夢と現実のあわいの世界にまつわる不思議な物語の全五篇からなる連作短編集。今までの三浦しをん作品とは、全く違う世界を見せてくれる。
「神馬に乗る女」――。「一度帰ってきてくれないか」「助けてくれ、輝久。お母さんがおかしいんだ」という父親からの電話で3年ぶりに故郷に帰ると、そこで待っていたのは相変わらずうつくしくてきれいな継母・喜久美の姿だった。だが彼女には「ヌチガミサマ」という得体の知れぬ神が憑き、ありがたかっている一部の住民がいた。輝久は、惹かれながらも怖くて逃げ続けていた。
「胡蝶」――。よく夢を見、よく当たる。夢見の力<予知夢>がある祖母が好きだった未千。その祖母が死に、21歳の誕生日に高熱に浮かされて以降、それまで見ることのなかった夢を見るようになり、夢を覚えていられるようになる。ニ十代の終わりに信太郎と結婚する。ニ人の間に子供はできないと思われたが、初めての結婚記念日の夜、お腹に赤ちゃんがいるという夢を見る。夢の中でどんどん成長し、ついに出産、千夜太と名付ける。小学生となった千夜太にも夢見の力があり、世界が爆発し終わることを詳細に語るようになる。「終わりなど来ず、千夜太とタロさんと夢のなかで暮らしていきたい」と思うのだが・・・・・・。
「夢見る家族」――。夢の世界の千夜太の弟・夜音次。「うちの家族はちょっと変なのではないか」「千夜太は見た夢をよどみなく話し、母親は熱心に万年筆をノートに走らせる」「他の家では、あんまり夢の話はしないのか?」と思う。
「ああ、千夜太には、やっぱり夢見の能力がある。あなたをこっちの世界に連れてきてよかった」・・・・・・。夢の中で産んだ子供をこっちの世界に生み直したと告げられる兄弟だが・・・・・・。
「金の糸」――。「ムツミは今日からベースやれ」――扱いに困る珍獣ともいうべき同級生のゴンゾーに巻き込まれ、バンドを組むことになった高校生の六実。やがてこのバンド「エイヒレ」は快進撃、ついに武道館でやるまでになったが・・・・・・。
「夢の子ども」――。六実を子供の頃、両親から引き離して育てた兄の物語。この兄が第一篇の輝久。なぜ両親から六実を引き離したか。母親とのアンビバレンツ的関係、それも憎しみというのではなく、「カリスマ」の引力への愛と畏怖が描かれる。
「夢」という人間の心の中に潜む生存への恐れと欲求、「カリスマ」の支配と束縛から自由への脱出。心の深層を誰にもある日常の中から「夜の恩寵」として描いた熱量ある作品。
「イラン侵攻は何をもたらすのか」が副題。2026年2月28日、アメリカ・イスラエルによるイラン侵攻は、何のための、誰のための戦争なのか。国際政治、国際経済が構造的に変化するなか、日本はこの岐路にどう立ち向かっていくべきか。イラン戦争の意味するものと、複雑に絡み合う歴史構造を、各分野の第一人者12名がその専門から剔抉する著作。
「人々がトランプに期待したのは、むやみやたらと覇権を求めず、国内問題に注力するアメリカだったが、中東への軍事介入に乗り出した」「イラン戦争は、アメリカの国益のために行われた戦争でも、アメリカ市民の広範な支持に支えられた戦争でもなく、『トランプの戦争』であった」「開戦の決定に最も影響を与えたのはイスラエルのネタニヤフ首相。その意味でイラン戦争は『ネタニヤフの戦争』」「最大の誤算は、イランの強靭な抵抗。体制はむしろ強固になり、イランの核兵器保有への意思も固まり、ホルムズ海峡の封鎖という強力なカードを手に入れた」「トランプ政権は宗教的言説によって正当化ししてきたが、イランは現実には、宗教というより、それを文化とした近代国家として運営されている」「アメリカでも宗教多元主義をとってきた米軍の慣行から逸脱するものだ。イラン戦争を契機に、むしろ宗教が育んできた平和や共存のための多様な知恵に改めて目を向ける必要がある」と言う。
イラン戦争は「アメリカ覇権の終焉を決定的にするのではないか」「今、アメリカは国際秩序や世界経済を安定させようとする意思を持っていない。むしろ巨大な不安定要因になりつつある」「米中覇権争いの文脈で見れば、イラン戦争はアメリカの『オウンゴール』の指摘もある」「イラン戦争は公共財の提供者から秩序の撹乱者へと変貌するアメリカの姿を明るみに出した」と言う。
この中での日本の心すべきことを様々提起する。今回のエネルギー危機を踏まえ「資源小国」日本の中長期エネルギー戦略。日米関係は最重要の同盟関係であることに変わりはないとしても、米中関係と日中関係の認識の差異。基軸通貨ドルが衰えつつある今、官も民もアメリカ一極集中で投資を続ける惰性で良いのかなど、問題提起は多岐に渡り、危機感に満ちている。
