遺言.jpg「感覚所与と意識の対立」「意識と感覚の衝突」「感覚所与を意味のあるものに限定し、いわば最小限にして、世界を意味で満たす。それがヒトの世界、文明世界、都市社会である。・・・・・・意味は与えられた感覚所与から、あらためて脳の中で作られる」「科学とは、我々の内部での感覚所与と意識との乖離を調整する行為である」「動物の意識には『同じ』というはたらきがほとんどない」「ヒトの意識の特徴が『同じだとするはたらき』であり、それで言葉が説明でき、お金が説明でき、民主主義社会の平等が説明できる」・・・・・・。社会と人間存在そのものを「意識(同じにする)と感覚(違う)」から、"意識"して問いかけたらどうか、と語る。「ここまで都市化、つまり意識化が進んできた社会では、もはや意識をタブーにしておくわけにはいかない。そのタブーを解放しよう」という。きわめて根源的で本質的な"遺言"で、随所に立ち止まって考えさせられた。

これからIoT、AIの急進展がある。「生命倫理」「遺伝子操作、ヒトの改造とシンギュラリティー」「人間とは何か」が問われる時代が来る。コンピュータにできるようなことしか人間がやらなければ、人間の社会ではなくなる。

「ヒトは、意識に『同じにする』という機能が生じたことで、感覚優位の動物の世界から離陸をした」が、意識と感覚の対立は、ともすると「意識が感覚より上位」だという近代化と呼ぶ社会的システムに傾斜する危険性をもつ。「都市は意識の世界」であり、「意識は自然を排除」する。

そして「実生活の中で感覚を復元する。これもむずかしい世の中になった。効率や経済、つまり便宜やお金で計れば、感覚は下位に置かれる」という。デジタル、ロボットには生老病死はない。人間と社会のその根源的仕組みを問いかける叡智の"遺言"。


つれづれ 170425②.jpg つれづれ 170425①.jpg

25日、公明党の各支部の行事が多数行われました。

高橋かよこ区議(豊島区)の支部会では、味の素ナショナルトレーニングセンター(北区西が丘)の見学会を行いました。また、夜は島村高彦区議(豊島区)の支部会、北区の宮島おさむ区議の支部会に出席しました。国政の状況や、地元の活動・実績を話しました。

つれづれ 170425③.jpg


日本史のツボ  本郷和人著.jpg日本の歴史を、時代ごとに切って分析したり、人物や事件を中心に考えることは多い。本書は古代から近世・近代までを7つのテーマを選んで歴史の大きな流れをつかもうとする。天皇、宗教、土地、軍事、地域、女性、経済の7テーマだ。実に興味深い。

「ヤマト王権の日本ブランドの創生と白村江ショック」「天皇家が経済力を保つ"職の体系"」「日本の危機と天皇」「神道と仏教の併存と明治の廃仏毀釈」「土地システムが武士を生んだ」「富士川の合戦"27万人"は多過ぎる」「川中島、応仁の乱の勝者」「鎌倉っ子・尊氏」「京都人・頼朝が関東武士に支援された訳」「"日本は昔から女性の地位が低かった"は本当か」「家督争いの決め手は母親の実家」「正室と生みの母の地位」「遣唐使廃止の意味」「中国からやってきた銅銭(清盛が輸入した宋の銅銭)」「銭本位制からコメ本位制に後退した徳川体制」・・・・・・。

それぞれが影響し合いながら時代が築かれていく、その底流が浮き彫りにされる。


あいろーど厚田 180421①.jpg あいろーど厚田 180421②.jpg

4月21日、北海道石狩市に行き、この度オープンする「道の駅石狩『あいろーど厚田』」の開業記念パーティー式典に参加し、挨拶をしました。これには、田岡克介石狩市長、佐藤英道衆院議員、横山信一参院議員、和田義明・自民党衆院議員らが出席しました。

この道の駅は、日本海に沈む壮麗な夕日で知られる厚田に建設されたもので、私が国交大臣時代に「重点・道の駅」として認可をしたものです。地元産の新鮮な農産物や、石狩湾を一望できる展望台を備えています。また、厚田の自然や歴史のほか、厚田出身の著名人である戸田城聖・創価学会第二代会長、勝海舟や座頭市などで知られる子母澤寛、横綱吉葉山などの郷土資料室を開設しています。

私は「多くの皆さんの真心が一つの結晶となって生まれた素晴らしい道の駅ができた」「新たな北海道の文化・経済拠点として、またインバウンドの糾合スポットとして、さらに発展することを期待している」と挨拶をしました。夕刻に行われたイベントでしたが、3階の展望室から見た夕日はきわめて素晴らしく印象的でした。


保守の遺言  西部邁著  平凡社.jpgオルテガやホイジンガに触れ、西部さんの「大衆への反逆」を読んだのが30年以上も前、「死生論」からも20年。今年1月に自裁した西部さんの絶筆の書だけに、言葉は精緻に選び抜かれ、諦観のなかにも激しく、率直に語り、静かに吐く。副題は「JAP.COM 衰滅の状況」――。「今さら歎いても詮無いが、僕が残念至極なのは大東亜戦争の敗北まではかろうじて残っていた日本民族の羞恥心・公平心・正中(的を射ていること)・勇強心がほとんど消滅してしまっている現状を、僕はJAP.COMの『衰滅』と形容したいのである」という。

「自尊・自立――他者や他国に従属することによって安全に生存したとしても、そんな人生や時代の生は、精神的動物としての人間にとって自尊と自立を喪失した果てで空無感や屈辱感をもたらして御仕舞となる」「安全と生存を最高の価値としてきたために戦後日本は(独立と自尊を枯死させ)哀れな民人となってしまった」「瀕死の世相における人間群像――スマホ人・選挙人(朽ちんばかりの病葉の群れ)、いのちの無条件礼賛の『いのち人』、虚言人(言論、世論、ライターのリアリティからの逃走)、法匪人、大量人と模流社会、タダ人、心を亡くす多忙人、エチケット知らずの無礼人、立憲人、根拠なき臆説のメディア人」「社会を衰滅に向かわせるマスの妄動」「近代の宿痾の自由・民主・進歩」「"平和日本とはパワーレス国家"とするのは、児戯にすら及ばない錯乱の国家論だ」「ピープル(一般庶民)の利益を守らんとするポピュリズム(人民主義)とメディアのムードに乗るポピュラリズム(人気主義)の区別すらできていないのが今の民主主義者どものオピニオン」「近代化と大衆化が列島人を劣等にした」「重要なのは国民社会を『公共性の規範』へと繋ぎ止めることであり、自由と秩序の間の平衡としての『活力』、平等と格差の間の平衡としての『公正』、博愛と競合の間の『節度』、合理と感情の間の『良識』だ」・・・・・・。貧しい憲法論議、民主主義の辿り着く先の衆愚、戦後の虚構を、前提から露わにする。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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