juutai.jpg2015年に「首都高速の中央環状線が全面開通。首都高5号線が5%車両が減って、渋滞が50%解消した」「圏央道への合流箇所で1車線増やして大幅に渋滞が緩和した」「首都高の合流箇所でゼブラゾーンをとったら渋滞が緩和した」・・・・・・。国土交通大臣時代、渋滞解消に力を注いだが、「渋滞学が学問としてあればもっと・・・・・・」と思ったものだ。だがあったのだ。しかも本格的に、それ以前から。敬意を表したい。

「人や車などの集まりである『自己駆動粒子系』とその渋滞を考える理論モデルがASEP(エイセップ)」「渋滞は臨界密度以上に粒子が増えると発生する現象。その相転移の臨界密度は2分の1」「1車線で1Kmあたり約25台。車間距離の40m以下で渋滞は発生する」「渋滞の直前にはメタ安定の状態がある」「高速道の渋滞原因のうち、サグ部が原因の自然渋滞が3割を占める」「事故や工事、信号がある場合はボトルネック型」・・・・・・

「人の渋滞――群集の状態は、会衆、モッブ、パニックの3つに分類できる」「人は自己駆動粒子だが、お互い密着した状態では自己駆動性が失われ、ニュートン粒子に近くなる」「アリが行列を作るのは『道しるべフェロモン』のおかげである。アリは目が退化している」「フェロモンは揮発性なので、アリ間距離が短い方がアリは早く進める」・・・・・・

「世界は渋滞だらけ――インターネットの渋滞、パイプを流れる粉粒体は管が細くなって目詰まり、ブラジルナッツ現象、電車・エレベーター・航空機のダンゴ運転とボトルネック、血流の渋滞など体内の渋滞、ディズニーランドの整理券システム」「微積分で世界は変わった」「コンピューターが間違える計算」・・・・・・

これは2006年の本。きわめて複雑で様々な要因が絡み合う渋滞現象に複雑系科学が挑む。15年経った今、どこまで進み、具体的対策が進んでいることか。


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コロナ急拡大のなかの成人の日――。10日、北区の成人式が行われ参加しました。例年と違って「密」を避けるために、初めて2回に分けて行う式典となりました。今年の全国の成人者は120万人。最近は出生者数が100万人をはるかに切って、一昨年は84万人。若者支援、子育て支援が日本にとってきわめて重要です。

「荒れる成人式」などが報道されますが、実際にはむしろ「いい子」が多くなっているのが現実。変化激しき時代、予測不可能な時代に、若々しい生命力・エネルギーで乗り越えてほしいと期待します。昨日の公明新聞にも「若者にエール――変化激しき時代。現実逃避せず、常に一歩踏み込む努力を続ける人に」を書きました。学生時代までの学びは、答えがある問題。しかし社会に出ると、応用問題ばかり。そこで大事なのは、柔軟に対応するエネルギーです。現実を直視するリアリズムの姿勢。政治も人生も「イデオロギーではなくリアリズムの姿勢」「臨機応変の自在の知恵」が大事だと思います。公明党は若者支援党です。

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saiou.jpg「関ヶ原の戦い」の直前、徳川家康の東軍と石田三成の西軍の決戦の裏に、「穴太衆(あのうしゅう)の決してやぶられない最強の楯(石垣)」と「国友衆のどんな守りをも打ち破ると言う至高の矛(砲)」の熾烈な戦いがあった。その飛田匡介と国友彦九郎の戦いを圧倒的な迫力と緊迫感の中で描く。あわせて蛍大名の汚名にまみれた大津城主・京極高次の民への情愛と器量を浮き彫りにする。「八本目の槍」の石田三成、「じんかん」の松永久秀に続いて、今回は京極高次の汚名挽回、まさに今村翔吾の力量だ。

