nazehito.jpg前著の「生物はなぜ死ぬのか」は、生物はなぜ誕生し、なぜ死ぬのか。生物はどのように死に、ヒトはどのように死ぬのかを、「生物」「生命科学」から論及した。「死は生命の連続性を維持する原動力」「死とは進化、つまり『変化』と『選択(たまたまその環境で複製しやすい、増えやすいものが選ばれて残る)』を実現するためにある。『死ぬ』ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができた」「進化が生物を作った」と言う。

最初にできたのはRNAやアミノ酸といった有機物。RNAは将来親から子へと受け継がれる情報、つまり遺伝子となる物質(遺伝物質) 。アミノ酸は生物の体を構成するタンパク質の材料となる。RNAは壊れやすい性質を持っており、作られては壊されるが、その壊れることは、材料を供給することになり、分解=「死」がある限り動き続けることになる。加えて、すべての生物、すべての細胞が持っている最も基本的な細胞内の小器官「リボソーム」が、あたかも「調理人」のようにタンパク質を作る。さらにRNAの一部が変化してできたと思われる壊れにくいDNAが誕生、遺伝子としての地位をRNAから譲り受けた。「分解= 死ぬ」は、進化に必須で、RNA分子に例えれば「老化とは複製するよりも、分解が起こりやすくなった状態のこと」と言う。

不思議なことがある。「ヒトとバナナの遺伝子は50%同じ」「チンパンジーとヒトは遺伝子はなんと98.5%同じ」で、先祖が同じで別れたことを示していると言う。そして「老いる」ことについては「人間以外の生物は老いずに死ぬ」「サケは産卵に適した場所を経験的に知っており、川に戻って産卵・放精して、ピンピンコロリで死ぬ(子孫を残すまでは死なない=結果的に子孫を残す生物が生き残ってきた)」「野生の生き物は基本的に老化しない。『食べるー食べられる』の世界では老化した動物は、たちまち食べられて死ぬ」「哺乳類は体が大きい方が長生きで、ゾウはがん抑制遺伝子P53がなんと20個もある」と言うのだ。

「加齢とともに徐々にDNAが壊れて、遺伝情報(設計図)であるゲノムがおかしくなる。その結果、細胞の機能が低下し、老化して死ぬ。またDNAが壊れてくると、細胞がそれを感知して、積極的に細胞老化を誘導する」「ヒトの老化の原因は、新しい細胞の供給能力の低下、つまり幹細胞の老化の影響が大きい。これが臓器や組織の機能が低下を招く。もう一つは、細胞が入れ替わらない臓器の細胞の老化で、脳と心臓だ」

面白いことに「ヒトの寿命は5060歳」と考えると言う。理由は、「遺伝情報(ゲノム)がほぼ同じのゴリラやチンパンジーの寿命が50歳前後」「哺乳動物の総心拍数20億回仮説」「ヒトバー55歳位からがんで亡くなる人数が急増。野生の哺乳動物でがんで死ぬものはほとんどいない」と言っている。興味深い話だ。

そこで「なぜヒトは老いるようになったのか」だ。「ヒトだけが」。子供が産めなくなると、すぐ死んでしまうのが普通で老後は無いのだが、ヒトとシャチとゴンドウクジラだけが老後がある。寿命の延長には「おばあちゃん仮説(おじいちゃん仮説)」がある。長寿遺伝子の進化があり、子育てに貢献したおばあちゃん、体力だけでなく知識・技術・経験や集団をまとめる長老の力(おじいちゃん)がある。「シニア」がいる集団は有利だった、シニア量産の正のスパイラルに突入したと指摘する。政治家は本来、そうした能力・経験・知識と集団をまとめる人間性であれと言っている。生物学的には「なぜ人だけが老いるのか」ではなく、老いた人がいる社会が選択されて生き残ってきたと言う。

こうしたことから、「経済も人口も縮小傾向の日本にあって『復活の切り札』はシニア」だと強調する。そのためにも病気を減らし「ピンピンコロリ」的な生き方をしようと提唱する。そのために「ゲノムの脆弱部位、老化細胞除去」研究をしていると言う。

そして超高齢者の価値観は「物質主義的・合理的」な世界観から「宇宙的・超越的」世界観に変化していることを生かせと結んでいる。死を意識し、公共を意識する老年的超越によって、人生は楽しい幸せを感じるものになる、社会も喜ぶ。ヒトだけが獲得した「長い老後」には重要な意味があったと言うのだ。 