国際法を軽視するトランプ政権とどう向き合うかの難しい問題もある。カナダのカーニー首相、イタリアのメローニ首相などの対トランプの発言があるが、北東アジアの安全保障環境はより厳しい。その中での外交・安保戦略をどうするか。リアリズムの名の下での惰性が許されなくなっていることも事実だ。加えて、「AI戦争の時代」は既に始まっており、「戦争の非人格化」「戦闘・戦場の非人格化」は、最大の問題として恐るべき時代に突入してしまっている。
「『危機』を直視するために」「イラン戦争とアメリカ」(三牧聖子)、「イスラエル――『イランの脅威』に取り憑かれた国家」(鈴木啓之)、「中東におけるイラン」(坂梨祥)、「イランは宗教国家か――イスラム共和体制のゆくえ」(黒田賢治)、「トランプの論理――神の名をめぐる闘争」(加藤喜之)、「覇権国不在の世界経済のゆくえ――1930年代型の混乱が続くのか」(河野龍太郎)、「中国の原則と行動ーーウクライナ戦争とイラン戦争における中国外交」(山口信治)、「ホルムズ海峡危機と『資源小国』日本」(白鳥潤一郎)、「高市政権の外交と日本の選択」(山本章子)、「グローバルサウスの多国間主義――アラカルトから規範的連帯へ」(根岸陽太)、「逆流する『対テロ戦争』――指導者殺害作戦について」(西平等)、「軍拡はAIからはじまる」(内田聖子)。いずれもテーマを絞って専門家が言及しており、極めて重要な発言。
岸惠子さんが亡くなった。94歳になる直前の今年8月。今年5月に文庫化されたもの。「私はひょんなことから女優になってしまったが、もともと書くことが好きだった。・・・・・・この94歳の老いらくの身で、この世を去る『旅立ち』のあれこれを書いてみたいと思っている。持てる力を振りしぼって」とこの文庫版あとがきに書いている。「91歳5か月」の岸惠子さんは、あとがきで、「ニュース番組では真っ暗な気分が身体中に蔓延る。ウクライナはどうなる? イスラエルのネタニヤフ首相の『ガザ大量虐殺』は? 元日に起こった能登半島地震! 羽田空港での日航機と海上保安庁機の衝突事故! 胸が潰れそうに痛い‼︎」とも書いている。時代に交わりながら生き、スターと現場を往復しながら振幅大きいドラマチックな人生を生きてきた中で出会った「いま想うあの人 あのこと」――。これほどの人は他にないが、人にも出来事にも接し方が実にまっすぐ。出会いも別れも真正面で向き合っているからだろう、出会う人物もまっすぐなものとして現れる。自他不ニだ。
冒頭の「『べゴ』という女性」「エコちゃんという人」の話は衝撃的。そして「初恋 鶴田浩二さん」は、「熱烈な恋」という言葉も足りないほど。「鶴田浩二という人はひどく真面目な<義理と人情の熱血漢>であるのに、その内実とは裏腹な人目を惹くプロフィールに甘いニヒルな笑みを浮かべ、デカダンな妖しさを漂わせて、暗い敗戦を潜り抜けてきた当時の若者を魅了していた」と書き、「任侠の世界に受けそうなカッコよさは、私の気分にそぐわなかった」と書いている。そして、「医師であり、映画監督でもあったイヴ・シャンピの魅力に私の一生を捧げたいと思った」と言う。
鶴田浩二、萩原健一、石原慎太郎、美空ひばり、力道山、小田実、瀬戸内寂聴、中曽根康弘、川端康成・・・・・・。「親子で大スター」の佐田啓二と中井貴一、三國連太郎と佐藤浩市。しびれる演技の原田芳雄。それに名前は出していないが、本書には無礼千万な政治家が何人も出てくる。恥ずかしい。
小津安二郎監督の「時代は著しく変わっている。原節子さんは素晴らしい女優さんで、今までも、これからも小津作品に欠かせない人物だが、これからは岸惠子というめっぽう放埒で棘のあることも難なく言える女優が必要」「けれど、小津先生は、悟ったに違いない。私が『芸ひと筋に生きたい女優』ではないことを・・・・・・」と率直すぎるほど書いている。
「一本の鉛筆があれば 美空ひばりさん、松山善三さん」の話。「一本の鉛筆があれば、私はあなたへの愛を書く。戦争は嫌だと私は書く」・・・・・・。「今、一本の鉛筆とザラ紙があったら、私たちは何を書くだろう。私は書きたい。『ロヒンギャの子供たち』・・・・・・」。
人についても、物についても、出来事についても思いが深い。
「辻堂ミステリの到達点」と帯にあるが、前作「ふつうの家族」とは違う全く普通ではない「家族」を掘り下げた緊迫、濃厚なミステリ。ギシギシに詰め込んだ凄まじい作品。
