LRG_DSC00242.jpg

15日、東京・池袋で行われた公明党の8・15終戦記念日街頭演説会に出席、演説を行いました。これには、山口那津男代表、高木陽介東京都本部代表、竹谷とし子参議院議員、長橋けい一都議会議員が出席しました。

昭和20年8月15日から73年――平成最後の終戦記念日となりました。私は演説で、「100回記念の高校野球が行われている。昭和20年8月15日の翌日、戦争で中断していた高校野球をやろうと志した人がいた。多くの抵抗があるなかで1年後の8月15日、ついに復活。青空に白いユニフォームが花の咲くように開会式が行われた。政治・経済だけでなく、スポーツ・文化・芸術が自在に各人の意思が貫かれるように咲くこと。それが平和につながる」「世界は今、大きな構造変化にさらされている。1つは難民・移民の問題。もう1つは先進国に顕著となっている格差の広がりだ。英国のEU離脱も、右派の台頭も、トランプ米大統領誕生もそうした構造変化の文脈にある」「ファシズムに対して、H・アーレントは『民主主義の基礎は人間の多様性を認めることだ』といい、『ゲッベルスと私』の評者トーレ・ハンゼンは『マイノリティに対する寛容さが欠如すると、犠牲を生み、暴力・戦争が生ずる』といっている。醜い社会にしてはならない」「格差を是正する不断の努力が大切だ。平和学者ヨハン・ガルトゥングは構造的暴力問題を指摘した。戦争の原因となる貧困、飢餓、経済的格差の打開に取り組むことが重要だ」などと述べました。

また、災害が多い状況になりましたが、「命を守る公明党」「平和の党・公明党」として、よりいっそう動いていくことを誓いました。


夏空白花  須賀しのぶ著.jpg

「AKB48」の良さについて、秋元康氏が「プロ野球ではなく、高校野球の魅力を狙った」と語ったことが記憶にある。まさに「夏空白花」――青い空に白いユニフォームが開会式に咲き、白球を選手が追う。青春、無心・夢中、全力、夢と希望、汗と涙・・・・・・。熱闘甲子園だ。

今年も8・15が巡り来たり、高校野球は100回の記念大会となっている。1945年8月15日の翌日、戦争で途絶えていた「全国中等学校優勝野球大会、夏の(甲子園)を復活させよう、一刻も早く。甲子園で無理なら西宮でも」と朝日新聞大阪本社に佐伯達夫が乗り込んできた。戦争終結の大混乱のさなか。日本社会がどうなるかもわからない。ボールも球場(芋をつくる畑になっていた)もない。そもそも野球どころではない。かつて野球少年、名の知れた投手であった神住匡は、京都商業の沢村栄治と戦うことを夢見たが、その後肩を壊して挫折。しかし、朝日新聞記者となっていた神住は夏の高校野球復活に動く。まさに周囲の理解は得られず、徒手空拳。なかでもGHQの壁は岩盤のようだった。

理解の源には「日本の野球」と「ベースボール」の違い、日本の「野球道」「組織を背負って真剣勝負」と米国の「自分自身が楽しむスポーツ」「余裕と自由」の差異があった。加えて「高校・大学野球の日本」と「プロ野球の米国」と、発祥時からの野球に対する社会・経済意識の相違があった。それが次第にスポーツマン同士の心が融合し・・・・・・。ついに全国中等野球大会が開かれる。その日はなんと昭和21年8月15日であった。

登場する人物は、いずれもキャラが立つ。安斎丈二もクリストファー・エヴァンス中佐も目立つが、1番は神住の妻・美子。女性は修羅場にも動ぜず、強い。


2030年 未来への選択  西川潤著.jpg未来論とは「未来がこうなる」という予言ではなく、現在の世界の変化を分析し、「未来はこうなり得る」という選択のための議論である。「『戦争と破壊』の世界終末に代わり、平和なグローバル世界の展望は確かに存在しうる」と示す。一つの軸は、2030年を目指して貧困や飢餓の解消、すべての人への水と衛生と健康の保障、ジェンダー平等、生産的で人間らしい仕事の提供等を含んだ国連の「持続可能な開発のための2030年アジェンダSDGs」だ。

世界の変化は激しく、未来を選択する「岐路」にある。「高齢化が世界を覆う――人口と食料バランスのゆくえ」「エネルギー・資源・コモンズ――争奪戦か持続可能な発展か」「近代世界システムの変容――資本主義はどこへ向かうのか(主要国の経済低迷と定常経済)(設備過剰と需要不足、経済集中と国家介入、第三の道、マネー経済学のゆくえ)」「世界ガバナンスの転換(大国覇権主義の衰退、G2・Gゼロの困難)(四つの近未来シナリオ)」「グローバリゼーションの終焉か、国家の再君臨か」・・・・・・。世界を俯瞰し、専門的知見を踏まえて総合的に整理・分析する。

今の延長上では未来は破綻する。現在の資本主義システム危機、国際・国内関係の破綻を避け、不均衡を是正することは可能なのか。「それは、個人一人一人の価値観、地域社会と市場・企業関係の再編、そして民主主義の復活と公共空間の拡充による国家の再構成を通じて可能となる」「それは、国家につきものの暴力性を軍縮の努力を通じて減らし、グローバルな平和社会への国際協力を通じて実現する性質のものである」と指し示す。


マイタイムライン2.jpg

7日、公明党東京都本部の荒川・多摩川・江戸川流域の国会、都議会、区議会、市議会議員が多数集合、水害対策の総合会議を開催しました。私自身が呼びかけたもので、東京大規模水害対策PTの竹谷とし子本部長、高木都本部代表とともに、意義ある打ち合わせをしました。

西日本豪雨での教訓の最大のものは「情報から行動へ」「ハザードマップのあることは知っていたが、どうなるかを住民が知っていなかった」という点。私は「タイムラインが各水系でできている。それを更に充実したものに」「タイムラインを受ける側のマイタイムラインの作成がこれから最重要」「ハザードマップをもっとわかりやすく、各家庭でも認識できるように」等々、重要な点を指摘。各市区で、具体的に推進することを互いに確認しました。「命を守る公明党」です。


本懐 上田秀人.jpg責任を取る、名誉のために命を絶つ、矜持に基づく切腹は戦国時代末期から江戸時代にかけて続いた武士の"名誉ある刑罰"だ。名誉の切腹、殉死の"追い腹"、詰め腹、諫言腹、無念腹(恨み腹)。"死""自死"という究極のものだけに、ギリギリの人生そのものがそこに現われる。「本懐」と題された本書は、死という究極中の究極、その時、人間は何を考え、何を残そうとしたかが鋭角的に描かれ、じつに面白い。

大石内蔵助良雄の「親心腹」は衝撃的な新しい角度。織田信長の「応報腹」は信長の"人間50年"を邪魔した者が誰であったか、狩野融川の「持替腹」は利休をも想起させる文人・絵師魂、堀長門守直虎の「夢想腹」は大政奉還における"徳川家と朝廷"下での無念、西郷隆盛の「漸く腹」は西郷の末路の哀れさと維新のゆがみ、今川義元の「不切腹」は意外にも権力基盤の弱かった義元の切腹さえできなかった慨嘆・・・・・・。

いずれも作者が長期間温めてきた究極の場面、歴史が人間の"生と死"からにわかに立ち上がってくる。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