現代社会の街の底には、さまざまな病理がうごめいている。マコトとタカシ、真島誠と安藤崇が"必殺仕置人"のように痛快に難問を解決していく。
「涙だらけの星」――。若手俳優のトップランナーが調子に乗った夜の振舞い。淫行疑惑を週刊誌に流すと脅される。はめられた訳だが・・・・・・。「鏡のむこうのストラングラー」――。出会いカフェで絞殺魔・ストラングラーが女の子に襲いかかる。被害者は12人にも及ぶ。
「幽霊ペントハウス」――。マコトの同級生で歯科医のスグル。結婚し、億ションの最上階に住むが、真夜中にコツコツと力なくものを叩くような音がするという。探ると全く意外な猟奇的な長期監禁事件にたどりついていく。「七つの試練」――。「いいね」が人を殺す。「いいね」によって人が死ぬ。「七つの試練」を始めたネットに青少年がはまっていき、「高所から飛び降りる」という七つ目の指令に巻き込まれていく。悪知恵の働くネット犯罪、これを始めたネットの管理人を追い詰めていく。
ますます複雑化、巧妙化する現代社会の闇に挑むシリーズ第14弾。
データを駆使して、日本社会の階級構造を過去から現在まで浮き彫りにする。「日本人はなぜ自分を『中流』だと思ったのか」――。まず質問の仕方が「上・中・下」のどれであるかを問えば、「中」と答える。「中の上」「中の中」「中の下」と分ければ、合計で「中」と答えるという誘導だ(「中」と答える人が9割)。第二に「総中流」がいわれるようになった1970年代後半は、高度成長の続いた直後であり、人々は所得も増加、「総中流の社会」に疑問をもたなかった。それに「中流」にひとつの理想をもった。しかし第三に、経済格差の拡大が何十年も続き、貧困層の増大は隠せない事実となり、自分の生活程度(豊かか、貧しいか)を各人が自覚するようになった。自分の生活水準が社会の中でどの位置にあるかが自覚され、「総中流」を信じなくなった。階層帰属意識が階層化し、所得の違いにかかわらず大多数の人々に共通される「中流意識」が解体した。所得的にも、意識的にも「総中流」が崩壊したのが今というわけだ。
中流には2つの「中流」がある。旧中間階級と新中間階級だ。前者は、経営者と労働者の両方の性質を兼ね備えた独立自営の人々、農林漁業・小売卸売業・建設業・不動産業、家業を営み、地域の町内会などにも参加する。後者は、企業内で資本家階級と労働者階級の中間の位置に占める管理職や専門職など、賃金も旧中間階級より高いが、退職後は「中流の生活」を維持できる人とできない人とに分かれる。両者の社会・政治意識は違うが、退職後の「中流」からの転落は共に懸念される(とくに旧中間階級)。老後のリスクだ。旧中間階級と新中間階級の分断――コロナ禍では、非正規労働者や自営業者が転落の危険にさらされている。現代日本では旧中間階級が減りすぎと指摘されているが、新中間階級もAI・IoT・ロボット時代では仕事を失う危険があると私は思う。
「中流」再生と「新しい"総中流"社会」が提唱される。「中流」の範囲を双方とも、自営への支援や労働時間短縮、最低賃金を上げるなどによって広げること。そしてすべての人に「中流の生活水準を保障する」、中流の生活を働き方改革や社会保障によって保障することを提唱する。
ジャーナリストの山峰健次は、第二次世界大戦のフィリピンで壊滅必至の日本軍の士気を鼓舞し、敵中突破させた伝説のトランペットを手に入れる。しかしそれによって"闇の男"に命を狙われ、逃亡することになる。恋人のヴェトナム人女性アインとの出会いと突然の死別。彼女が残した明治初期の凄惨な潜伏キリシタンの受難の記録、長峰もアインも自らのルーツが長崎にあったこと、戦争時にトランペットを所有し軍楽隊として従軍した天才トランぺッター鈴木の煩悶の手記との出会い、トランペットを追う謎のカルト教団・・・・・・。それぞれがからみ合って逃亡劇が展開する。
秀吉以来のキリシタン弾圧と、鎖国、さらに幕末と明治初期の潜伏キリシタンへの迫害・拷問は言語を絶する。「神はなぜ沈黙するのか」――。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」や遠藤周作の「沈黙」の問いが想起される。そしてあの戦争の悲惨と理不尽――。日本軍と前線に送られた兵士や日本人慰安婦とトランペット。こうした信仰、戦争、愛(御大切)を描く。
サスペンス「逃亡者」とは全く違った究極の人間存在を問いかける。
