Csenjouno.jpgごみ屋敷、開かずの金庫、一冊の本、赤い革表紙の日記帳、姑と嫁の抑圧された感情・・・・・・。心が押し込まれるような「介護ミステリ」。

中学生の時に、両親を突然の事故で亡くした美佐は、叔母の弥生に引き取られ、高校時代を山間の人口3000人ほどの田舎町で過ごす。結婚して以来20年、叔母に認知症の症状が見られると役場から連絡があり、懐かしい故郷を訪れる。しかし美しく丁寧に暮らしていた家は荒れ果て、ごみ屋敷と化し、玄関前には、新聞がバリケードのように積み重なっていた。

片付けを進めていくと、当時の恋人・山本邦彦から借りた本「ノルウェイの森」を見つける。「返しに、行ってみようか」――返しに行った美佐は、邦彦の奥さん・菜穂と姑・菊枝が争う衝撃的な場面に遭遇する。ギリギリのところで、それを止めるが、菊枝は美佐をじっと見て「みどり屋敷の、弥生ちゃんじゃないか」「エルメスのスカーフは、弥生ちゃん、あんたが持っていたんだ。やっと返しに来てくれたんだね」と言うのだ。また、開かずの金庫をやっと開けると、なんと「延長コード」が大事に入っていたのだ。

延長コード、エルメスのスカーフ、そして見つかった弥生の赤い革表紙の日記帳・・・・・・。共に認知が入った弥生と菊枝は、共に姑に苦しめられてきた者同士であり、「交換家事」までし合っていた友でありながら、誤解と愛憎を秘めたアンビバレンツ関係にあったことがわかっていく。ニ人の開かずの扉が開かれていく様子は、まさに新たな湊かなえワールドに引き込まれていく。

「わかっている・・・・・・。姑という生き物は、その立場になった途端、すべての人に厳しくなるわけではないということも。たった一人、嫁にだけ辛く当たるようになるのだ。どこの家も同じだとわかっただけでも、交換家事をしてよかったじゃないか」「あんたの世話になんか一生なるものか。祖母はことあるごとに、母に向かってこの台詞を口にしていた」「デイジー(菊枝)さんが勝手に上がって、盗んだ? まさか」・・・・・・

人生には、家族にも誰にも言えない「出来事」「わだかまり」「秘密」があるものだ。認知が進んでも、それはいつまでも忘れ去ることなどできないもののようだ。そしてせめて一人でもいい、理解してくれる人が欲しいものだ。 


sakewosyusyoku.jpgエチオピアは他のアフリカとあまりにも違うそうだが、そのエチオピア南部になんと酒を主食とするデラシャという民族がいる。栄養の大部分をパルショータと呼ばれる酒から得ているというのだ。本当だろうか。1日中、酒を飲み続ける生活とはどんな感じだろう。日常生活や健康はどうなってるだろう? それを知るには実際に行くしかない。なんと高野さんは全行程2週間、突入する。まさにトラベルはトラブル。嘘のような本当の旅の物語が綴られる。

エチオピア南部、デラシャに入る前に隣のコンソという別の民族の村に入る。コンソ人も毎日、食事のように「チャガ」という酒を飲むという。なんとコンソの村は狭く、石がびっしり敷き詰められている異形の村。チャガ造り、朝から晩まで酒、大酒飲みのハードワーカー、降雨量も少なく川には水がなく水は貴重。乾燥に強いソルガムを作るが、それだけでは栄養が足りないので、発酵させて酒にすると栄養分が賄えるということのようだ。食事の席で相手への経緯と愛情を込めて「あーん」、覚醒植物「カート」、村のチャガバー----。驚くべき世界が語られる。それでも「チャガなくしてコンソの生活が成り立たないのは間違いないにしても、主な栄養源はソルガム団子と豆類ではないか。多く見積もっても『酒』と『固形物』が半々ぐらいのように見えた」・・・・・・

