1781825826297.jpg地方の衰退が進み、地方創生がますます喫緊課題として前面に出る。「脆弱国土を誰が守るか」「地方創生をどうするか」――田中角栄の「列島改造論」、大平正芳の「田園都市構想」、累次にわたる「全総」「新全総」は高度成長、人口ボーナスのある時代のものだが、人口減少・少子高齢社会、デフレ・低成長、人手不足の日本における「国土のグランドデザイン」をどう考えるかが私の重要な政治テーマの1つであった。国土交通大臣時代に専門の有識者とともに作り上げ、国交省として発表したのが本書だ。

国土を1キロメートル四方のメッシュで分解すると、2050年はなんと、「63%の地域で人口が半分以下になり、19%の地域は人が住まなくなる」となった。2050年の日本をどう作るか――。「人口減少・少子化」「異次元の高齢化」「グローバリゼーション進展の中での激しい都市間競争」「巨大災害の切迫とインフラの老朽化」「食料・水・エネルギーの制約と地球環境問題」「ICTの劇的な進歩」の6つの時代の潮流と課題を上げ、12の基本戦略を立てた。

基本コンセプト、キーワードは「コンパクトネットワーク」「対流促進型国土形成」――。都市をコンパクトシティーにする。特にその都市の個性を磨く。個性ある都市と隣接する個性ある都市を結ぶ。連携革命を起こす。その主軸は道路。都市の違いがあるからこそそこに対流が起きる。人・モノ・情報の対流こそが活力の源泉。「対流促進型国土」の形成である。なおコンパクトシティーの外側も「小さな拠点」に集約する。こうした構想だ。

先日、東三河の豊橋市、田原市を訪れたが、提唱した三河と遠州の浜松市、長野県南信の飯田市を結ぶ「三遠南信」構想。対流促進型国土形成モデルだが、これを結ぶ道路が今、70%が完成、30%が事業中というところまで来ている。それぞれの個性ある都市が対流を起こし、相乗効果をもたらすようになるところまで来ている。南信、飯田市にはリニアが通り、三河の海を得ることになる。人流、物流が活性化する。

最近では1キロメッシュではなく、500メートル、500メートルのメッシュが国交省から発表され、どこに人がいるか、どう活性化できるか、どう都市の生き残り戦術を図るかがわかる戦略的基礎データが発出されている。

改めてこの本を読んだが、様々なヒントがあった。


1780401882857.jpg戦後日本の保守思想を根底から問い直す。特に著者自身が長年師事した西部邁の軌跡をたどりながら、同じく衝撃的な死を遂げた三島由紀夫、江藤淳、さらには中上健次、折口信夫、井筒俊彦、北畠親房の「神皇正統記」などから保守思想の源流を解読し、近代日本の正体に迫る。

「豊かな『日本』を取り戻すとの政治的スローガンの熱狂のなか、しかしそこに露呈しているのは現在の日本の巨大な空虚である。今度の焼土はいわば精神の、霊性の灰燼である。守るべきものはそこにあるのか。保守すべき価値とは何なのか」――。「1991年のソ連崩壊は、『歴史の終わり』でも『アメリカの勝利』でもなく、フランス革命以後の『人間の自由意志こそ最高の権威である』という近代の固定観念の終焉だった」「新自由主義、グローバリズム、リベラル・デモクラシーなどの潮流へ追随する現代社会----。このような『保守』頽落、混迷と倒錯は、この近代200年の国家と社会の近代性、モダニティにあられもなく従属することで、人間と社会が本来的に保守すべき超越的な価値の在処を見失い、その理念を喪失したところに生じてきたもの。保守思想は神なき人間中心主義の近代世界において、その本質を問われることになったのである」・・・・・・

本書に名前を連ねる知識人は、明治以降の近代化=西洋の表層を受容することに抗った。大衆社会化状況における個の埋没や幼児化傾向を指摘したオルテガやホイジンガを西部邁が取り上げ、私は感銘。その「死生論」について自裁した新井将敬と語り合ったことを思い出す。「人間の過信を諫め、無謬の理性を疑う『保守』は、絶対者の存在抜きには成立し得ない。しかし、近代日本は超越的価値を蔑ろにし、進歩主義的イデオロギーに身を投じてきた」のだ。「『万世一系の天皇』といい、『わが国の悠久の歴史』といい、それは明治以降の近代化=西洋化の中での『贋の偶像』と化してしまったことは、繰り返し確認してきた通りである」と本源的に掘り下げて論述している。

