1764635696929.jpg「帝国・大戦・核抑止」が副題。戦後日本の安全保障、戦争終結論の専門家の著者が、国際政治に関する入門的なテキストとして中高生向けに書いたという。よくぞこんなに人類の歴史、世界の力関係を俯瞰的にやさしく書いたものだと感心する。

「世界の力関係はどう変わってきたか――帝国と主権」――。ユーラシア大陸の東西に、2つの帝国(漢王朝、ローマ帝国)(唐王朝、イスラム帝国)・・・・・・。現代の主権国家システムへ。

「第一次世界大戦は脆弱性による戦争(相手に手を出さなければ、弱みを抱える自分がやられる)(セルビアを攻撃すれば、ロシアは黙っていないぞと脅しをかける。ロシアの弱み・脆弱性)」「第二次世界大戦は機会主義的戦争(チャンス・機会があれば積極的に攻撃を仕掛けようとする)・・・・・・。「脆弱性による戦争を防ぐには安心供与が、機会主義的戦争を防ぐには抑止が有効」・・・・・・。「日本は、満州事変以降、中国や東南アジアで機会主義的な軍事行動を続けてきた。この間、アメリカなどの国際社会は、日本を抑止することはせず、日本の行動を黙認してきた。日本に対する宥和は、機会主義的戦争を助長させただけだった」と言う。

「国連はなぜ機能しないのか――集団安全保障」「核兵器はなぜなくならないのかーー核抑止」「同盟国を守る拡大抑止」「安定・不安定のパラドックス(互いに核報復能力を持つことで、核の撃ち合いになる可能性は下がり安定するように見えるが、実は限定的な紛争が起きやすくなり不安定化する)・・・・・・

「戦争はどう終わるのか――戦争終結」――。戦争終結のジレンマとして「紛争原因の根本的解決」か「妥協的和平」かがある。「将来の危険」か「現在の犠牲」かのバランス。「戦争終結のジレンマ」だが、湾岸戦争、イラク戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争などが語られ、ロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ紛争の出口の難しさが語られる。また機会主義と見られる北東アジアの状況で、今求められるのは「抑止」だと指摘する。

歴史的に戦争がいかなる形で起きたのか、その世界の力関係はどうであったのかを問いかける。ジレンマ、パラドックスがいかに多いかを考えさせてくれる。 


1772702898553.jpg「イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで」が副題。228日からの米・イスラエルによるイラン軍事攻撃、イランによる報復攻撃の連鎖が続いている。最高指導者ハーメネイー師が殺害され、後継者選びの会議の場所まで爆撃された。周辺諸国にもイランの攻撃があり、ホルムズ海峡もイラン革命防衛隊によって封鎖された。中東情勢は極めて危険な局面となり、世界経済への影響は大きく、できる限り速い収束が切望される。

本書の発刊は、昨年1125日。「なぜ今、激しい戦争が起きているのか」「反アメリカ、反イスラエルのシーア派国家は、いかに作られたか」「1979年のホメイニー師を中心としたイラン・イスラーム革命で発足した『イラン・イスラーム共和国』の政治・経済・社会がどのように展開してきたのか」――そのまさに今の問題に、イランの現代史を丁寧に分析することによって迫る。

想像を絶する苦難と戦争の歴史だ。「今回の攻撃は国際法に違反した攻撃」などという"論理"が及ばない、ずっと攻撃・報復の戦争が続いており、国内では激しい政権抗争が行われ、経済は常に驚くべき高インフレ等で生活は困窮し、「経済封鎖」はそれを増幅させる。国民の不安と不満は激しい抗議行動を巻き起こした。昨年6月のイスラエルによるイランへの大規模な攻撃(12日間戦争)、トランプの米国もイランの各施設を爆撃、昨年末からのイラン国内の抗議行動でも弾圧によって何千人もの人が犠牲となっているという。ずっとそうしたことが繰り返されてきて、今回の戦争なのだ。

