確かに間違いなく、「知って得する」だ。時間生物学が積み上げてきた重要な知見を示す。「時間生物学の魅力は、生命を時間の流れの中で捉え直す視点」「生物は環境にただ反応するだけの存在ではない。明日を予測し、先回りして準備する。そのために、生き物は時計を内側に持つようになった。体内時計とは、賢さの象徴というより生き延びるための段取り装置なのだ」「リズムが整うだけで、人は驚くほど楽に生きられる」「大切なのは『正しい生活』を目指すことよりも自分の体内時計の性質を知ること」と言う。
「地球という常に周期的に変動する環境で生き残るために、生命が獲得してきた根源的な仕組み、それが『体内時計』だ」――。夜遅く強い光を浴びると、私たちの体内時計は「まだ昼だ」と勘違いする。「夜は休息と蓄積の時間帯だから、遅い夕食はため込みやすい。肥満となる」「野良猫も朝、時間通りに餌の前に現れる」「リンネの花時計――花が咲く時刻、閉じる時刻が、種ごとに驚くほど一定している。庭そのものが時計となる」・・・・・・。さらに面白いのは、「13年・ 17年ゼミ――素数の年に、セミが一斉に大量発生する」という周期ゼミ現象があるそうだ。
その概日リズムを生み出すのは、「脳にある(脳の視床下部にある『視交叉上核』)」。生物の体内時計は、ゼロからリズムを発明したのではなく、「自然界に普遍的に存在する『リズムを生み出す性質』を巧みに取り組み、洗練させてきた存在といえる」と言う。さらに面白いのは、時計は脳だけにあるのではなく、「時計遺伝子は肝臓、心臓、腎臓、腸管、筋肉、脂肪組織などほぼ全身の細胞に存在している(抹消時計)」と言うのだ。
脳の中枢時計は、網膜から直接光情報を得てリズムを調整。末梢時計は光の影響をほとんど受けず、それぞれの臓器で、それぞれが食事、運動、ホルモン、ストレスといった情報によってリズムを変化させると言う。実に面白いし、「知って得する」話だ。体内時計は、「視交叉上核を頂点とし、末梢時計がその指示を受けながら働く階層的な多振動体システムとして成り立っている」と言う。脳の中枢時計の指揮者が乱れれば、末梢時計の演奏者が崩れ、オーケストラはめちゃくちゃになる。老化は脳の司令塔のズレだと言う。中枢時計を整える最も重要なスイッチは「光」ということだ。ハムスターは、夜になると、餌を探して長い距離を走り移動する動物だから、夜になると「輪回しをカラカラ走り続ける」らしい。なるほど。
「時差ぼけ」は体内時計のズレ。面白いのは、体内時計は『遅らせる』のは得意だが『進める』のは苦手だと言う。だから「夜更かし」は簡単だが、「早起き」は難しい。インドやヨーロッパの方に旅をするのは案外楽だが、ハワイへ行くのは体にとって厳しい。末梢時計の臓器までおかしくなるわけだ。「時差ボケ」は、海外に行かなくても、土日に「寝だめ」などをすると逆効果で月曜日が辛かったり不登校の一因となったりする。社会的時差ぼけ、体内時計の乱れだ。夜勤、交替制勤務もそこが辛い。そこで「光で『時刻のズレ』を整える」ことが大事だと言う。
「不規則な生活が病を招く」とは、ヒポクラテスの言葉だ。睡眠障害、高血圧(血圧を下げる時間とあげる時間の切り替えに失敗した状態)、糖尿病、生活習慣病はリズムの乱れだ。睡眠負債――睡眠は、まとめて返済できる借金ではない。健康全体に影響する問題で、「平日の睡眠をどう守るか、そして体内時計をどう整えるかが大切」と指摘する。ガードナー少年の約11日間、264時間の断眠記録があると言うが、ギネスも記録は取らないようにしたと言う。危ない。「ヒトは眠らずにはいられないようにできている」と言う。「クロノタイプ(朝型・夜型)を活用する」「サマータイムは、体内時計が遅らせるよりも早める方が苦手ということから、健康被害がある。特に夜型傾向の人」と言う。
