫が、筋トレなどスポーツクラブのレッスンの後、突然、腹部の激痛に襲われる。病院で腸閉塞の診断が下るが、どれだけ検査を行っても原因は特定されず、ただ時間ばかりが経過し、どんどん衰弱していく。「ここまで検査してもがん細胞は見つからないので、その心配はないだろう」と医師は言う。しかし病状はどんどん悪化し、医師も焦る。コロナ禍でもあり、妻の面会もままならない。「怒りと焦りと不安で胸が潰れそう」な毎日となる。そして入院から3ヶ月、ようやく告げられたのは、「腹水内にがん細胞が発見された」「原発不明がん」「余命はあと数週間ではないか」という砕けそうな非情極まりない事実だった。
「がん」は、悪性腫瘍の総称。「癌」は肺や胃など臓器の上皮細胞から生まれた悪性腫瘍を指す。「原発不明がん」は、原発がわからないがんで、全がん患者の3%というが、症状がそれぞれ全く違い、先行きを予想することが大変難しい。原発巣が確定できないので、抗がん剤治療などができない。治療できなければ、体力がどんどん奪われ、がんに抗する力がさらに減退する。まさに表題にある「見えない死神」。悔しいが本当に厳しい。
治療の断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り。発症から夫が亡くなるまでの160日を克明に綴る。読んでいて息苦しく、悔しく、「希少がん」を現代医学は何とか克服できないのか。緩和ケア、患者サポートセンター、医療ソーシャルワーカー、訪問看護師がいかに大切か。多くのことを問いかける生死の最前線に迫る著者自身の震えるようなノンフィクション。
第15回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。「イスタンブールの魂と力はボスポラス海峡から来るのである(オルハン・パムク)」――。東西が交差し融合する魅惑の都市・イスタンブールで起きた不可解な自殺と連続殺人事件。自殺した日本人ピアニスト・古谷ヒデミは遺書として「私に死を決意させた女たち、真の犯罪者たちをここに告発します」と3人の名前をあげる手紙を送っていた。在イスタンブール日本人の丸川真理恵、山屋葉月とインターナショナルスクール教師のエジェ・ カプランの3人が、その子を使ってヒデミの息子・海斗をいじめ、脅しをかけ、犯罪者に仕立て上げようと企んだという告発だ。捜査に入った左遷明けのオヌール警部補、彼の部下で漫画好きのジャン巡査部長、そして本庁国際犯罪課のエリート警部・セルビルの3人は、その謎めいた告発の裏取り調査を進める。
その中で、在トルココミュニティーのチューヅマ(駐在員の妻)たちの特殊なヒエラルキーの人間関係が浮かび上がる。さらにこの街で女性の転落事件が頻発しており、そこに関連があるのかどうかが調べられていく。さらに、この3人の女性はパリの高級ブランド「エベール」の模造品売買を行っていることが発覚。また転落死した女性・トゥーチェはカプランの手下で、ヒデミの夫で大学特任教授の古谷渉を誘惑し、愛人関係にあったこともわかる。「ヒデミのプライドをボロ切れ同然にすること。理由はヒデミへの嫉妬、理屈なき憎悪----」との証言も出てくる。さらにその古谷渉が襲われ死亡する事件、カプランが連れ去られる事件が起きる。実に複雑怪奇・・・・・・。
事件は、「子供を使ったセレブ駐妻の嫌がらせ」というありがちな物語にしては凄惨すぎる。次第に全く反対のヒデミと息子・海斗の特異性が明らかになってくる。ヒデミは怨念の中で人を操る「女神アテ」、海斗は瓜二つの同じ悪魔的な知恵を持ち自分の野心のために邪魔なものを全て排除する恐るべき悪魔のような子であることがわかっていく・・・・・・。
描かれるこれらは、主にある1日の出来事。あまりに複雑、あまりに多場面、あまりの多視点で、迷路に入ったようで翻弄され続ける。「今度の醜い土鳩は、子供を喰った」――。ボスポラス海峡、イスタンブールの上空を飛ぶ土鳩の表紙が不気味で印象的だ。
