20211122_101723.jpg 1637543814591.jpg

コロナ禍で止まっていた地域行事が少しずつ戻ってきました。20、21の土日――。北区陶芸展、藤延会秋の舞踊会などが行われました。文化の秋です。文化は人の心を豊かにし、鍛え、魂の奥底を動かすもの。「陶芸の作品をまた出品してくださいね」とも言われ、多くの方と懇談できました。


gyakutenmuzai.jpg歴史作家・河合敦氏の「ねね」を扱った小論「秀吉の正室として、留守・交渉まで行い信長、家康も一目置く」を公明新聞で読み、今年発刊された本書を手にとった。道鏡、平将門、平清盛、北条政子、足利尊氏、髙師直、日野富子、斎藤道三、松永久秀、明智光秀、小早川秀秋、由井正雪、徳川綱吉、吉良上野介、田沼意次、井伊直弼、大久保利通など"悪人"とされてきた24人をあげ、「本当に悪人だったのか」を分析する。いずれも「裏切り者」「卑怯者」「悪人」のレッテルを貼られた有名人だが、本当はどうか。

「歴史は勝者によってつくられる」「一次史料がない」「後に、歌舞伎や浄瑠璃などでドラマチックに仕立てあげられる」「当時の事情を調べると、そういう役目を担わされた人物でもある」・・・・・・。意外な真実が近年の歴史研究で明らかになり、「逆転無罪」と断言できる者も数多くある。「完全無罪としたい」というのが、例えば「北条政子(源頼朝を尻に敷き、実家のために息子を殺した嫉妬深い女―→むしろ悪いのは浮気性の頼朝であり、息子の頼家を殺したのも政子ではない)」「徳川綱吉(生類憐みの令を発し、違反した人間を問答無用で厳罰に処した暗愚な将軍―→生類憐みの令は戦国の野蛮さをなくし、忠孝・礼儀という儒教道徳をもつ人々の意識改革を促す目的で出されたものであり、良い内容であるうえ、処罪者は少なかった。巷説は嘘ばかり)」「田沼意次(賄賂政治を行い社会全体の退廃を増長させた男―→賄賂の授受は政敵の松平定信派の作り話にすぎず、経済感覚にすぐれた大胆な政治家だった)」である。

足尾銅山の鉱毒が環境破壊を起こしたことで、古河市兵衛は糾弾されるが、「鉱毒問題では改善策を講じており、市兵衛のおかげで鉱業が発展し莫大な国益をもたらしたから無罪」としている。小早川秀秋については「関ヶ原での寝返りは敵味方とも承知のうえだった」とし、井伊直弼についても「安政の大獄は側近の"ウソ報告"がきっかけだった」とする。石川五右衛門などは、一次史料でその名を確認することはできておらず、その名が登場するのは死後のこと。浄瑠璃や歌舞伎で格好の題材となり、尾ひれがついて天下の大泥棒・石川五右衛門ができあがったとしている。


tatibana.jpg「東大生と語り尽くした6時間」「『二十歳の君へ』立花ゼミ特別講義を再編集しました」「20106月に文藝春秋で立花ゼミ生に向けて行った講義録」というもの。当時も、今もきわめて刺激的、そして根源的。知的レベルが異次元。生死、脳、サイエンス、デカルト、世界史、地政学、宗教・・・・・・森羅万象についてトップの人物に会い、学び、研究し、「自分で考える」ことに徹している。凄い。

「死へ向かう身体(腎臓では体内生産の老廃物は全部出すが水分は出さない)」「三島由紀夫の死の凄惨な現場(公安の写真、公安組織のとことんまでのニヒリズムの空恐ろしさ)(伝えられないリアリティの細部)」「脳内コペルニクス的転回(天動説を一掃せよ、極座標中心思考からx軸、y軸のデカルト的座標中心思考に切りかえよ)」「臨死体験こそ死後の世界の存在を否定するものだと考えるようになった。しかし、死に対する恐怖がなくなっていった。死の最後の一瞬を飛び越えやすくするものとして、臨死体験を構成する諸現象を自然に体験するメカニズムが人間の生得の心理・生理機構の一環として組み込まれているのではないか、と考えるに至った」「唯我主義も、実存主義の主張も僕にはナンセンス。実存主義者が何万人死のうと、すべて世はこともなし、なのだ」「猿人、原人、クロマニヨン人の脳容量とホムンクルス像型脳機能マッピング」など、ズバッと語る。