1979年革命前の冷戦下のイランは英国支配力の衰退とソ連の進出のなか米国との連携に乗り出す。イランではイスラーム法学者が思想的・精神的基盤となって重要な政治勢力を保持しているが、国王の専制強化が図られた。1979年、ホメイニー師は、国王の西洋化政策を批判、イスラーム法の執行主体である統治機関の樹立が必須であるとする(法学者の監督こそがイスラーム的に正当な統治)。成立した政治体制は「イスラーム共和制」。バーザルガーン暫定政権とホメイニー師の革命評議会と対峙する体制(「ホメイニー体制と革命勢力の角逐」)だ。

「イラン・イラク戦争とイスラーム共和体制」――197911月に米国大使館人質事件が発生し、イラン・米国関係は急激に悪化、12月にはソ連のアフガニスタン侵攻、19809月にイラクがイランの空港爆撃(イラン・イラク戦争)。イラクはイランの「革命の輸出」(イスラーム体制の浸透)を非難したのだ。イランの兵器確保と関連したイラン・コントラ事件を経て、「数々の陰謀を働いてきた大悪魔アメリカ」と「小悪魔イスラエル」が位置づけられる。1988年に停戦。翌年、ホメイニー師が死去する。

「ハーメネイー体制と政治的自由」――。ハーメネイー指導体制の発足、ラフサンジャーニー政権(198997)は自由主義的経済政策をとったが、限界にも直面した。そしてハータミー政権(19972005)。「文明の対話」による国際協調路線をとった。

「新保守派の台頭と『緑の運動』」――。2001年の同時多発テロ事件を受け、対テロ戦争が始められ、イランの核開発が問題視され、イランの国際的立場が難しくなるなかアフマディーネジャード政権(20052013)となる。この時代の政治を著者は「ポピュリズム政治の台頭と混乱」と分析する。「被抑圧者」のための経済・社会福祉政策に邁進するが2008年のインフレ率は25%を超えた。国内で不満が充満するなか、諸外国への挑戦的姿勢(ウラン濃縮はイランの権利)をとるが、国際的孤立と「緑の運動」の抗議運動が起きる。窮地を脱しようとアフマディーネジャード政権は新自由主義的経済政策へ軌道修正するが、経済制裁もあって、爆発的なインフレ(2013年には32.9%)が起き、市民の不満も爆発する。

「防衛侵略と核問題」――。2013年、ロウハーニー政権(20132021)が誕生、核問題は一旦解決が見られたが、革命防衛隊の中東域内の活動の活発化と弾道ミサイル開発はイスラエルなどの安全保障に脅威となり、そこに2017年トランプ政権が誕生、核合意からの離脱を表明した。経済制裁の復活は為替レートの変動と爆発的なインフレ率(20196月には40%以上)をもたらした。

終章として、「暗雲垂れ込めるイスラーム共和体制の未来」――。2021年ライースィー政権が誕生、欧米諸国と関係改善を図った前ロウハーニー政権から「東向き」に転換した。コロナ禍、ガザ戦争の勃発(202310)、ライースィー大統領のヘリコプター墜落死(20245)、ペゼシュキヤーン政権の発足・・・・・・。ロシアのウクライナ侵略、第二次トランプ大統領・・・・・・

イラン・イスラム共和国の苦難と葛藤が浮き彫りにされる。


1773020187344.jpgSNS選挙が政治を変える」が副題。2013年のネット選挙運動解禁から11年。20247月の東京都知事選の石丸旋風。選挙ボランティアを200人募ったところ、なんと1500人以上が応募してきたという。選挙参謀を務めた「選挙の神様」藤川晋之助さんは、「これは何かとんでもないことが起こるのではないか」と感じたと言う。この石丸旋風で原動力となったのは「切り抜き動画」。またこの選挙では奇想天外なポスター掲示板ジャックが起きる。そして衆議院選挙。さらに「兵庫県知事選で広がった闇」。2馬力選挙、誹謗中傷や嫌がらせが死者が出るほど登場した。そして昨年の都議会選挙、参議院選挙、今年の突如の1月解散総選挙。本書は、これら都知事選挙から昨年の参院選挙のそれぞれで行われたSNS選挙----何が行われたかを専門的に内側から分析する。