「朝ご飯が体内時計に良いメカニズム」「最も体内時計を動かすのは『夜の青い光』」と言う。ブルーライトの光害だ。「時差ボケのような状況に置かれても『毎日同じ時刻に食べる』ことが体を守る力になる。食事の時間だけでも一定にすると、体内時計の混乱を最小限に抑えられる可能性がある」「日光を味方につける戦略。朝起きたらカーテンを受ける、できるだけ午前中に外に出る」を推奨する。
まさに時間生物学からの「知って得する、体内時計のはなし」だ。
「信頼のセーフティネットは可能か」が副題。高度経済成長の緒についた1961年、「国民皆保険・皆年金」を他国に先駆けて築き上げた日本は、税財源を投入し保険料負担を軽減するなどの工夫を凝らして社会保障制度を構築、国民を包摂するセーフティネットを作り上げてきた。大衆福祉の公明党の戦いでもあった。
しかし今、人口減少・少子高齢社会の進行によって、現役世代1人が高齢者1人を支える「肩車社会」が迫り、非正規労働者の増大、一人暮らし(若者も高齢者も)の増加、実質賃金が上がらない、困窮や孤立が広がるなどの数々の要因により、若者を中心にして制度不信が高まっている。そこで、「減税と保険料引き下げ」が焦点となったり、「外国人が生活保護で不当に潤っている」「高齢者が過剰な給付を得ている」などの言説が増幅されている。デジタル・ポピュリズムの影響もある。これら時代の変化を正面から受け、「岐路に立つ戦後社会保障」の観点から、単に生活・生存のセーフティネットではなく、雇用や対人支援を含めた「広義のセーフティーネット」「信頼のセーフティネット」をどう構築するかを提示する。
日本のセーフティーネットは、①安定雇用と連携した社会保険、② ①が困難になった人を就労に戻すことを重視した対人支援サービス、③生活保護----の三層で構成されている。「雇用のセーフティネット」は解雇されにくい仕掛け(解雇のハードル、年功賃金、企業内福祉厚生)、「社会保険のセーフティネット」は皆保険・皆年金と多額の税財源投入、「生活保護のセーフティネット」はハードルが高い(捕捉率は20%から30%)(恥ずかしいと言うスティグマがある)・・・・・・などの特徴を持つ。しかしそうしたなか、安定雇用が揺らぎ、非正規雇用、ひとり親などの「新しい生活困難層」が増大していった。長く続いたデフレの中で、企業は「雇用重視、低賃金」の姿勢を取り、社会保険料は逆進性が強いため、低所得層ほど重荷になる。日本は「中福祉・やや低負担」だが、低所得の働く世帯に限れば「低福祉・高負担」の状況になったのだ。現役世代、特に若い世代の制度不信が強くなる所以だ。
この10年余の「社会保障と税の一体改革」「子育て支援」「全世代型社会保障」は、その是正への取り組みだ。給付と負担のバランスを全世代で調整することが急務となっている。
加えてフィルターバブルやエコーチェンバー、デジタル・ポピュリズムの今日、対応が難しくなる。しかしだからこそ、しっかりしたセーフティネット再構成の筋道がどうしても必要となるのだ。
しかも、格差が広がっている。企業間、企業内、地域間の不均衡、資産、世代間の格差があり、なかでも「尊重の格差」「承認の格差」「孤独の広がり」が指摘されている。格差拡大のなかこれからの「広義のセーフティネット」をどう再構築するかの課題だ。
「三層のセーフティネット」――。①安定就労+社会保険②生活困窮者自立支援制度+求職者支援制度③生活保護・・・・・・。②は③になる前に①にする仕組みだ。就職氷河期世代には特に大事になる。