「殺人事件の加害者家族と被害者遺族――ひとつ選べと言われたらあなたはどちらになりたいですか?」を問いかける。東京・八王子に住む中年男性3人が騙され、長野の高原にある別荘の地下室に監禁される。道枝幸久、柏崎肇、隅田吾郎の3人。彼らは皆、14年前に起きた産院放火殺人事件で、妻や子を亡くしていた。生後3日目に子供を亡くした柏崎の妻・智子は火傷の重傷を負った。逮捕され誘拐・ 監禁を認めた犯人は湊川潤こと大森俊。14年前の放火事件の犯人として逮捕され獄中死した院長・大森千彦の息子だった。取調べを担当する警視庁の羽山圭司と高尾署の森垣里穂子に対し、事件時8歳の少年だった湊川は加害者家族として歩んだ悲惨で孤独な日々を一方的に語り続ける。
両親の離婚、度重なる引っ越しと転校、母親の自殺、施設への入所、改名の申し立てとインターネットへの流出、転々とする職場・・・・・・。「母が先に死んだから、僕は死ねなくなった。死ぬこともできない僕は、死ぬより辛い生を、この生き地獄を、殴られても、蹴られても罵声を浴びせられても・・・・・・たった一人で、誰とも心を通わせることなく、投げやりに、地を這いながら生きていくほかなかった」。生き地獄・・・・・・。
突然、思いもよらぬ恐るべき事件が発生する。3人の留守宅に爆弾が仕掛けられ爆発。同時多発放火殺人。柏崎肇の老父・靖男、道枝幸久の妻・薫と娘・千晴の3人が死亡する。しばらくして、柏崎の妻・ 智子が刺殺される・・・・・・。
「なぜ湊川は被害者の中年男性たちを殺さず誘拐・監禁したのか」「なぜ留守宅の家族を爆発・死亡させたのか」「なぜ父親は産院の放火殺人をしたのか。そして自供してしまったのか」・・・・・・。そして「加害者家族か、被害者家族か」・・・・・・。事件は、思いもよらぬどんでん返し、さらにまたどんでん返し。特に加害者家族の「生き地獄」、そのためには「死なせてあげる。何の罪もない家族を救済するための殺害= 救済という理解不能、筋の通らない理屈」・・・・・・。何が狂っているのか。そして、「大抵の真実は美しくない」・・・・・・。
悲痛な選択を迫られた時、人を支えるものは一体何か、を問いかける。かつて、「哲学は辺境の防人である。辺境とは虚無と人間の境である」という言葉に出会った。崩れ落ちんとする人間を、身体を張って守りぬかんとする防人のごとき人間哲学の不可欠性だ。極めて濃密で面白い小説だ。
日常の中でふと現れる不安とかため息、喪失感、ほっとする安心の拠点などがすっと出てくる7つの短編集。「アイスクリーム熱」「愛の夢とか」「いちご畑が永遠につづいていくのだから」「日曜日はどこへ」「三月の毛糸」「お花畑自身」「十三月怪談」。
「アイスクリーム熱」――アイスクリームを買いに来る彼が好きになる。女は一人暮らしの彼の家に夜行き、手作りのアイスクリームを作るが・・・・・・。
「愛の夢とか」――川の近くに家を買った夫婦。女はバラの花などいろんな花を育てる。ソファーで横になっていると、隣からピアノの音が聞こえてくる。リストの愛の夢。「テリーって呼んで」「私はビアンカ、でお願いします」「週に二度、ビアンカの都合のいいときに来てくれないかしら。わたしの愛の夢が完成するまで」----。どちらも互いの事情は何も語らないままの交流。いや、だからこそ続く交流----。「わたしが通い出して十三度目に、テリーはやっと愛の夢を間違えずに弾き切ることができた。それはとつぜんやってきた」・・・・・・。
全く逆の庭を挟んだ憎しみの交流の作品が「お花畑自身」ーー倒産して、家を手放すことになった夫婦。妻は調度品を揃え、庭には丹精込めてお花畑を育ててきた。「わたしのばら、わたしの花たち。可愛いい大切な花たち」・・・・・・。家を買ったのは、あの「いやらしい女」。憎くて、腹立たしくて・・・・・・。じっと近くのベンチで家を見ていたが、ある日、忍び込んでしまう。そこへあの女が帰ってきて・・・・・・。「あなたが、そのまま庭になってみるっていうのは、どうですか」・・・・・・。
「十三月怪談」――悪性の腫瘍かもしれない。「何かそれっぽいことがあると、自分の能力の及ぶ限りの最悪なシチュエーションを想定して、そこからときめどもなく想像をふくらませていく傾向がある」妻の時子。そのたびに、夫の潤一は参ってしまって、「もっと明るくて、生産的な話をしよう」と言う。その時子が厄介な進行性の腎臓病で、またたく間に死んでしまう。「わたし死んだんだったな」と、時子は幽霊の状態で生きている人たちをふわふわしながら観察する。潤一をずっと見続けるのだが、その写像がひらがなでふわふわ、ゆらゆらしながら、しかも時間の経過の中から描写される。一方、残された潤一は時子のにおいとともに生きていく。ニ人の今世を超えた愛の姿は、実は現実的と感じてくる。
短編小説だが、心のひだが実に見事に描かれる。