一気に広がったSNS選挙----。ネットは簡単に情報拡散できるが、偽情報が広がりやすい。誹謗中傷やデマの拡散は政治家だけでなく、家族にまで攻撃が及び、荒れた選挙の言論空間となる。「炎上ばかりの政治と選挙。正気を取り戻せ!」と帯にある通りだが、これからの選挙、そして民主主義に多大な影響を与えるSNSAIをどう取り扱うべきか――。ネットと選挙の健全なあり方を提示する。さらに当面は、「AIを操る人間の議員」が「AI議員」だが、やがて生身の人間議員を超える圧倒的な知識と情報量を持ち意思決定ができる「AI議員」が誕生するかもしれない。

著者のSNS選挙についての分析は、選挙プランナーとして選挙にどう勝つかということを超えて、「SNS選挙で起きる選挙の荒れた言論空間、誹謗中傷(うさ晴らしのような)を直すにはどうしたらいいか」「政治家は褒めて伸ばすもの。世間は政治家に対して厳しすぎないか。多少は打たれ強くとも政治家も人間だ。国家・国民のため本気で働いてくれる政治家を育てるにはどうしたらいいか」と、A I SNS時代の選挙と政治のあり方の問題提起をする。

選挙も政治も戦いであるがゆえに、どうしてもネット空間は攻撃的になり、誹謗中傷やデマが溢れがちになる。エコーチェンバー現象が連作し、フィルターバブルとなって視聴者の思考形成に影響を及ぼす。情報が溢れる中でのタイパ・コスパ、「推し」の時代の進行は、じっくりとした思考を奪う。「失われた30年の停滞」「安全保障環境の悪化」のイメージは不安と不満を助長し、メッセージが「『国家の危機』を匂わせるものであれば、支持は急速に拡大し先鋭化しやすい」し、「単純明快なメッセージを、いかに効果的に有権者に示すのか」が勝負となる。デジタル・ポピュリズム時代の選挙戦略、広報戦略はもっと研ぎ澄まされていくしかない。

高橋さんは、「インターネットが相手を叩き潰すための武器ではなく、より真っ当な政治家を選び育てていくための応援ツールとして活用される社会を想い描いていく」――そのための書であると願いを込めて言っている。 


1773019774472.jpg「音楽は、国境を超え、時を超え、人と人とを結び、命のただ中に光を灯す。このゆるぎない信念こそが、私を今日も指揮台ヘと立たせるのです」――。クラシック音楽の本場、ヨーロッパへ乗り込み、オペラの聖地、イタリアを拠点に活躍するマエストロ吉田の勇気と情熱と力の感動的な人生物語。

「日本人初」ばかりだ。2007年ローマ歌劇場カラカラ野外劇場にて日本人初のオペラ指揮者としてイタリア・デビュー。2010年、プッチーニ・フェスティバルで日本人で初めてブッチーに作品を指揮。2014年ボローニャ歌劇場フィルハーモニー芸術監督に就任、250年の歴史を持つイタリアのセリエAクラスの歌劇場を母体とするアジア人初のオーケストラ芸術監督に就任。ボローニャ歌劇場主席客演指揮者を経て、現在、モデナ・パヴァロッティ歌劇場フィルハーモニー音楽監督、ウクライナ国立オデーサ歌劇場主席客演指揮者。

あのコロナ禍で大変な状況にあったイタリアボローニャの病院や教会に音楽を届け、2023年、戦火に覆われるウクライナのオデーサで空襲でリハーサルを遮られながら、満員の観客のなか指揮棒を握る。演目は、ブッチーニ「ラ・ボエーム」。「舞台上ではオーケストラ、歌手、コーラス、ソリスト、子供役に至るまで全員が命を燃やすかのような熱意を繰り広げた」「(兵士が)明日、戦地へ戻ります。最後に、美しい音楽を聴けたことが何よりの幸せでした」・・・・・・

そして20252月、リハーサルのためにボローニャを発ち戦火のウクライナ入り、3月、ついにウクライナ国立オデーサ歌劇場オーケストラの日本公演(神奈川、神戸、北見)を実現させる。クラウドファンディングなどで自前の資金調達で。その情熱と強い意思に頭が下がる。「戦時下のウクライナ 魂の音楽よ、日本に届け」だ。