そしてデラシャへ。「コンソの大人が飲むチャガが1日平均して2リットルであるのに対し、デラシャはパルショータという酒を5リットルも飲むという」のだ。まず、民家どころか、大がかりな民族資料的ヤラセ、フェイク家族で騙される。それがわかり、「ホンモノの家族とホンモノの酒飲み民族」に出会う。パルショータ造り、凄まじいノミ、シラミ、トコジラミ、ダニの襲来、無数のゴキブリの大群。「誰も彼も酒を飲んでいる。パルショータは食事と水を兼ね備えたスーパードリンクなのだ。酒は煮炊きする必要がなく、一日、陽にさらされていても傷まない。好きなときに好きなだけ飲める。仕事中にはこれ以上便利な飲食物はない。ヤギ追いの子供たちに出会ったが、彼らが持っているペットボトルの中身はパルショータ。5歳の女の子が『へべれけのおっさん』になっている」・・・・・・。「外部の人は絶対に気づかない穀物を入れる地下の貯蔵穴『ポロタ』」も興味深い。現地の病院を取材し、医師にデラシャの人たちの健康状態を尋ねると、「全く健康で何の問題もない。気晴らしや娯楽のためではなくパルショータは食事。飲むことにも慣れている。むしろ最近になって、グローバリゼーションにより肉や油を摂る生活になってから悪化している」と言う。その病院では、なんと病室で酒を飲んでおり、妊婦まで酒を飲んでいると言うのだ。おいおいと思って笑ってしまう。

「彼らは決して遅れているわけではない。自然と共生しているわけでもなく、自然を作り替えるディベロッパーでもあった。西洋文明が世界基準になってしまった今、『遅れている』ように見えるだけだ。『進んだ方向が違う』のである」と言う。2023年に、WHOは「アルコールが少量でも健康に有害」と明言したが、「飲酒している人の食生活全体は何も言及されない。飲酒に害があるとしても、それはつまみに塩気の強いものや脂っこいものを摂るせいかもしれない」「イスラム圏を長く歩いている私には、単純に酒を飲まない生活が健康に良いなどとは到底思えない。酒の代わりに頭が痛くなるほど甘いお菓子を食べ、甘いお茶を飲み、私のイラク人の友人は『イラク人はだいたい高血圧と糖尿病で死ぬ』と言っている。油や砂糖の取りすぎは酒の摂取より有害なんじゃないかと思う」と言う。

デラシャの人たちは油を摂取しないし、砂糖もほとんど取らないし、塩分摂取も少ない。「食生活全体を見る視点が現代科学では決定的に欠けているように思える」との指摘は鋭い。「遅れている」「酒は有害」などと言う単純な議論を打ち砕く面白すぎる体当たりのレポートだ。こんな胃痛や下痢、全身虫刺されの命がけの体当たりをやってのける高野さんこそ、信じられない恐るべき人物だと思う。 


tenbaiya-.jpg「推し」の時代、ネットの時代――。「推し」に伴う「推しグッズ」や限定グッズ、発売前から話題の限定商品。これらをいち早く大量に入手して高額で売り飛ばすのが「転売ヤー」。「世の中から転売はなくならないですよ。転売が良くないこととされている日本では逆に、ビジネスチャンスがいくらでもある。日本はコンテンツ産業やファッション産業が盛んですし、限定品として販売される商品がなくならない限り、転売は儲かりますよ」「世に転売の種はつきまじ」――。

グループのリーダー、日本で"仕入れ"母国で売り捌く中国人、個人で稼ぐ日本人など、あらゆる手口でひと儲けを狙う転売ヤーたちに密着取材し、その驚愕のカラクリをレポートする。「今後、我々は転売市場という現代にデジタルの衣を纏って蘇ったヤミ市の興隆にどう対処していくべきか」を問いかける。

「ポケモンカードの転売集団(スーパーレアの希少カードに527万ドル、金属探知機によるサーチ)」「PS 5の購入履歴をかいくぐる、転売ヤーSくんの誕生)、「羽生結弦グッズ(ファン心理は格好の餌食)」「ディズニーグッズ転売集団(体力勝負の『仕入れ日』に密着)」――。凄まじい。ディズニーランドでは、グループを組んで出たり入ったり何度でも。「よく見ると、そこかしこに転売ヤー」が・・・・・・

「クリスマスに現れる『転売サンタクロース』(親が娘にどうしても贈ってやりたい商品)」、「デパート外商を転売スキーム化(高級酒でロレックスを買う)」「転売ヤーの問題点と法規制の現状(2019年チケット不正転売禁止法施行等)(転売ヤーから買わないことが問題解決の第一歩)」、「中国SNS転売事情(インフルエンサーと転売ヤーの狭間)(リサーチも販売もSNS)・・・・・・

転売ヤーとなったSくんは、あちこちのバザーに出かけ、「バザー行脚で転売品を掘り出せ」と動いてると言う。バザーという鉱脈を見つけ、売れ筋商品はスポーツ用品とキャンプ用品だと言う。「格安スマホ転売ブーム(法改正と転売ヤーたちのいたちごっこ)」――ベトナム人の携帯が裏社会へつながっていく。

