台風12号が通りすぎた29日、地元では、強い陽射しのなか多くの行事が行われました。
「トレセン通りウォーク・スポーツフェスタ」「子ども祭り」「流しそうめん大会」「町会・自治会・商店街の盆踊りや納涼祭」など10ヶ所以上に参加しました。
「トレセン通りウォーク・スポーツフェスタ」では、北京五輪・陸上4×100mリレー銅メダリストの朝原宣治さんやロンドン五輪・競泳4×100メドレーリレーの銅メダリストの上田春佳さん(北区スポーツ大使)など、アスリートの方々も参加。会場には未来のアスリートをめざす多くの子どもたちも参加し、大変に盛り上がりました。
そのほか各会場とも夏休みを楽しもうと、たくさんのご家族連れの方が参加されており、挨拶・懇談をしました。
またこの日、JR板橋駅に待望のエスカレーターが設置・稼働となり、宮島修区議(北区)と共に視察しました。駅利用者の方々に喜びの声が広がりました。
西郷隆盛については、あまたの研究があり、語り尽くされている。家近さんにも大著がある。本書はそのうえで、素朴な「なぜ」を「西郷自身の人物」「周りの人々」「時代」等から突きつけて迫る。「なぜ辺境ともいえる薩摩か」「薩摩藩内の真の主役は誰か」「なぜ西郷が"図抜けた存在"になったか」「なぜ大久保と確執をもち、なぜ自滅したか」等だ。
西郷の評価は、「小さなことには拘泥しない泰然自若、清濁あわせもつ大人物」と定まっている感がある。しかし、そのイメージとは落差があるという。「誠実・無私・情義に篤い胆のすわった人物」は間違いないが、「繊細かつ律儀」「都会的でエレガント」「人目をはばからず涙を流し、人の好き嫌も激しい」「神経が細やかでストレスに悩まされる」「相手との駆け引きを楽しむ」「結構用心深い」などだ。そして感受性や庶民との同苦は生来のものではあったが、「沖永良部への流島」が思慮深く、志操堅固な西郷に変身させたという。
そして西郷をめぐる7つの"謎"に迫る。「なぜ早い段階で自決しなかったのか」「なぜ商人肌の人物を嫌ったのか」「なぜ写真が残されていないのか」「なぜ無類の犬好きとなったのか」「なぜ徳川慶喜を過大評価したのか」「なぜ庄内藩に対して寛大な措置を講じたのか」「立憲制の導入や共和政治をどう考えていたか」――。
加えて「西郷に代わる存在となりえた人物」「西郷の人格と周辺のライバルたち」などが、簡潔にまとめられているのは大変面白く、"西郷像"が浮き彫りにされる。
27日、さいたま市で開催された矢倉かつお参院議員(参院選予定候補=埼玉選挙区)の政経懇話会に出席、挨拶をしました。これには西田まこと参議院議員(=公明党埼玉県本部代表)、各界の代表をはじめとする来賓が出席。多くの方々と懇談しました。
矢倉さんは、「中小企業を全力で応援していき、埼玉、そして日本のために全力で働いていきます」と決意を述べました。私は、「防災・減災、そのためのインフラ整備に全力をあげる時だ」「公明党はどこまでも庶民大衆の側からものを考える」「公明党の主張で社会保障が本年度予算の柱になった」「どこまでも現場第一、行動第一で頑張るのが矢倉さんだ。国際的にも頑張れる力がある」と述べました。
「技術」ということから「現地・現物・現人」の「3現」で各地を歩くと、日本の現在が見えてくる。先人の知恵・努力、技術者の苦境と弱点、日本の未来に技術の果たすべき役割と方向性――。技術という角度で、日本を見つめることの重要さを感ずる。政府も企業も官僚も。「現在の日本の苦境は、出来上がったものを手に入れることに慣れてしまった技術者自身の弱さに発している」「日本の技術者たちよ、道なき道をゆけ」という。
「技術は経営と切り離しては成り立たない。日本の製造業は良い物を作ることに心血を注いできたが、"良い物"というだけでは価値は生まれない」「『田老は巨大な防潮堤を作って津波と戦ったがうまくいかなかった』などの見当違いの記事が書かれるが、防潮堤は侵入してくる水の量をできる限り少なくし、住民が避難する時間をかせぐための構造物なのである」「"水をいなす"信玄堤の知恵」「明和の巨大津波と石垣島の津波石」「知識と行動を結びつける"行動回路"ができていない。日常的な訓練で、実際に体を動かして、自分の頭と体に"行動回路"を作る必要がある」「ダムと有田焼(磁器)」「"動かす"ことと"止める"こと」「制御安全と本質安全」「GDPとオートバイ、イミテーションを抱き込むホンダ」「"良い物"とは、顧客が"欲しい物"と技術者が"作りたい物"の間の"どこか"にある。技術者はその"どこか"を見つける努力をしなければならない」「利益の源泉は"物の世界"から"価値の世界"に移っている」「考えを作る――思考展開法」・・・・・・。
技術者の声が日本では小さすぎる。もっと大きくなることだ。そして技術者の側も"作りたい物"の狭い枠や組織の駒から脱して、日本全体の問題を直視して進め。きわめて重要・重大な指摘を真正面から受け止めたい。