主人公の匡介は、越前一乗谷落城によって家族を失い、逃げる途中で穴太衆飛田屋の頭で「塞王」と呼ばれる飛田源斎に助けられる。源斎は石の目を見る類い稀な才能が匡介にあることを見出し、石積みの技だけでなく、山方、荷方も学ばせ鍛えあげる。それに応えて匡介は副頭になり、後継者と目される。一方、鉄砲職人である国友彦九郎も、頭で「砲仙」と畏敬される国友三落の後継者となる。しかも二人は、「落ちない無双の城を築けば戦さは絶える」「絶望するほど危険な砲を作れば戦さは止む」と泰平の世を望む信念を持っていた。

時は東西激突の関ヶ原直前――。まず激突する伏見城。塞王・源斎は、徳川家家臣・鳥居元忠が3千3百で籠城する伏見城に入り、西軍の4万の大軍を迎え撃つ。「武者返し」などの石垣を築いてなんと13日間も耐え抜いたのだ。そして琵琶湖の水を外堀、中堀、内堀に引いた水城である大津城の攻防。城主の京極高次は一度は転んだ西軍から再度離反し、大津城に立てこもる。三成の策した大津に東軍を呼びこんで戦う策に、高次は大津の民を守るために激突の戦場となることを避けようとしたのだ。寄せ手の大将は毛利元康、これに西国無双の名将・立花宗茂らが加わり押し寄せる。攻撃する国友衆の彦九郎、崩されても崩されても作り直す穴太衆の匡介。凄まじい戦闘は息苦しいほどだ。大軍に耐え抜いたがゆえに、毛利元康、小早川秀包、立花宗茂らの精強な兵は、ついに関ヶ原の決戦に間に合わなかったのだ。

「穴太衆」と「国友衆」の知略の攻防と、戦争と民衆、武将の苦悩と敬愛がほとばしる。


dousi.jpg第二次世界大戦の独ソ戦。数百万の大軍が激突したこの戦争は、第二次世界大戦の主戦場であり、数千キロにわたるスケールといい、非戦闘員を巻き込んだ死者数と言い、まさに空前絶後。しかもナチス・ドイツとソ連の双方が、相手を妥協の余地のない滅ぼされる敵とみなすイデオロギーによって、残酷な絶滅戦争を繰り広げたものであった。本書はその独ソ戦の決定的な分岐点となるスターリングラード攻防戦と、要塞都市ケーニヒスベルクの戦いに放り込まれたソ連の女性狙撃手セラフィマと、その仲間の凄絶な日々と心の逡巡・葛藤を描く。戦争の悲惨さと緊張感漂う素晴らしい作品。

独ソ戦が激化する1942年頃、小さな農村で暮らす少女セラフィマ。ある日、急襲したドイツ軍によって、母親も村人も全てが惨殺された。自らも射殺される寸前、駆けつけた赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」と突き付けられたセラフィマは、イリ一ナが教官長を務める狙撃訓練学校に入り、狙撃兵になることを決意する。心にあるのは、村を襲い母を撃ったドイツ兵士と母の遺体を焼き払ったイリーナへの復讐。イリーナのもとで厳しい訓練を受けた仲間の女性狙撃手は、いずれも過去の闇を抱えた個性的な面々。ぶつかりながらも奥底では絆を強くしていく。そしてスターリングラードの攻防戦へ、さらにケーニヒスベルクへ。心に抱える怒りや悲しみ、人を撃つ恐怖と葛藤・・・・・・。それらを押しつぶしていく国家の戦争の残酷さ。そして絶望。戦場では敵を撃たなければ自分が死ぬという現実。

復讐心は戦争の濁流のなかで変化し、彼女たちが「死」の果てに行き着いた境地をも描いていく。第11回アガサ・クリスティ一賞大賞受賞作。


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新しい年が動き始めました。4日、北区の新年賀詞交換会や企業での仕事始め等に出席。昨年はいずれもコロナ禍で中止でしたが、規模は縮小しながらも開催。久しぶりに多くの方に会い意見交換をしました。コロナの感染が、このところ増加していますが、「克服して今年こそ平常に戻りたい」との率直な声が圧倒的に多い状況。様々な意味でまさに勝負の年です。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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