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331日、桜はまだまだでしたが、各地域で「桜まつり」が行われ、多くの人が集いました。強い日差しで、東京の3月の観測史上最高の28.1度にもなり、北区飛鳥山の「さくらSAKASOまつり」では、かき氷が人気を集めるほどでした。浮間舟渡駅近くでは「舟渡桜まつり」が盛大に行われ、様々な催しが披露されました。

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昨年はまだ、コロナ禍の中にありましたが、今年の人出は凄いものがありました。多くの人と懇談ができ、近況を語り合いました。互いに「変わりませんね」といっても、健康の話が多くなります。有意義な「桜まつり」となりました。


hoshiwo.jpg「汝、星のごとく」で語りきれなかった愛の物語。「春に翔ぶ」「星を編む」「波を渡る」の3篇がある。

「春に翔ぶ」――。瀬戸内の島で出会った櫂と暁海の愛の物語が前作。「ぼくの過去は石を投げられる類のものです。でもぼくは後悔していない。・・・・・・ぼくたちは、生きる権利がある」「わたしは愛する男のために人生を誤りたい。わたしはきっと愚かなのだろう。なのにこの清々しさなんだろう」――。この世界には、生きることの不自由さが充満している。その不自由さを、自らの人生を自ら決め、自ら選ぶ。自らの人生は自らを生きるしかない。そうした前作のテーマを、2人を支える教師・北原を通してより深く描いたのが今回の「春に翔ぶ」だ。「情は人のためならず」と言い続けた北原の父。世間的には"善人"ではあるが、自分は常に後回しにされ続けたと不満と怒りをため込んでいた26歳の高校教師・北原。市内で有名な明日見病院の一人娘・菜々と出会う。菜々は北原の高校の生徒だったが体調が悪く悩みを抱え込んでいた。なんと彼女は妊娠をしていて・・・・・・。北原は驚くべき決断をする。「心地よかった。ぼくは初めて、自らの意思で、誰にも忖度せずに、自らの生き方を選んだのだ。愚かしい選択ではあったが、それがぼくと言う人間だったのだ」・・・・・・。

「星を編む」――。青埜櫂は小説を、久住尚人はイラストを描き、原作と作画のコンビで人気となった。しかし尚人の淫行疑惑をでっち上げられ、連載は打ち切り、既刊は絶版となる。そして尚人は自殺、その後櫂は病死する。櫂の才能を見出していた柊光社のヤングラッシュ編集長・植木渋柿は、櫂たちの漫画を復活させ、未完に終わった物語を完結させようと企画する。また薫風館のS a l yu編集長の二階堂絵理は櫂の小説を刊行しようとし、互いに連絡を取る。才能という名の星を輝かせようと魂を燃やす。落胆させることが次々に起きるが、「追いかけるのをやめたら、それが本当の夢の終わりだ」「美しく理想どおりに整った愛などない」「わたしも植木さんもみんなも、それぞれの場所で頑張っている。わたしもまだやれる」・・・・・・。光り輝く櫂と尚人の魂を愛し、編んで、物語を必要としてる人たちへとつなげること、「星を編む」に進んでいく。仕事、夫と妻、それぞれの感情の襞が実に情感をもって描かれる。

「波を渡る」――。暁海、北原などのその後の人生が描かれる。櫂の「汝、星のごとく」が映画化される。「暗がりで発光するスクリーンの中に、あのころの櫂くんがいた。あのころの暁海さんがいた。あのころの僕がいた。尚人くんが、植木さんが、二階堂さんが、みなそれぞれの人生を精一杯生きていた。客観的に見れば愚かで、歯がゆくだからこそ愛しい・・・・・・」「(互助会形式とはいえ)暁海さんと結婚したときは、教師と元教え子が・・・・・・眉をひそめる人が多くいた。学生時代まで遡って櫂くんとの三角関係を邪推する人もいた。・・・・・・しかし、それぞれが個であり、自らの人生を生きているだけであり、それを他へ啓蒙したことはない」・・・・・・。

「けっして、自分の人生の手綱を手放さないこと、世間の正しさに背いても自分を貫かなければいけないときがあること」――それを愛の物語によって、静かに丁寧に優しく描いている。 


himituno.jpg「南総里見八犬伝」の曲亭馬琴。「私は唐土の『水滸伝』に匹敵する小説を書きたかったのだ」「史実の種を見出し、文章を耕して種を蒔き、大いなる虚を育てる。それが稗史小説たるものの、執筆作法であり、読む面白さであり、作そのものの真だ」――狷介、不遜とも言われた馬琴の生涯を生々しい息遣いと素顔の中から描く。

「私はその型から脱却したい。虚実の按配を変えて、歴史をより深く考証する。・・・・・・誰も読んだことのない天衣無縫の物語を紡ぎたい」「『ならおれも、挑むとしよう』と北斎は湯帷子の袖を肩まで捲りあげた」――「椿説弓張月」の北斎とのコンビ絶妙。