「敗戦から80年。世界史的な『非常時』が再び来ている。今日、保守を自称する政治勢力が『日本』というワードを頻発させる。そこでは『日本』がひたすら水平軸(伝統)に内面化され、一切の外部(他者)性が排除される。これが轍である。真の保守はこれを批判する。保守思想は伝統を大切にするが、固着しない。それは人間理性を超える不可知の力によって、常にリフォームされコンサーブされるからである」「自裁するまでの40年に及ぶ言論の戦いは、大衆社会が惹起するあらゆる病を摘出する実践であり、そのプラグマティズムは、この国の同胞を、ファシスモ(束ねる)ための何がしかの超越的原理を探し求める熱情に支えられていた。どこに探し求めたのか、歴史の中に、伝統に、あるいは国家という共同体にか。・・・・・・矢が尽き刀が折れ、満身創痍になっても、西部邁は人間の知性と合理と良識への最後の信頼を決して手放すことはなかった。その『信』が自死という形をもたらしたのだとしても私にそのことを批判することはできない」と結んでいる。そして「20世紀後半からの『奇妙な保守ブーム』は、この国でも今その波の頂に達しているように思われる」と言う。 


1781050499760.jpgなんともシャレた知的センス溢れるテンポ良い5つの短編集。

「パズル」――。「解けない謎があります」と書いておくと、「マッチングアプリでしか出会えない『名探偵』」に会える。「僕(秀麿)」が付き合っている朝田寧々。ところが最近、どうもよそよそしくなり、「彼女は他の男性とも交際してる可能性がある」と謎の女性から忠告されたと言う。そこで何が起きているかの謎解き相談だ。

「完全数(自分以外の約数を足すと自分になるのが完全数。628496。プロ野球初の完全試合は1950628日、40で藤本投手の投球数96 実際は92)。ぴたっとはまるすごい偶然があるものだ。人間関係でも、他の何でも、「ぴたっとはまる相手の求めるパズルのピース」はなかなかない。「他人のことはパズルだと思うよりも、天気だと思った方がいい。頑張れば、パズルはどうにかなるかもしれないが、天気は努力ではどうにもならない。いかに合わせるか、いかに楽しむかしかない」・・・・・・。秀麿の母、別れた父の所在と相続、その娘が絡む面白い展開が・・・・・・

「竹やぶバーニング」――。仙台七夕まつり。出荷した竹にかぐや姫が混入、大捜索が始まった。そして火事が・・・・・・

「透明ポーラーベア」――。動物園で姉の元恋人の富樫さんとその彼女に会う。8年ぶりの偶然だ。姉はシロクマ好きで富樫さんと別れて行方不明になっていた。人の「繋がり」には何かの力、法則が働いているように思うが・・・・・・。「僕」も恋人・千穂と転勤で遠距離恋愛になってしまう不安を抱えていた。「成田山の法則」――なぜ人は元日からの三日間に分散するのだろう。

「イヌゲンソーゴ」――。主人公は犬のポチ、そしてムサシ。「その男を見た瞬間、全部の記憶が蘇ったんだ。俺はあの男に殺された。生まれ変わる前に、だ。」「そいつが、あの時の、あの隣人、あの男だ」・・・・・・。花咲か爺さん、ブレーメンの音楽隊、渋谷の忠犬ハチ公・・・・・・。まさに自由自在の展開。

Weather」----。友人・清水の結婚式に参加した大友は新婦からある相談を持ちかけられており、「清水の言動を結婚式当日まで観察する(特に女性関係)」ことになる。話がやばい方向になる時、役立つのは、「世界で最も無難な話題、天気の話」。やたら天気に詳しい大友。レストランで行われた結婚披露宴で清水の仕掛けたサプライズに、皆泣く。「俺は泣いていない。みたいなものだ。激しい雨とは1時間に30ミリ以上50ミリ未満だ」・・・・・・


1781049941522.jpg皇居のお掘端に立つ帝国劇場。俳優ばかりではない。そこの裏方で舞台を支える多くの人々。控えめで丁寧で誠実、黙々と働く傍役たちをめぐる美しい短編連作集。人間っていいなと思う宝石箱のような感動の物語。

「ホタルさんへの手紙」――。ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の上演。新人の案内係は姿勢の良い白杖の男性を案内する。お礼の手紙のやりとりを結婚式を迎えた一人娘が読むことに・・・・・・