「高校の吹奏楽部部長時代、小澤征爾との出会いと衝撃----『素晴らしかったです。僕は、指揮者になりたい』」「指揮科の学生として――東敦子との『ラ・ボエーム』----音楽はただ美しいだけでなく、人の心を揺さぶり、物語を生き生きと描き出す力を持つ、それこそがオペラの真の魅力だと気づいた」と言う。

「本当に一流を目指すなら、熱中できるものにかけ、外に出て刺激を受け、舞台経験を積み重ねなければなりません。楽譜を家で読み込むだけでは、世界に通用する音楽家にはなれないのです。チャンスは待っていても訪れません。自分の足で動き、求め、掴みに行くものです。そして何より大切なのは『自分もかくありたい』と心から理想とする人物に出会い、その姿に学びながら、自らの舞台を重ねていくことだと思います」と語っているが、「ヨーロッパで『本物』と出会い」「イタリア、ローマで日々を送り」「イタリアオペラに賭ける日々を送り」「日本とイタリアを架ける」という情熱の日々が綴られている。直接、その魂の音楽に触れてみたい。 


1773019458283.jpg「江戸から令和の迷信と日本社会」が副題。今年は丙午。60年前の1966(昭和41)は本当にガクッと人口が減っている。団塊ジュニア世代は、1971年(昭和46年)~1975年 (昭和50年)で人口増となっているが、その前の丙午の時だけ136.0万人で、前年比でなんと46.3万人減。たった1年だけ丙午の迷信で減っているのだ。

「丙午の女性は、気性が激しい、7人の夫を食い殺す、嫁ぎ先に災いをもたらす・・・・・・」は、なぜ起きたのか。はじまりは八百屋お七。江戸期最初の丙午は1666年(寛文6、八百屋お七はこの年の生まれ。彼女の犯した天和の大火(1682)はお七16歳の時だった。井原西鶴の「好色五人女」(1686)で扱われ、坂本冬美の「夜桜お七」に至る。

その次は享保の丙午(1726)、夫を次々食い殺すという俗説で、「丙午の女性は再婚を繰り返す」という風聞が、ちょうど川柳が流行って次々流された。そして次の天明の丙午(1786)は、大飢饉の中にあり、次子以降は子流しや間引きの口実に使われた。弘化の丙午(1846)、明治の丙午(1906)も迷信が、社会通念、社会常識が草の根まで広がり、婚姻、出生両面にわたって明確な実態を持つようになったと言う。

明治の丙午は日露戦争直後で多く生まれたが、女児の届出操作がかなり行われたと言う。ちょうど経済も悪くなる昭和の初めに結婚期にあたり、縁談が破れ自殺が相次いだと言う。結局著者は、「迷信が拡大したのは、男尊女卑、儒教的家族観に基づく封建制度の旧来秩序、すなわち家父長制を維持する働きを持っていたためだ」と言う。

さて昭和の1966年の丙午・・・・・・。「前年からの過熱報道(週刊誌なども)」「第一子が多い(第二子の出生がずらされた)」「苦しんだ前の世代がまだ生きていた」「主な手段は受胎調節」などを指摘。「このときの想定を上回る大出生減は、計画出産の合理性と、受胎調節の正しい知識が、密かに浸透していたところに、それを試みる絶好の契機として、『ひのえうま』というメディアトレンドの注目キーワードが『降臨』したためにもたらされた現象だった」と言う。

しかし、この丙午の女性は、財前直見、小泉今日子、松本明子、鈴木保奈美、斉藤由貴、秋篠宮紀子妃、酒井順子、国生さゆり・・・・・・。活躍しており、しかも人数が少なく、高校・大学受験も有利で、大学就職期は就職は絶好調の時代で恵まれた。後の世代の就職氷河期の人とは全く違う「バブル世代」である。

まさに「禍福は糾える縄の如し」。「令和のひのえうまでは、大規模な出生減が生じる可能性は極めて低いと断言できる」「もはやひのえうまの出生減すら起こせないほどの少子化状況にあるということを図らずも描き出している」と結んでいる。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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