(山東京伝の言葉が耳に入った)あたしは馬琴と交わって20年だが、近頃はますます気韻高く、結構なことさ。見事に山嶺に登り詰めたね。でもなにゆえ、時には山麓に下りて遊ばないのかねえ。麓から嶺を見上げたら、絶壁も断崖も、よく見えるものを・・・・・・増上慢だと非難されたような気がした。いかに師であろうともはや志が違うのだと思い知り、肚の底が冷えた」・・・・・・。「京伝の通夜、葬儀にも行かなんだ。・・・・・・わしは、一人で誰の力も借りずに、日本一の戯作者になりおおせた、そう思いたかった。狷介、不遜と謗られようとも、一個の作者として屹立したかった。京伝の師恩を踏みつけてでも」・・・・・・。

「渡辺華山よ、胸の中で呼びかけた。なにゆえ自制せなんだ。・・・・・・『八犬伝』を読んで気づかなんだのか。わしとて、昨今の政には存念がある。『八犬伝』で勧善懲悪を貫き通すは、悪の本性を問いたいがためだ。それは一個の無頼、蛮勇とは似て非なるもの、最も憎むべきは権力の悪ぞ。八犬士はその非道、無能、無慈悲と闘い続けておる。権力を持つ者こそが、仁義礼智忠信孝悌の珠を持たねば、天下が収まらぬではないか」・・・・・・。馬琴の息遣いと心の中が伝わってくる。

馬琴の人生は、波瀾万丈。大名の家臣の家に生まれたが、若き主君・松平八十五郎君に仕えるが、これが粗暴極まりない男で生傷が絶えず出奔。放浪の末、当代一の戯作者山東京伝の門をたたき、更に蔦屋十三郎の店に奉公して戯作の道に踏み出す。やがて独自の小説、読本作家として立ち、人気を博するようになる。しかし、妻はいつも苛々、不平不満、不機嫌で馬琴に当たり散らす。頼みの息子は医者として士官できるが病弱、出仕も滞りがちだ。板元とのトラブルは日常茶飯のこと。締め切りに追われて、体を酷使して、書き上げる毎日。その中で息子と共に庭の花園で草花を育てるのは、かすかな楽しみであった。

馬琴の素顔、日常の哀歓と凄まじい創作意欲が伝わってくる作品。


rekisikara.jpg激変するアジア情勢――外務省中南米局長、外務報道官、駐ベトナム大使、駐ベルギー大使・ NATO日本政府代表を歴任した著者が、「国を理解するには歴史から始めよ」の教えを胸に、アジアの潮流を歴史から読み解く。見識の詰まった面白い著作。経済・軍事大国になった中国の動向が最重要だが、近隣アジア諸国の思惑はそれぞれ複雑で違いを見せる。「食は民の天なり」を地で行く東南アジア。中国、韓国との関係は重要だが、長期的に見れば「 ASEAN諸国との関係発展こそ一段と重視すべき」と言う。

「『異文化の衝突』の視点から見る日韓関係」――。同文同種とされたようだが全くそれは幻想。尚文軽武vs武士道精神、崇儒排仏vs神仏習合、派閥党争vs和の精神。このように全く違うのだと言う。

「合従vs連衡の時代に入った東アジア」「永楽帝と習近平を隔てる600年の歳月」「習近平が『皇帝』になった日」「中国におけるナショナリズムと『民族』」などで、古代中国の歴史、儒家、漢族中心主義のナショナリズムなどを対比しつつ現在の中国が述べられる。「東南アジアに浸透する中国の影響力」として、関係の深まりとともに、蓄積される  ASEANの懸念が描かれる。

「日中越トライアングルへの視点」――。元寇と日露戦争の逸話、ベトナム庶民の嫌中感情の高まりとベトナム共産党の親中姿勢。ベトナム内政のコロナ禍の二大汚職事件、驚天動地の国家主席辞任劇、日越関係50周年と今後の展望が現場に即して語られる。

そしてインド。大国インドの歴史は複雑で厳しい。「カシミール問題」「パキスタン問題」「ヒンドゥー教とイスラム教」「高まる中国の脅威と経済依存」「武器とエネルギーと原子力のロシアとの関係強化」「ソ連邦の崩壊がもたらした印米接近」「モディ首相のグローバルサウス構想とその盟主」「インドのナショナリズムとヒンドゥー教至上主義の共鳴」・・・・・・。

現地、現場と歴史の時間軸の人間・文化論を交えての現在のアジア情勢分析は説得力を持っている。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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