子育て支援対策、世代型社会保障、異次元の少少子化対策、雇用の流動化と同一労働同一賃金、自立の就労支援、求職者支援制度、働き方改革・・・・・・。様々やってきているが、「セーフティネットの張り直し、改革がなぜうまくいかないのか。それは社会保障と雇用の改革がバラバラだ。連動しない改革群」「既存制度の凝集力、拘束力が強い」「包括的な戦略の欠落」だと指摘する。
そこでセーフティネットを蘇らせる「三位一体の社会保障改革」を提起する。それは、①雇用機会の拡充(エッセンシャルワークのアドバンスト化=先進化・ユニバーサル化等) ②所得保障(社会保険、給付付き税額控除、生活保護等) ③対人支援サービス(医療・介護・保育等の連携、地域共生社会の包括的支援体制等)・・・・・・と言う。①の雇用機会の拡充は岸田政権の「三位一体の労働市場改革(リスキリング、営業実態に応じた職務給の導入、労働移動の円滑化)」の方向性だが、様々な困難は当然ある。特にエッセンシャルワークの先進化は最重要な課題である。「AIの実装、価値労働生産性の向上、専門性を高め、賃上げをする」ことと、「誰もが働けるように職場や業務のあり方を変えていくこと(ユニバーサル化)が極めて大事だ」と強調する。②の所得保障については、給付付き税額控除等を示す。③の対人支援サービスについては地域で相談できる「場」作りなど、地域共生社会づくりが大事となる。
社会が大きく構造変化するなか、いかに「広義のセーフティネット」を再建するか――。「起点としてのエッセンシャルワーク」「社会保険制度を現代化する」「承認機会を広げる」を重ねて提起している。今、「社会保障改革の岐路」に立っていることの自覚、この難題をトータルに把握し、再構築に取り組む肺活量が重要だと感じる。
著者自身が鬼平ベスト5に選んだという「山吹屋お勝」の他、「深川・千鳥橋」「乞食坊主」「女賊」「おしゃべり源八」「兇賊」「鈍牛」の全七篇がある。
「兇賊」――。中村吉右衛門の鬼平テレビドラマで、何度も見た。不思議と巡り会い、印象深い。「芋酒・加賀や」の亭主・九平(元一人働きの盗賊)を小林稔侍、そこに来る夜鷹のおもんを若村麻由美。3人がたまたま芋酒屋で一緒になり、平蔵は隔たりなく暖かくおもんに接する。店を出て平蔵は賊に襲われる。狙ったのは網切りの甚五郎(大杉漣)一味。親父の恨みを晴らそうと狙い続けていたのだ。平蔵とは知らず、興味を抱いて、後をつける九平。平蔵の役宅の潜門の前で瞬間。「おやじ。ご苦労」・・・・・・。九平はぞっとする。印象に残る名優ぞろい。原作自体、躍動している。
「山吹屋お勝」――。妻を亡くし、隠居の身であった平蔵の従兄・三沢仙右衛門が突如、「嫁をもらいたい」と言い出す。その女は、王子権現の近くにある料理茶屋「山吹屋」の新しく入った女中のお勝。王子権現社、その北にある王子稲荷、音無川、飛鳥山の桜・・・・・・。「あたりは武蔵の国の田園地帯の風趣も濃厚で・・・・・・当時の人々の遊山行楽の最たるもので、王子詣りは四季を通じて人の絶えたことがない・・・・・・」と描かれている。私の地元だ。平蔵はその女に会いに行くのだが・・・・・・。女は今も、「引きこみ」の役目をしていた・・・・・・。さてなんと、仙右衛門に言えばいいか・・・・・・。
他の短篇もそれぞれ味わい深い、いかにも「鬼平犯科帳」の名篇。
「国歌はどう生まれたのか」をそれぞれの国の成立、歴史の中から問い直す。根源的な問題だが、極めて重要かつ興味深い歴史が浮き彫りになる。面白い挑戦的な著作だ。
