防災・減災は日本だけでなく、世界各国の重要なテーマです。昨日21日、各国との防災協力でEUやタイの主要幹部と続けて会談を行いました。
タイのプロートプラソップ副首相との会談では、昨年の日・タイ首脳会談で合意した「防災協働対話」の早期の開催、タイの治水対策への我が国企業の参画など2国間の防災協力につ
いて意見交換を行いました。
また、EUのシュヴァイスグート駐日欧州連合代表部大使と会談し、日・EU間の防災協力の強化について正式に合意しました。これは、2011年の日・EU首脳会談を受けたもので、来週
の日・EU首脳会談を前にして当局間で合意したものです。
いずれも、防災先進国として日本のすぐれた技術や経験を提供する大きな意義を持つものです。
世界の防災をリードすべくしっかり頑張ります。
ミャンマーの激変は顕著だ。熱い。そして注目されている。2010年11月、新憲法に基づいての総選挙が実施され、2011年2月には国会でテイン・セイン大統領が選出された。軍も民主勢力も国民が求める経済発展を成し遂げなければならず、ともに自己改革を迫られることになる。政治も社会も明らかに激変の兆しがみられる。志向する経済改革、中国とインドにはさまれるASEANからのゲートウェイ。日本に好意をもってくれている大切な国である。
ミャンマーの歴史そのものともいえるアウン・サン、ネ・ウィン、タン・シュエ、キン・ニュン、テイン・セイン、そしてアウン・サン・スー・チー。歴史を紐解きつつ、いよいよミャンマーが新しい段階に入った。今度こそ入ったと元ミャンマー大使の宮本さん(私にとっては中国大使としてお世話になった)が期待を込めてミャンマーを語ってくれている。今年は政府間交流も盛んとなっている。
昨日10日、岩手県を訪れ、達増拓也県知事と懇談、復興に関する要望を受けました。
また、午前11時から行われた「宮古盛岡横断道路 簗川道路 開通式」に出席。「命の道路がやっと開通した」との喜びの声を聞きました。
その後、津波で甚大な被害を受けた宮古市の田老地区を訪れ、防災集団移転促進事業の計画について、山本正徳市長から現状の説明を受けました。被災地では、道路などの基幹インフラは復旧が進んできていますが、遅れているのは住宅とまちづくり。仮設住宅などに住んでいる地元参加者からも、「1日でも早く災害公営住宅に移りたい」との切実な声が寄せられました。
高台移転は、土地の取得等が隘路になっていますが、宮古市田老地区は、岩手県で最も多い285世帯の建設に向けて進もうとしています。
手続きの簡素化をはじめ、できることは何でも支援し、「復興実感」を進める覚悟です。
しっかり頑張ります。
東日本大震災から2年―。今年は何としても「復興を実感することができる年」にしなければなりません。
道路などの基幹インフラの復旧は、かなり進んできていますが、「まちづくり」と「住宅」の遅れが目立ちます。
昨日3月3日、仙台市に行き、村井嘉浩・宮城県知事、被災自治体、建設業団体、資材関係団体に出席していただき、入札不調や生コンなどの資材不足、技術者・技能者の不足などの諸問題を解決するための「復興加速化会議」を開催、現場の意見を聞くとともに、打開策の調整を行いました。
また、それに先立ち、仙台南部海岸の堤防復旧工事(生コンを極力使わないようコンクリート製品を活用)や、砂・砕石を置くヤード、生コン製造のプラントを現場視察しました。
地域によってずいぶん状況が異なっており、現場に即した手立てを組み立てることが重要だと改めて実感。広域での連携強化や国としてのプラント建設を私として打ち出しました。
頑張ります。
