27日(土)、静岡市で開かれた党静岡県本部大会(大口善徳県代表=衆院議員)に出席し、挨拶をしました。私は「政治は結果、仕事をするのが政治家の役割だ」「防災・減災、社会保障、景気・経済、外交など公明党は今、すべてにわたって実績をあげている」「静岡県においても、中部横断自動車道、浜松三ヶ日豊橋道路のインフラ整備をはじめ、社会保障など生活全般に仕事をしてきた」と挨拶しました。
また28日(日)、秋晴れの好天気のもと、地元での多くの行事に出席しました。北区の「ジュニア野球大会開会式」「北区柔道大会」「北区ボディビルフィットネス選手権大会」「ボーイスカウトフェスタ2018」「連合町会の運動会」、豊島区の「豊島区消防団点検」「大塚商人まつり」、足立区の「江南住区まつり」、板橋区の「板橋市場まつり」など・・・・・・。多くの方々と懇談ができました。
10月23日は慶応から明治に改元されて150年。政府主催の「明治150年記念式典」が憲政記念館で行われ、出席をしました。この改元の記念日に合わせ、神奈川県大磯にある「明治記念館大磯邸園」が一般公開されています(12月24日まで)。大磯は伊藤博文や大隈重信をはじめ、明治政界の大物が別荘や邸宅を構え、「明治政界の奥座敷」と呼ばれていました。明治維新から150年にあたる本年、政府はこれらの歴史的建造物や緑地を一体的に保存・活用するため整備を進め、このほど公開となったものです。
先日大磯に行き、大隈重信邸や陸奥宗光邸などを、実際に建物の中に入って見ることができました。大隈公の肉声演説や大日本国帝国憲法、掛軸などのほか、日本庭園、応接室、食堂や五右衛門風呂など、歴史的遺産と生活感を感じることができました。
また、私の地元北区にある「古河庭園」は元々、陸奥宗光邸だったこと(陸奥の次男が古河電工の古河家に養子になった)もあり、大磯にある陸奥邸と密接に関係することがわかり、大変興味深い思いがしました。
さまざまな「生きづらさ」を抱えている人の現場。不登校、いじめ被害、ひきこもり、ニート、不安定雇用、メンタル不調、貧困・・・・・・。貴戸さんは「子ども・若者と社会とのつながり」を「生きづらさ」の観点から探求する社会学者。御自身が小学校時代を学校に行かずに過ごした当事者だという。社会とうまく馴染めず、"漏れ落ちた"人が感じる「生きづらさ」について、「コミュ障」「不登校」という現象から考察する。
1980年代、不登校は病理・逸脱であるとされ、対応は「学校へ行こうよ」との登校強制が主流であった。しかし、学校信仰は揺らぎ、不登校への偏見は弱まり、学校は相対化されるようになった。次いで「学校に行かない結果」の不利益・リスクを語る「その後」問題が注目され、就学・就労、さらには「社会とつながる」ことそのものの意味を捉え直す位相へと進む。世の中の「学校は行くべきもの」「まっとうな人間は働いているべきもの」との価値軌範は、"つまづき""漏れ落ちた"人は、そうでない人以上に感じ、おびえ、自己否定感・苦しさを増幅させていく。「多くの職場で要求される"コミュニケーション能力"なるものが、こうした人たちにとっての仕事へのハードルを、さらにいっそう引き上げている」という。
「コミュニケーション能力」と「コミュ力」にはニュアンスの違いがある。「コミュ障」に対応する「コミュ力」は、学校や職場で「和気あいあいと」「楽しく」「うまく」やるというのが焦点。「生きづらさ」を抱えたこの社会、空気を読んだり、人と付き合うのが苦手でも、人とつながって生きる――その当事者と周りの模索が語られる。
臨時国会が24日、開幕しました。会期は12月10日までの48日間。しっかりした論戦を展開します。
大切なことは、まず、補正予算を早期に成立させることです。補正予算の中身は、今年相次いだ自然災害からの復旧・復興への取り組みです。河川の強化や土砂崩れ対策、学校のエアコン設置や危険なブロック塀への対応を急ぐための予算です。また、法案では、外国人労働者の受け入れの入管法改正や、中央省庁の障がい者雇用水増し問題等から発する障がい者雇用対策、水道法、風力発電を促す法案などが焦点です。
どこまでも直面する課題について生活者目線で取り組みます。あわせて、来年度の消費税上げについての準備等をはじめとする税制改正にも取り組んでいきます。
また私は、懲罰委員会と情報監視審査会に所属し、今日は情報監視審査会が開かれました。
「超高齢化時代の科学・公共性・死生観」と副題にあるように、日本の医療制度の課題とか、超高齢社会の社会保障と財政などという問題を扱っているのではない。「持続可能な医療」という現実的問題を軸としながら「21世紀は世界人口の増加の終焉と人口高齢化の世紀となる」「高齢化問題とは人口動態の一局面である。人口問題を介して環境問題と高齢化問題は密接につながっている」「グローバル定常型社会と日本の位置」「死亡急増時代と死生観の空洞化」「持続可能な福祉社会の理念と政策」などと、視点は深く、広い。
「サイエンスとしての医療」「政策としての医療――医療費の配分と公共性」「ケアとしての医療――科学の変容と倫理」「コミュニティとしての医療――高齢化・人口減少と地域・まちづくり」「社会保障としての医療――『人生前半の社会保障』と持続可能な福祉社会」「死生観としての医療――生と死のグラデーション」の各章を通じて、超高齢社会に向かう今、広い観点からどのような視野をもつべきかを考えさせる。
「実は日本の医療費問題の"隠れた主役"は少子化問題である」「医療の"周辺部分"に現在よりも相対的に大きな配分を行い、通常の診断・治療分野への負荷を減少させ結果として医療システム全体としての費用対効果を高める」「混合診療の拡大は中所得者以上に恩恵があるなど問題が多い」「病院・診療所の医療費配分の見直しを」「公共性という視点が日本の医療では不足している」「介護という領域は市場経済に委ねるのではなく、公的な財政の枠組みで運営」「これからは労働集約的な(人手を多く使う)分野に資源配分を」「環境福祉税」「生命倫理とケアとしての科学」「地域密着人口(子ども+高齢者)の増加に対してのまちづくり」「高度成長期は"地域からの離陸"だが、人口減少・高齢化時代は"地域への着陸"」「子ども、若者への支援が日本の未来の持続性を高める」「基礎年金を税で手厚くし、報酬比側部分をスリム化する」「格差はフローを中心に論じられるが、大きいのは金融・貯蓄や土地等の資産格差(その分配策)」「生き方とともに逝き方の語り合いを」・・・・・・。数多くの提言がある。