世界の国歌が「革命歌」「愛国歌」の士気を鼓舞するような歌が多いなか、「日本の国歌は、じつは世界でも稀有な歌なのである。世界で唯一、『我々』ではなく『あなた』の幸せを願う国歌」だと言う。オリンピックなどでもその違いは鮮明。勇壮ではなく荘重。誰しも実感しているところだ。
「アメリカ合衆国国歌『星条旗』と『アロハ・オエ』」――。作詞者はフランシス・スコット・キー(1779〜1843)。1814年9月、キーがボルチモアのマクヘンリー要塞沖の英国艦船上で作詞をしたとされている。独立したばかりのアメリカを、イギリスが権益を守ろうと艦船攻撃。マクヘンリー要塞にはためく星条旗を見てキーが詞を作ったとされる。曲はイギリスの「天国のアナクレオンへ」(イギリスの酒飲みクラブで歌われた曲)でキーが指定したとされる。敵国の曲であるのは「歴史の皮肉」ではある。この間の複雑な事情が本書で解明され興味深い。
特にこの1812年戦争において「インディアン連合」は、敵国イギリス側についた。「有力な法律家と軍部をインディアン掃討に当たらせることにした。その主要人物が、国歌『星条旗』を作り、奴隷制を擁護した法律家フランシス・スコット・キーだった」「『星条旗」の歌詞の中には、奴隷などの差別と排除のフレーズがある(それが合衆国国歌としての制定を送らせた)」と言う。そして南北戦争――。国歌を生んだボルチモアの市民は奴隷を必要としており、「マクヘンリー要塞守備隊は北軍支持、市民や市当局は南軍支持だった」「国歌の生まれた町が南北戦争の端緒のひとつとなった」と言う。
100年以上経った1931年、フーヴァー大統領が法的な「国歌」としてサインした。その後も、オリンピック国歌事件のように、黒人選手の国歌への抗議。そして、昨今のサンフランシスコのキーの銅像の破壊がある。最近も各地で、そうした銅像破壊がある。
もう一つ本書が指摘しているのがハワイだ。1894年、長年続いた「ハワイ王国」に代わって「ハワイ共和国」が独立宣言する。アメリカは「併合」に動くが、人口の半分を占める日系人やハワイ王朝、ハワイ住民の反米姿勢があり進まない。真珠湾攻撃の時に「ハワイは当時、州にさえなっていなかった」のだ。1895年、アメリカ軍によるハワイ・クーデターがあり、その後ハワイ併合が進められるなか反併合の訴えに訪米するリリウオカラニ女王支持をうたった歌が「アロハ・オエ」だと言う。ハワイにおける人々の心の中にしか存在しない国の歌である。
「中華人民共和国国歌と何日君再来」――。中華人民共和国国歌「義勇軍行進曲」の作曲者は聶耳(ニエアル、1912〜1935)だが、彼は日本の藤沢市の海岸で溺死する。作詞者は田漢(1898〜1968)だが彼は文革時代に投獄され獄死する。国歌の基本となったこの「義勇軍行進曲」は、1930年代、抗日映画の主題歌として生まれた「典型的な抗日戦用の大衆的プロパガンダ曲」と言う。「作詞者、作曲者とも日本で暮らし学んだ」「作詞者が文革で獄死する」もので、「中国国歌の誕生の一方で、労働者や兵士が聴き、歌ったのは『何日君再来』という曲だった」と言う。「義勇軍行進曲」が正式に国歌として解決されたのは文革後の1978年、田漢の名誉も回復される。何か沁み入る哀愁のある「何日君再来」は「『アロハ・オエ』や『オールド・ラング・ザイン』(蛍の光)などと共に、『厭戦歌』にあたるだろう」と言っている。人間というのはそういう両面を抱え込むものなのだろう。