「本を読みすぎたと思う。この世にある本の相当部分は、頭の悪い人が書いた頭の悪い文章の羅列で、読む価値がない本です」「この世のあらゆる問題の正解はひとつではない。大学入試までは、すべての正解がある問題に取り組めが良かったが、重要な問題ほどよく分からないものだ。我々はどう暗中模索して解を見つけていけばいいのか。第一にやるべきはわけのわからなさの整理(ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」では「およそ語りうることはすべて明晰に語りうる。しかし語りえぬことについては沈黙せねばならない」という)」「事実は小説よりも奇なり(小説はくだらないと思うようになって読むのをやめた)」「種の起源。現在も進化している」「デカルトの根底は『明証性の原理』だが、デカルトの時代はあらゆる意味で終わった。19世紀までだ。量子力学とアインシュタインの相対性理論で20世紀知的世界像は始まった」「地理学は"人文地理"という特殊な地理を勉強してきたが、本来は"地政学"だった」「リアルな歴史――あの時代の日本の学生は"左翼主義"だったが、20才にかけてヨーロッパに渡って反核平和運動を見て、それから離れることができた」「世界情勢は複雑怪奇、真相は深層に(ゾルゲと南進情報とソ連のシベリア鉄道を使っての"モスクワ攻防戦""西部戦線")」・・・・・・。思索のレベルが圧倒的に違う。


zeami.jpg佐渡に流刑された世阿弥は、何を思い、いかに暮らしたか。観阿弥を父とした世阿弥(1363年~1443年?)は、足利義満に庇護されて申学を深化、「風姿花伝」を著す。次の将軍・義持は申学より田楽を愛し、その次の義教は極端な弾圧に走り、1434年には世阿弥を佐渡に流刑とする。遠き北海の佐渡の島に、72歳になる老いたる世阿弥を流したのだ。しかも、座のすべてを任せ、頼んだ愛息の元雅はそれに先立つ1432年、伊勢で客死している。老いた佐渡の世阿弥は何を考えたのか。その至った境地を描き出す。世阿弥の世界を描くだけに、本書をいつの間にか声を出して読んでいた。そんな傑作だ。

日蓮、順徳院、そして世阿弥。「世阿弥の芸の力が、人心を惑わし、室町殿の政を損ずると危惧したのではあるまいか」という。都を出て、若狭小浜の港から佐渡へ。大田の浦や万福寺、八幡、泉へ。世阿弥はその時々、その土地土地を舞台に小謡を書き溜めていく。世阿弥を迎える佐渡の人々の心は暖かく、尊崇され慕われる。都から世阿弥に随伴する観世座の笛方・六左衛門、本間家家臣・溝口朔之進(得度して了隠)、佐渡の無邪気な海人の倅・たつ丸、おとよ、峯舟住職・・・・・・。そして佐渡の光、深いにおいの潮風、銀の浜、山川草木の息遣い、澄みわたる月、波もまた生まれよう時の盛り上がりと溜めが調べとなった。「この70を超える老翁の、これからの生き様に面白さを覚えている己がいた」とその境地を描く。世阿弥は都を思いつつ島で死した順徳院の無念の心を追い、客死した息子・元雅を思い、西行に思いをはせるのであった。そして、この佐渡の地で咲く「西行桜」を島の者と共に演ずるのだ。

「離見の見(花鏡)」「態と態との空隙こそ大事とする『せぬ所』」「一心わが万象、ただあるということ」「己の老木にまことの花が咲いてから(都に帰るも帰らぬも)」「私はこの佐渡で己のまことの花を咲かせとうございます」「世阿弥の花は都でだけの徒花(あだはな)か真の能の花か、翁となった己を見ているのでございます」「小さき一点に十方世界が含まれる一即多、多即一」・・・・・・。宇宙と我、生と死のあわい、幽玄の世界――喧騒の現代では深められない生命哲学の世界が、世阿弥の深き感知と境地を重厚に描くことによって開示され迫ってくる。


86341.jpg

秋晴れとなった12日、東京女子医科大学足立医療センターの竣工式が行われました。足立区待望の大病院で来年の1月に開院となります。多くの来賓とともに出席、テープカットを行いました。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