20210919_151238.jpg台風の影響で雨模様となった18日、地元地域を回りました。「ワクチンや治療薬などのコロナ対策の状況」「台風など災害対策の地元の現況」など、さまざま懇談をしました。

また、夕方からは大塚天祖神社の「令和3年 氏子各町清祓行列」が行われました。例年の祭礼とはまったく違う縮小した行事となりました。大塚駅南口広場からは、各町会の提灯も加わっての行列となりました。


鳥居の密室.jpg珍百景にもあげられる京都錦小路の錦天満宮の鳥居。参道の両脇ギリギリにビルが建てられ、なんと鳥居の両端がビルにめり込んでいる。その鳥居が刺さる建物で密室殺人事件が起きる。

時は東京オリンピックが終わった39年の暮れ、クリスマスの朝。鳥居脇の1階で半井肇の妻・澄子が絞殺され、肇は早朝、京阪電鉄の始発に飛び込み自殺をする。鳥居がめり込んでいる2階には8歳の娘・楓が寝ており、枕元にはサンタクロースからの贈り物が置いてあった。夢にまでみた初めてのサンタからの贈り物と両親の死の悪夢。楓をとても可愛がってくれていた父の鋳物工場で働いていた国松信二が殺人犯として逮捕された。しかし、完全な密室。2階にはクレセント錠、1階にはスクリュー錠がしっかりかかっていた。誰も入れないはずの完全な密室に、サンタクロースと殺人犯、天使と悪魔が入ってきたというわけだ。

この謎に登場する御手洗潔。事件周辺に、不眠に悩まされたり、小さな物が朝動いているという不思議な現象が起きていることを知り、物体の「固有振動」と「共振」現象にたどりつく。私が京大土木工学科で、卒論・修論で取り上げた振動論だ。これが出てくるとは思わなかった。このミステリーは単なるトリックの謎解きでは終わらない。逮捕された国松の生い立ちと人生、楓の両親や育ての親、そして国松への思いなど、まさに人間ドラマが交錯する。「科学と人間」がミステリーのなかで包み込まれる感動傑作。


江戸おんな絵姿十二景.jpg「私がはじめて時代小説を書こうと思いたった時、北斎や広重の絵がひとつの入口になった。浮世絵には無限の創造力をかきたてる世界が隠されている。その中から12の場面をえらんで小説をつけてみることにした」という。喜多川歌麿、鈴木春信、鳥居清長、礒田湖龍斎、月岡芳年、歌川国貞、鳥文斎栄之、歌川豊国らの浮世絵が、読後に、より豊かに立ち上がってくる。

主人公はいずれも女性。江戸の町の喜怒哀楽、夫婦の機微、女性のかすかな喜びと不安と安堵感等が、静謐のなか描かれる。

味わい深い。


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曇り時々雨となった12日(日)、地元を岡本みつなり衆院議員とともに回りました。

「コロナワクチン」「子供の学校のこと」「商店街の人出や、コロナ対策の努力」など、様々な懇談をしました。ワクチンと抗体カクテル療法等の"2つの武器"が現場に浸透し始めているようです。コロナ対策の加速と拡充に更に頑張ります。


山崎正和の遺言.jpg「潮」の「令和に生きる日本人へ。」の中で、混迷の時代を生きる日本人に向けて、山崎正和さんは三つの遺言「過去と歴史の教訓から真摯に学ぶ(目の前のことで騒ぐのではなく、大きな歴史的文脈の中で考える)」「社交の技術」「読書の大切さ(時空を超えた社交そのもの)」を遺しているという。「鴎外 闘う家長」以来、日本の「知」を牽引し、「サントリー文化財団」を舞台に「知のサロン」を創造し、劇作家を文字通り演出してきた山崎正和さん。本書は山崎さんの思想と行動の骨格をくっきりと浮かび上がらせている。何度も事あるごとに話を聞きにおうかがいし、また著作もかなり読んできた私にとって、あの時、この時の言葉の意味がより鮮明になった。「山崎さんは、多くの人に大きな知的刺激と幸せの余韻を残して旅立たれた」と片山修さんは結ぶが、本当にそうだ。

「佐治敬三のDNA(彼は儲かるかどうかより、『おもろい』かどうかという感覚、感性を大事にした。経済的な損得よりも文化的な価値があるかどうかを判断基準)」「脱工業社会、モーレツからビューティフルの1970年代。山崎さんは人びとが時間を消費し、『社交』を楽しむようになるとして、ハードな組織集団から柔らかな集団に帰属する『柔らかい個人主義』の誕生を上梓した。消費は自己発見であり、社交の一環であり、文化そのものであり、知的な活動だ」「山崎は文化財団という戯曲の作者であると同時に、プロデューサー兼演出家でもあった」「私は根本的に文壇嫌いで小林秀雄という人について、非常に違和感があった。ああいうことはやるまいと。江藤淳は小林秀雄の跡継ぎになりますね。・・・・・・学芸賞において山崎はタコつぼを破壊し、国際性や学際性を重視して真のインターディシプリナリを復活させようとした」「論文に求められる『芸』――部分でなく全体でとらえる眼差し、一般の人たちの素朴な疑問や常識的な感覚からものを見ているかどうかを選考の重要なポイントとした。学術賞でなく、あくまで学芸賞とした(劇作家)」「地域文化賞――『文化』と言っているのは、言ってみたら『遊び』のこと、奇想天外で独創性がある(研究するのではなく、自らプレイヤーとして地域に参加する)」「学派、学党の集まる研究会でなく、日本の知的社会の構造改革、文化財団の『知のサロン化』、対話と論争の『場』、『社交』だ」「組織社会から社交社会へ――人間は社会的動物であるよりも、むしろ社交的動物だ」「『リズムの哲学』を考える――人生のリズム、孤独死と近代的自我」・・・・・・。

国家を支えるのは、文化である――戦後日本の成熟を信じた『知』の肖像」と帯にあるが、「ものを考え、それを文章にすることを生業にしてきました」と言う山崎正和さんの人格が迫ってくる。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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