「クレジットカード・電子マネー(不正利用が転売の原資に) (新幹線乗車券の格安販売など)」――フィッシング詐欺の現金化手段になっていたと言う。2023年のクレジットカードの不正利用による被害額は、なんと540億円。「電子マネーから抜き取った金が加熱式たばこに」と言う。「取り込み詐欺で詐取された物品が転売される例は、枚挙にいとまがない」と言う。闇は深い。転売ヤーSくんのその後として、「プレミアム付き商品券で買い漁る」「転売ビジネスの狩猟のようなゲーム性の虜になっていく」姿をレポートしている。

身近なところで起きている「転売ヤー 闇の経済学」だ。 


choon1.jpg幕末維新の動乱を「富山の薬売り」たちはどのように見、どのように生き抜いてきたか――宮本輝さん初の大河歴史小説全四巻。司馬遼太郎の「坂の上の雲」を想起させる大作だが、本書は「名もなき民衆」から見た幕末維新だ。全国各地へ赴く行商人には、生々しい情報が直接もたらされた。特に薩摩担当の売薬行商人は激動の渦をかき分けるかのように戦わなければ、富山を担う仕事はできない。物語の第一巻は、明治維新の20年前から安政の大獄の直前まで。黒船来航など西欧列強が押し寄せ、安政の大地震があり、将軍後継をめぐる争い等、幕府は弱体化し、日本社会は混乱を極め揺れに揺れた。

物語は、越中八尾に生まれ、薬種問屋高麗屋に入り薩摩担当の売薬行商人となった川上弥一の語りで貫かれている。時期は西南戦争後の明治、激動の時代を振り返りつつ実に丁寧に深く語られる。

「越中富山の反魂丹」「薬の代金を後で頂戴する『先用後利』の商法」「越中富山の薬売りの隆盛はひとえに人材育成。まず人ありき、次に薬ありき」の特徴を持つが、特に薩摩は重要であった。幕府の薩摩弱体化・弾圧と藩主の浪費癖によって積もり積もった藩の赤字は五百万両。そこで薩摩は越中富山の売薬業者と廻船問屋、琉球を抱き込み、清との密貿易網を築き上げようとした。清の欲しがる干し昆布などを富山の廻船問屋、北前船によって蝦夷地から大量に運び、琉球を経由して清に売り、大量の唐物と唐薬種を得て、その唐薬種を必須とする富山藩に渡す。薩摩は、この密貿易によって借財を返し、余剰金で英国からの大砲や新式の銃を購入し倒幕に向かう。倒幕・開国と薩摩と越中富山の薬売りとの関連が鮮やかに見えてくる。薩摩に向かう仲間組は「冥土の飛脚」と呼ばれる危険なものであったが、特に優秀な人材が選ばれたのはその重要性があったからだと語る。

描写は丁寧できめ細かく鋭い。「わたくしは日本という国の足元から地鳴りが聞こえ始めていると感じざるをえませんでした」――。幕府、日本の動揺が地鳴りがするごとく活写されるが、庶民の哲学が開示されるのが、本書をさらに奥行きの深いものにしている。

「求められておるのは、才ではない。大きな心だ」「『心の不思議』『心とはなにか』。それこそ、高麗屋に奉公に上がって理由もわからぬまま百五十六日も、廊下の隅に座り続けた後に、緒方喜重郎様から与えられた生涯の命題の解答を得る鍵であったからでございます」「水府の学は危ない。世の中を壊す思想だ。世の中を壊したいものたちにとってはお誂え向きの思想だ。・・・・・・水戸の学問には『心』が完全に欠落している。道徳を重視しながらも『心』を説かない。心の不思議を考えようともしない。俺が水府の学にまやかしを感じるのはそこだ」・・・・・・

「思えば、越中八尾の紙問屋の倅が十六歳で突然高麗屋に奉公に上がったころから、わたくしどもの国は、大きな変化を強いられてきました。・・・・・・その変化のなかにあって、いささかも変わらない売薬行商人たちの寡黙で一途で誠実な商いも我が目で見てきたのです。一途で誠実なものだけが勝つ。策ではない。そのとき、そのときで知恵の限りを尽くす。そして忍耐、忍耐、忍耐だ。耐えるためには勇気が要る。勇気がなければ努力を持続し続けることはできない。それを、わたくしは行商ではなく、ただ薩摩と富山を合計で七十日かけて往復するという、無駄と思える一種の苦行を数年間続けることで学んだのでございます」・・・・・・

