恋愛、結婚、職場の人間関係、契約社員、親の介護・・・・・・。ごく普通の女性が悩み、泣き、葛藤し、自分の気持ちを確かめながら歩んでいく。丁寧に心の襞を描いていく。
東京でアパレルの正社員として働いていた与野都・32歳。更年期障害を抱える母親の看病のために、茨城県の実家に戻り、アウトレットモールのショップで契約の店員として働き始める。恋愛、仕事、親の介護で、忙しい毎日、「自転と公転」の日々が続く。モール内の回転寿司店で働く貫一と出会い、愛し合うようになる。料理はうまいし、優しいが、中学卒の貫一は経済的にも不安定で、結婚についても心の整理ができない。職場でのパワハラや最悪の人間関係、両親共の健康不安など、不器用な都は戸惑い、悩み、流されていく。ごく淡々とした日常を描写するが、貫一と都(あたかも金色夜叉の貫一・お宮)がどうなるか、ハラハラする。
20年後の日本とベトナムにまで、話は展開する。"回り道"だらけの人生だが、温かい。
「名のない毒液と花」「落ちない魔球と鳥」「笑わない少女の死」「飛べない雄蜂の嘘」「消えない硝子の星」「眠らない刑事と犬」の6篇が6章となっている。しかもその本文が一章おきに上下逆転して印刷されているという不思議な本。読みづらいこと甚だしい。自然数=Nとすると、パターンの数はNの階乗。6ならば6×5×4×3×2×1で720通りで、「あなた自身がつくる720通りの物語」とある。どんな順番で読んでも、その物語ができるというわけだ。
「名のない毒液と花」――ペット探偵・江添&吉岡。湾に浮かぶ小さな無人島に犬を見つけようと向かうが、そこで母を失った少年を見る。「落ちない魔球と鳥」――「死んでくれない?」と大型インコのヨウムがしゃべる。その謎を解く高校生。「勝った人は強くて負けた人は弱いのか」「殿沢先輩からのあのメッセージが送られてこなかったら、本当に兄は死ななかったか」・・・・・・。「笑わない少女の死」――40年近くも教壇に立ってきた中学校の英語教師がラフカディオ・ハーンのアイルランドに行くが、英語が通じない。そこで母を亡くした少女に出会う。「少女を殺した犯人を、私だけが知っている」。
「飛べない雄蜂の嘘」――「お前が俺の人生をこんなふうにした」と暴力をエスカレートさせた男を殺す。「俺、この男を殺しに来たんです」と遺体をボートで運んでくれた侵入者の正体とは・・・・・・。「消えない硝子の星」――アイルランドで看護師として働く男。終末期医療を受けている母ホリー、そして娘のオリアナ。「カズマ、ママの病気が治らないこと、わたし、ずっとわかってたの」「神はいるか。神様はいない、不信心な私も、実際のところ、そう思って生きてきた。でも、人間だって無能じゃない。できることはたくさんある」「ホリーがあんなに生きてくれたこと。オリアナがふたたび笑顔を見せてくれたこと」・・・・・・。奇跡を観た看護師の話。「眠らない刑事と犬」――街で50年ぶりに起きた殺人事件。その夜、一匹の犬が殺人現場から姿を消す。ペット探偵が動くが、それを女性刑事が追う。「私も江添の母親と同じだったのだ。いちばん信じなければいけない相手を疑ってしまった」・・・・・・。
1つ1つが、かなり濃密な人間心理の深層を抉る物語。
物語は極めてシンプル。しかし、帯にあるように主人公の語り(青山文平さんの語り)、そのリズムに酔う江戸の街の感動作。
一季奉公を重ねて42歳にもなった男――。一万石を超える貧乏藩の江戸屋敷。そのお手つき女中・芳の二度と戻れぬ宿下がりの同行を命じられる。芳は殿様を退かされた老公(といっても今21歳)に底惚れしており、男はまた密かに芳に想いを寄せていた。同行する2人。初めての極楽を味わったその夜、芳は男を刺し、そのまま姿を消す。「俺の腹に突き刺さった匕首」「お殿様を笑い者なんかにさせない」「芳は百姓の嫁に収まるつもりになんぞ毛頭ねい」・・・・・・。「すんげえなあ、芳は。あんなすんげえ女に終わらせてもらえて。ありがたさが染みいる」のだが、男は一命を取り止めてしまう。
男は「芳は自分が人を殺したことを信じ込んでいる」「人を殺めていないことを芳に伝えたい」「芳はどっかの岡場所に沈んでるんだろう」と懸命に生き、やがて江戸の岡場所の顔になる。ひたすら芳を探し、待つのだ。それを助ける銀次、かつての大名屋敷で働いていた下女・信。銀次が抱えたもの、信が持ち続けた底惚れ。貧しい江戸庶民の姿、その心に沈潜する一途の愛が、感動的に浮かび上がる。
