ものづくりの反撃.jpg「我々3人は、バブル経済時にも、その後の不況期にも、金融危機時にも、円高で日本産業空洞化が叫ばれた時期にも、リーマンショック時も大震災の時も、良い現場を作り、(良い現場を)日本に残せと一貫して言い続けた。しかし今、ポスト冷戦期の低賃金国優位の局面が一段落し、グローバル能力構築競争の時代が来つつある中で我々は、日本を起点として"世界中に良い職場を残せ"と呼びかける時代になってきたと感じる」という。冷戦終結後のグローバル競争のなかで、最も激戦地であった貿易財の領域で、賃金20分の1の中国の登場をはじめ、数々のハンディを背負いながら、逆境に耐え、鍛え、強くなり、持続してきたのが、今の日本の貿易財現場だ。産業空洞化論を言っていた論者が、今度は国内回帰論を言ったりしているが、どちらも本質論から外れ、右往左往しているだけだ。国内には鍛え上げられた「良い現場」がある。国内と海外の同時強化が大きな流れだ。ずっと中小企業の現場を見続けてきた人の指摘であり、説得力がある。

アメリカ型の「IoT」のイノベーションは、上空のICTの世界から降ってくるタイプだが、それに対して製造業の現場という下界から反攻するというのがドイツの「インダストリー4.0」の言い分だろうが、それは中間あたりというべきもので、結局、地上の現場でのFAの改善を一番やっているのは日本だ、という。

「オタオタして自己否定するな」――苦境の25年を生き延びた日本の優良現場の粘りは大したものだ。それを直視して日本は戦略的に取り組むことが大事だという。きわめて論理的、かつ感動的でさえある。


北区少年野球大会 入場行進② 280313.jpg 北区少年野球大会 始球式 280313.jpg

いよいよ草木も生い立つ弥生3月、野外でのスポーツが始まりました。

12日、地元では第36回北区少年野球選手権春季大会が開幕。荒川河川敷には、大勢の少年・少女の選手たちが集まり、元気なスタートを切りました。各チームの監督・コーチ・保護者の方々が毎週、練習・指導・支援を行ってできるもので、感謝です。

先週は高齢者に最近人気の「輪投げ大会」にも参加、いよいよ春です。

輪投げ 280306.jpg


がんばろう石巻3.jpg東日本大震災の発生から5年となる11日、都内で天皇・皇后両陛下のご臨席のもと「東日本大震災五周年追悼式」が行われ、出席しました。地震発生時刻の14時46分、出席者全員が黙とうをささげました。

首相の式辞に続き、天皇陛下がお言葉を述べられました。また、遺族代表の3名からも挨拶があり、その後、献花を行いました。

私が国土交通大臣を務めた安倍内閣の3年、まさに「東北の復興の加速」は最優先の課題。私が重視したのは「復興の実感」――。確かに復興が進んでいるということを被災地・住民に「実感」してもらえる具体的施策の実行です。

大震災直後の2011年3月26日、相馬市、南相馬市に直行したのをはじめ、「気仙沼のカツオ水揚げ」「石巻港に短期滞在用の大型客船導入」、国交大臣となっての「復興加速化会議の開催」「緑の防潮堤に植樹」「三陸鉄道の全線再開」「常磐道の全線開通」「災害公営住宅の入居」「東電・福島第一原発の現状調査」、そして昨日の「常磐線の2019年度全通の決定」など、一生懸命走ってきました。


これまで5年間の「集中復興期間」が終了し、この4月から「復興・創生期間(32年度まで)」が始まります。基本方針もつくられ、「総仕上げ」に向けてステージが始まります。大事なスタートが今です。

被災者の方々に、一日も早く復興を実感していただけるよう、これからも現場の声を聞き、各市町村ときめ細かく連携し、さらなる復興の加速化を図っていきます。

記念植樹.jpgのサムネイル画像  気仙沼カツオ.jpg


16際の語り部.jpg東日本大震災から5年、あの日小学5年生だった3人は今、高校生。3人が「16歳の語り部」として語ってくれた、「あの日」「その後」そして「今と未来」――。

「"被災者に寄り添う"とはどういうことか」「心の復興とはどういうことか」「復興とは政治がやるなどというものではなく、被災した人たちが、苦しみをかかえながらも、普通に生きるようになること」など、さまざま考えながら声を聞いた。

「親に心配をかけたくない。気持ちを吐き出すことのない子どもが求めたものとは」「立ち直るということ。私生きていても大丈夫じゃん。・・・・・・強く・・・・・・とは言えないけど、生きていこう」「大人たちは、子どもたちのことをそっと見守ってあげていてください」「"もっと話をしておけばよかった"といっても失ったものは戻ってきません。これまで僕は、大切なことをずっとないがしろにしていたんだな・・・・・・。いちばん大切なのは、1日1日を大切に生きていくこと。そう思って僕は、16歳の今を過ごしています」「記録することも大切だけど、もっと生の実際の人と人との関わりを、本当に大切にしていってほしい。・・・・・・私は、ちゃんと相手のことを、目や耳や胸に焼きつけながら生きていきたい」・・・・・・。

3人に接した東京の高校生・山城未裕さんに「やっぱり、無為に過ごしていたんです。・・・・・・1回しかない人生なのに、スカスカの日常で終わるなんて、絶対に『あり得ない!』と今は思ってます」とまでいわせた「語り部」の力。解説・評論を越えた世界を拓いてくれている。


国宝消滅.jpg「イギリス人アナリストが警告する『文化』と『経済』の危機」と副題にある。労働人口や国内市場が縮小し、社会保障財源が厳しくなるなかで、観光立国が日本経済の重要な柱となる。話題を呼んだ「新・観光立国論」に続いての観光立国推進への第2弾が本書。

「観光立国実現のためには、国宝をはじめとする文化財が大きなハードルとなっている」「外国人観光客は、文化財観光に魅力を感じている。しかし、日本は観光戦略を重視してこなかったし、文化財が観光資源として整備されていない」「日本の文化行政は、明治以来、『優れたものを選定し、税金(補助金)を投入して手厚く守る』という考え方が根強い」「日本社会から伝統的な日本文化が消滅しつつある。観光客にお金を出してもらって文化財維持に貢献してもらうことだ」「保護ではなく、観光資源化。文化財行政の大転換が迫られている」・・・・・・。

そうした問題提起は、どんどん現実に踏み込み、具体的に矛盾や歪みを剔抉する。「建物見物から文化の実感へ」「判断するのは客」「文化財専門家の功罪」「文化財指定の"幅"が狭い」「文化財指定に観光の視点を」「安い拝観料を誰のため?一見消費者主義に見えるが、実は供給主義的考え方だ」「本当に職人はいないのか」「京漆器は日本産なのか」「補助金で支えるのは職人か社長か」「営業や情報発信の発想があまりに少ない」「職人文化を育てるためには生活保護的サポートでなく豊富な仕事量を」・・・・・・。1つ1つきわめて的確。観光立国、文化財行政の大転換の時はまさに今だ。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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