「内緒の少年」――。日比谷通りに面したお濠が見える帝国劇場のステンドグラスの裏側の細長い空間に、母を探す迷い子の少年が住んでいた。演出助手さん、

楽屋食堂ナターシャさん、稽古ピアノさん、エレベーター係さん、詩集を読む役者さん、「風と共に去りぬ」に出演する馬のジュラク号・・・・・・。皆、少年を愛していた。

「一枚の未来を手にする」――。ミュージカル「モーツァルト!」。チケットなしに夜行バスで駆けつけた少女。プリンスの舞台を見続けてきた薬剤師の女。偶然、チケットを譲り受けた研究所の資料室の若者。衝撃の舞台を観た者、駆けつけられなかった者----。それぞれの衝撃的、感動のドラマ。どんどん引き込まれる。

「スプリングゲイト」――。何でもやる帝国劇場の幕内係の男性。入り口の名札、着到板を書くのも彼の役目。まさに幼児の泉門のようなスプリングゲイト。舞台の役者は、スプリングゲイトをくぐると一気に緊張の異界に入る。

「こちらへ、お座り下さい」――。帝劇には"幸運の椅子"と呼ばれる席が一脚ある。知っているのは売店で働く「担当さん」だけ。ある日、そこに座ったのは50代半ばの地味な女性。離婚して別れた子供が帝劇の照明助手になっていた。光と影----。「劇場は、祈りに包まれた場所。役と出会う時は神様からいただいたと思い・・・・・・」「誰もが極限まで努力した後、それぞれのやり方で、舞台の無事を願います」・・・・・・

「サークルうてな」――。付き人のつき美さん、通訳のやっ子さん、楽屋係のガクさん。楽屋係の大事な仕事の一つは清掃。それは汚れを落とすだけでなく「前に使っていた人の気配を消す」こと。なるほど。陰の仕事だが、とてつもないプロの仕事。「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ」「不合理なことを試みようとする人間のみが不可能なことを成し遂げ得る」(ラ・マンチャの男)・・・・・・

「長すぎた幕間」――。「僕は帝劇で生まれた」「臨月のお腹を抱えて、一人で劇場へ行った母、演目は『ローマの休日』」----。なんと、「劇場専門の背負い屋」がいると言う。

「劇場は待っている」――。「時に、劇場を箱に例える人がいる。・・・・・・箱は分け隔てなく、自在にどんな世界でも受け止める。その懐は果てしなく深い」・・・・・・。パラソル小母さん。その一番のお気に入りは「ミス・サイゴン」。劇場内に入れなくても、せめて近寄ろうとする人々がいる。帝国劇場での人間ドラマ、愛情、プロの創造ともてなしが溢れている。


1781049476543.jpg作者が生まれ育った庄内地方が舞台。同郷の藤沢周平の世界を思い起こす武士の矜持と人情。磯釣りが、侍の鍛錬になるからと「武芸」として奨励されている北国羽州の大泉藩。

勘定目付の前原又左衛門は郡奉行の山上藤兵衛と釣り仲間でもある無二の親友。互いに釣りの腕を競い合っている。又左衛門は妻に小言を言われながらも、自慢の荘内竿を手に鍛錬に励む日々だったが、藩主が磯釣りの最中に溺死し、跡継ぎをめぐる藩の争いに巻き込まれる。

ちょうど又左衛門の年頃の娘と藤兵衛の息子の縁談もまとまろうとしていた時でもあった。しかし、家老派は亡くなった10代藩主の嫡男・万千代を担ぎ、中老派は10 代の弟・鉄之助を担いで争い、又左衛門は家老派、藤兵衛は中老派に分かれてしまう。

事態は奇なことに、「万千代様と鉄之助様で釣り勝負を行い、勝った方が11代藩主になる」「御磯行差配は、両派から1人ずつ」となり、なんと又左衛門と藤兵衛がそれに当たることになってしまう。家臣を巻き込む命がけの釣り勝負だ。

江戸育ちの釣りをしたことのない万千代に釣りを教える又左衛門。「争いは切ねぐて切ねぐて、生きだ心地もしねがった」という藤兵衛・・・・・・

釣り勝負の中での陰謀、妻の嫌味や家族愛、武士の矜持と人情、友との信頼、釣りの醍醐味、庄内の山海の珍味・・・・・・。静謐のなかの面白さが迫ってくる。

「朱子学は忠孝の学問、陽明学は理想の学問、徂徠学は解決の学問(現実の問題に直面した時、これをいかに乗り越えるか、その知恵を求めようというのが、大泉家の学問だ) (解決とは、まだ誰も解いたことのない問題、あるいは難題、ないしは困難を克服していくこと。物真似ではなく自分で読み解くこと)」という。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