この数日、何人もの人から「太田さん、公明党の動きが激しいですね」といわれました。5月後半からの2週間、「静かなる革命をしたい」と私にいっていた福田首相の動きが目に見え、そして常に公明党が「政策実現のアクセル」となっていることが、幾つもみられるようです。
5月17日に私は福田首相と3時間の会談。その日のぶら下がり会見で「高齢者を大切にする政策実現を」と訴えました。その後、党内で大きく論議が展開され、今週にも全体像を発表する予定です。
20日、公明党幹部と福田首相と懇談、「学校の耐震化の加速」を提起しましたが、これが政府・与党として大きく前進、いよいよ学校耐震化の補助率を1/2から2/3に上げる法案ができあがります。公明党が常に先頭を走ってきた成果です。
「クラスター弾の全面禁止」に政府が一気にカジを切り、公明の主張(23日には浜四津代表代行等が総理に申入れ)が、総理の決断を促すとの記事が、報道されました。
長寿医療制度の運用・改善では、地方議員の皆さんに呼びかけ、全県の意見を集約、舛添厚労大臣に申入れをしたのが5月28日。これが政府・与党案の軸となって、今、最終段階の詰めの作業が行われています。
アフリカの50か国以上の首脳が来日した「TICAD」。会議自体が歴史に残る成果をあげましたが、私はセネガル、ルワンダ、エリトリア、ケニア、スーダンなどの大統領やマータイ博士等と連続会談をしましたが、福田総理は40か国以上の首脳と会談。すさまじい動きですが、これが6月初頭のローマでの食糧会議、そして7月の洞爺湖サミットに連なることは間違いなく、いよいよ日本が環境、食糧などの重要課題のリーダーシップをとることとなります。
私が常にいい続けてきた消費者庁も大きなヤマ場で30日には中心となっている岸田担当大臣とも話し合いました。「生産者ではなく、生活者、消費者重視の政治・行政に」という福田首相の象徴的なものです。激しい攻防がありますが、消費者庁実現に進んでいます。
そして公務員制度改革。今国会では時間切れともみられていたこの改革法案が、ついに民主党との協議が成立。すでに衆院を通過、会期内成立のメドが立ちました。大きいことです。
「改革実現のトップバッター」、「福田内閣のアクセル役」、として、更に激しく動く決意です。
長寿の時代。誰でも皆、最後はひとりになる。「家族にみとられないと孤独死でこわい」というが、違うのではないか。今の社会"家族"する期間の方が短くなっており、とくに女性はひとりになる。そのためには、ひとり暮らしのノウハウを準備しておこうと上野さんはいう。
「不安とは、おそれの対象がなにか、よくわからないときに起きる感情だ」「ニーチェは"見捨てられていることと、孤独とは別のことだ"というが、"孤独死"のほとんどは、孤独とは無関係の短時間の死。
むしろ孤独死か自分の理想の死と、東京監察医の小島原将直さんが講演している」など、ひとりの側、死にゆく側からものをながめ、智慧をはぐくむことを示している。
「後家楽を楽しむ」「"いっしょに暮らそう"は悪魔のささやき」「"ひとりでおさびしいでしょう"は大きなお世話」「家で暮らしたいと家族で暮らしたいは違う」「都会に住むか、地方で暮らすか」「いっしょにごはんを食べる相手はいる?」「老後とカネ、老にガネを生かす」「家族に頼らない・頼れない老後のためにできた介護保険」「ピン・ピン・コロリ主義や予防重視は、いかに介護を受ける状態を避けるか、規格はずれの異物を排除しようとする人間の品質管理思想」「介護される側の心得」など、母のことを思いながら読んだ。
「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」――論語の中の孔子の言葉である。
人は皆、欲望に突き動かされて生きている。欲望には正(善)のものも、怒りや憎しみといった負の感情もある。
欲望のままに生きて規範を破らない、というのはどういうことであろうか――これを脳科学から述べている。
孔子に負の感情がなかったはずはない。年とともに正・負の感情が萎えてしまったわけでもないだろう。
むしろ凡人と同じように、立ち上がってくる心の中のさまざまな負の感情を、ポジティブに転換していく?魂の錬金術?のようなものを獲得したということではないか。そう茂木さんはいう。
脳の中で負や正は相対的という。好きキライも倒錯する。子供の時のビールは苦くてキライでも大人になると好きになる、といったのがそれだ。そういう負から正へのダイナミクスが脳の中にあるという。人生、ポジティブに生きよう、などといわれる。しかしポジティブにばかりなっていられないのが人生でもある。
ポジティブかネガティブかと、対立して捉えるのが正しいのではない。「肯定的な感情は、否定的な感情があるからこそ健全に育まれる」というのが茂木さんの考え方だ。それが脳だという。
泥の栄養をたっぷり吸って咲く蓮の花が美しいように、孔子の「七十従心」とは、怒りや哀しみもすべて引き受ける、あまりにも人間的な生の中から生まれた境地なのかもしれない。
昭和的価値観が20項目列記されている。その昭和的価値観に、皆とらわているが、時代は変わっており、若者に平成的価値観をもって生きよと呼びかけている。そのキーワードは多様化。
人の生き方は違う。競争してバリバリ働くことを望む人もおり、かたやボチボチ働いて、そこそこの暮らしを楽しむ人もよし。しかし、少なくとも、現在の日本社会が、若者にとって苦しいものとなっている(それは前著の「若者はなぜ3年で辞めるのか?」で明らか)ことは事実だ。
その雇用の最大の問題は、非正規雇用などが、既得権益をもつ先行世代によって、企業の生き残りということから若者などにシワ寄せされるということにある。しかもそれは野党などのうらみ節、単純な切り文ではなく、新たな成長を生むシステムへどう切り替えていくかという視点に立てと城さんはいう。
学歴偏重、大企業、終身雇用の一本線の昭和的価値から多様な生き方の平成的価値観へと社会が変わっていることをしっかり見すえ、21世紀の新しい日本の成長と成熟と改革を成しとげることをスタートせよと城さんは指摘している。
現状維持では日本の、そして若者の、未来はない。
新自由主義政策、経済重視型の民主主義、市場原理主義。
こうした米国の政策が、中流を急速度に貧困層へ転落させ、貧困層を最貧困層へ突き落としていく。
それらを、「貧困が肥満国民を生む」「民営化の極端な進展が、FEMAまでもつぶし(格下げ)、ハリケーン・カトリーナのニューオリンズの悲劇を生む」
「学校の民営化(チャータースクール)は立派な先進モデルではない」「病気になれば、たちまち貧困層に転落する世界一高い医療費、そして日帰り出産妊婦や医療過誤の多発」「戦争が派遣ビジネスとなっており、日本人も米州兵となっていること」「その徴兵自体が貧困層や貧困高校生、カード地獄に陥った学生たちをターゲットにしていること」などのルポを通じて明らかにしている。
読む時にずっと、日本のことを考えながら読んだ。