「イギリスの『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」と『蛍の光』」――。イギリスがEUからの離脱が決定した場所で歌われた曲が英国国歌ではなく「オールド・ラング・ ザイン」だったと言う。スコットランド民謡、ロバート・バーンズ作詞、日本では「蛍の光」と言われる曲だ。英国国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は、法的にイギリスの国歌ではない。それは「隠れた歌詞」があって「激流の如き スコットランドの反乱を打ち破らん 神よ 我らが女王を護りたまえ!」とあるからだと言う。そこで出てくるのがスコットランドで歌われる「オールド・ラング・ザイン」というわけだ。
国歌と反国歌――国家と民族と人間、国歌と民衆の心の歌。人間はその間で生きてきたのだろう。歴史の根源を考えさせる書だ。
シュレディンガーが、量子力学におけるコペンハーゲン解釈に投げかけた「シュレディンガーの猫」――。「箱を開けて観測した時、波動関数が収束して、猫の生死の状態が定まる」・・・・・・。そんな「誰かが密室の中を観測した時、2人の生死は収束し確定する」というまさしく「シュレディンガーの密室」とも言うべき、恐るべき事件が起きてしまった。
長野県の山中深くにある「蓮田生物学研究所」。iPS細胞を軸にした再生医療の研究所で、所長は菅家或人、資金提供して造らせたのは大門バイオメディカル社長の大門公一。
「お兄ちゃんに、大事な話がある」――菅家の養女となった妹の美羽からたった一行のメールを受け取って、フリーライターの朝倉匠は研究所に向かった。そこにいたのは菅家所長、志木沢副所長、研究員の名波、天野、ジュリエット・ピコ、医師の二場、そこに加わった研究者の羽々崎の8人。さらに大門社長、秘書の津雲、大門の親戚の霧谷円香の3人。この日、総勢11人がいた。そして円香は朝倉匠に「わたしの生まれた秘密を、調べてくれませんか」と突然言うのだった。
激しい豪雨となり、その夜突然、大規模な土石流が研究所を襲う。孤立した研究所、埋まった1階の実験室Eには、美羽と円香が取り残される。猛毒の硫化水素が1階のその実験室の周りには充満、部屋に突入すれば、入り口から硫化水素が入って2人は死ぬ。「中の2人が生きているなら――ドアを開けた瞬間、2人ともガスで死ぬ。開けてはならない。しかし2人が死んでいるなら、一刻も早く、遺体の臓器を回収しなければならない」。円香は、腎臓が悪く限界に達している大門のドナーで、死亡した後48時間以内の移植が必要だったのだ。突入か様子見か――意見は真っ二つ。まさに「シュレディンガーの密室」。山中は道路寸断、救援の手は望めない。
緊迫したなか、なんと所長の菅家が殺される。そして美羽の婚約者名波(美羽はそのことをお兄ちゃんに知らせたかったのか?) も突き落とされて死亡する・・・・・・。「誰が突入し、誰を救うのか(ガスマスクは1つしかなかった)」「円香の出生の秘密とは」「いかなる秘密研究が、ここで行われていたのか」「殺人事件はなぜ起きたのか」・・・・・・。緊迫した凄まじい展開と驚くべき結末、どんでん返しへ・・・・・・。
「読者が本書の『扉』を開いた時、あるいはこの『あとがき』の扉を開いた時、物語は観測され、結末が収束し、確定する。結局のところあらゆる物語は、本質的にシュレディンガーの猫のような構造を合わせ持っているのかもしれない」――。人生とは選択の連続、決断の連続だ。「誰もが無数の選択の上に立ち生きている。ひとつ選び取るたび、世界は変わる。正解などわからない。だが、それでも決断せねばならない」「観測者はいつだって自分だ」と結んでいる。量子力学の「シュレディンガーの猫」は、「パラレルワールド」「量子もつれ」へと、宇宙と生命の本質に突き進んでいる。人生論に還元するのは、次元を異にするが、人生は決断の連続であることは間違いない。
