前著「未来の年表」は、少子高齢社会にあって西暦何年に何が起きるかを「人口減少カレンダー」を作成して俯瞰した。統計は、データのとり方によって異なるものだが、前提も含めて相当綿密に分析してカレンダーに仕上げる力業に感心した。今回は違う。人口減少・少子高齢化が人々の暮らしにどのような形で降りかかってくるかを、生活に即して明らかにしている。そして、あわせて「今からでも始められる対策」を提示した。
焦点は、「高齢者の高齢化」「独り暮らしの貧しい高齢者」の急増、女性高齢者の増加だ。しかも年間出生数は100万人を切ったのに比し、死亡数は134万人(2017年)。2040年頃には167万人に及ぶ予測だという。「あなたの住まいで起きること(家庭内事故の増大、大都市のマンションの廃墟化・スラム化)」「あなたの家族に起きること(8050問題、貧乏定年)」「あなたの仕事で起きること(中小企業の後継者不足、親が亡くなると地方銀行がなくなる)」「あなたの暮らしに起きること(人手不足、商品が届かなくなる、灯油難民)」「女性に起きること(定年女子が"再就職難民"に、高齢女性の万引き問題)」・・・・・・。
戦略的にどう縮むか、そして人口減少・少子高齢社会、AI・IoT・BT・ロボットの急進展、エネルギー・地球環境問題の3つの構造的変化にどう立ち向かうか。
きわめてパワフルな力作。ミステリー性も面白い。テーマはしっかりして、問題提起が読後も残る。臓器移植、積極的安楽死、動物の生命と人間の生命の差異、異種移植というこれからの重大問題・・・・・・。要するに生命倫理をどう考えるか、それをサスペンスとして人間の究極の愛と生命の問題として問いかける。
4篇と最後の一篇で成る。別々と思わせて4篇が最後の「究極の選択」に合流し、どんでん返しとなる。構成も刺激的だ。
第一篇の「優先順位」は臓器移植問題。意識不明の患者が病室から消えるという衝撃的な謎。次の「詐病」は厚労省事務次官が、"パーキンソン病"を演ずる。消極的安楽死ではなく、積極的安楽死問題が提起される。第三篇の「命の天秤」。舞台は感染対策をしっかりやっている養豚場。ところがある日突然、母豚の胎内から子豚が消えてしまう。動物愛護団体と種による命の選別問題。そして次は「不正疑惑」。真面目な学術調査官が「人間として赦されないことでした」として自殺に至る謎。そして最後の「究極の選択」。「異種移植は人類史上、最も罪深く、最も希望を孕んだ医療だろう」「命の倫理とは一体何だろう」と、真実の追求は、生命倫理、医学、家族愛等々の根源的問題へと収斂していく。
「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」の福岡伸一さんが、ロックフェラー大学のノーベル賞受賞者たちと「生命科学」の最先端について対談する。そして最近の「社会的利益を実現し得る学問」への偏重に警鐘を鳴らす。そして、「生命科学の本質に立ち戻れ」「生命科学の本質は、生命とはいかなるものか、生命とはいかにして生命たりえているのか、そのHOWを解き明かす営みにあるはずだ」という。対談等のなかで、黙々と気の遠くなるような実験・研究を繰り返す研究者の日々が浮き彫りにされ、その謙虚、自然体、正確へひたむきな追求作業と科学の限界ギリギリを見つめて格闘する真摯な態度に感銘する。
対談は印象深い。「ロックフェラー大学という『科学村』の強み」「誰もが公正に扱われるチームづくり」「将来のリーダーを見つけ出す嗅覚」「科学における最大の障害は無知ではなく、知識による錯覚」「どれだけ目立って、インパクトを与えられるか」など、いずれも傑出した人間の境地を感じさせる。
テーマは「生命とは何か」「生命科学は何を解明してきたのか?」だ。生命科学史上、20世紀最大の発見はジェームズ・ワトソン、フランシス・クリークのWCによる「DNAの二重らせん構造の解明(二重とは相補性による情報の担保)」。「遺伝子の本体はDNAである」としてその端緒を切り開いたオズワルド・エイブリー。そして脳がどのように世界をコード化しているかという大発見に至ったデイビッド・ヒューベルとトーステン・ヴィーゼル(HW)。
「奔放で真摯な研究姿勢は、今の私の身体に深く染みついている」と福岡さんは語る。そしてGP2(グリコプロテイン2型)遺伝子を追い、ついに生命を動的平衡と捉えるに至った戦いの歴史を語る。膵臓、消化酵素、情報の解体たる消化、消化管は生命の最前線・・・・・・。じつに興味深い。