富山では売薬人が薬種業者から仕入れた薬材料を使って自分の家で薬を作っていたと言う。そしてニ千人以上が売薬業に従事し、全国に散り、現場の情報を握っていたと言う。


yoakenohzama.jpg小さな地方都市にある家族葬専門の葬儀社「芥子実庵」を舞台に、「死」を前にして、「自分らしく生きる」ことを突きつける人生ドラマ。

「見送る背中」――。仕事のやりがいと結婚の間で揺れ動く芥子実庵の葬祭ディレクター・佐久間真奈。親友のなつめが突然、常連客の男と心中。「佐久間真奈さんの担当で、簡素な式をお願いしたい。葬儀の連絡を取ってほしい人は、高瀬楓子さん、これくらいしか」「思いつく限りの試行錯誤をしました。じゅうぶんもがけたかなと思います」と遺書を残す。なつめはデビュー作で賞を取り、ベストセラー作家にまでなったが、その後全く売れず、デリヘル嬢になっていた。真奈の恋人・純也は、「何も死体を触るような仕事じゃなくてもいいだろう」と転職を求め、結婚したばかりの楓子の夫は、「デリヘル嬢だったなんて酷い。楓子は行かせません」と言う。・・・・・・そして、「楓子、まずは中に入って。なつめと3人で話そう」「自分の人生の戦場を真正面から生き抜いた友のことを」・・・・・・

「私が愛したかった男」――。花屋の牟田千和子は夫から「別れてください」と言われて離婚。娘を一人で育てるが、娘の天音は大学を辞めて、東京の恋人のところに行くと言う。そんな時、元夫の野崎速見が恋人が死に、こともあろうに、その葬儀を手伝ってほしいと頼まれる。なんとその恋人とは男性だった。千和子は優柔不断な野崎を押しに押しての結婚だった。「せっかく助けてくれたひとを、自分の中の『正解』に無理やり当て嵌めてしまったのよね。大事なひとがどんなふうに生きたいか、何を幸せに感じるかなんて考えてなかった。それが、離婚の理由なんだけど」「私からのアドバイス----。『相手の幸せを考える時間』も大事なんだよ」「ひとはいつ、大事なことに気づくかわからない。気づけるその日まで、自分なりにもがくしかない」・・・・・・。「私が愛したかった男」で、「愛した男」ではなかった。

「芥子の実」――。芥子実庵の新入社員の須田。中学の時、激しいいじめを受けた同級生・伊藤の父の葬儀を担当することになってしまう。世界でいちばん会いたくなかった男だ。ひどいいじめだった。「なぁ、あんた。薄暗い団地の、ゴミと埃だらけの踊り場で死ぬ女もいるって知ってるか? 底冷えする公民館で、誰にも惜しまれることなく厄介者扱いされて。----そして、その女の息子を、長年小馬鹿にしてきたのが、あんたの息子だ」。伊藤は上から目線で謝る。「俺はこれから先何があったって、君たちを『許す』とは言わない。君たちにされたことを一生忘れない」「豊かに生きてる人間の言葉は、俺には響かない」・・・・・・芥子実庵の社長・ 芥川は、職場を辞めるという須田を火葬場に連れて行く。「愚かな女が、愚かなりに一生懸命育ててくれた。その母を寂しく送ってしまったことへの後悔が、時間とともに膨れっていって、俺を押しつぶしそうなっていた」・・・・・・。仏教の逸話、「その芥子の実は、今まで死んだものを出したことのない家からもらってくること」----。芥子の実はどこの家にもない。死んだものを出したことのない家など一軒もなかった。

「あなたのための椅子」――。元恋人の訃報を受け取った主婦・良子。しかし夫は葬儀に行かせようとしない。弟の純也(芥子実庵の佐々木真奈の恋人)が、一策を講じて葬儀に出るが----。この日本社会には抜きがたい男尊女卑、職業蔑視、死を忌む心が溢れている。

「一握の砂」――。佐久間真奈と純也、そして芥川のそれぞれの人生観、死生観が接っし合い、ぶつかり、本音からの語らいから這い上がる。「自分らしく生きていこうって決めたんだ」・・・・・・。「死」の衝撃のなかから、自分の「生きる」ことを考える。練り上げられた5つの小編連作。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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