命のビザを繋いだ男_小辻節三とユダヤ難民.JPG杉原千畝の「命のビザ」を持って日本へ逃げのびた6000人のユダヤ難民。しかし滞在期限はわずか10日間。そのままでは「死の出国」が待っているだけだ。これを延ばすとともにナチスの執拗な弾圧を命を賭して救った日本人がいた。小辻(こつじ)節三だ。山田純大さんは世界に飛び、この一人の日本人を掘り下げた。そしてそれを助けた人道の人々がいた。松岡洋右も、神戸から上海に渡ったユダヤ難民を助けたラビ・アブラム・・・・・・。「世界を恐怖に突き落としたホロコーストという大惨劇の中で、ユダヤ人たちを助けようと動いた人たちがこうして繋がっている」――そうした人と人とを繋ぐ運命の不思議さと、屹立した人間群像を山田純大さんは感動をもって世界に飛んでたどっていく。それも素晴らしい。

そして「(ユダヤ難民を助けてくれたとともに)彼の最も大きな功績は、当時ナチスドイツの同盟国だった日本で、ユダヤ人に対する見方を変えてくれたということ」「それは日本人にユダヤ人の正しい姿を知らせただけでなく、ユダヤ難民たちにも日本という国をきちんと紹介したことである」という。



駅物語.jpgのサムネイル画像駅を行き来する膨大な数の人間。それぞれが物語を持つ。駅はそれが交差する世界だ。駅は社会そのものの投影図だ。人々の生活、通勤、仕事、希望と失意、喜びと悲しみ、出会いと別れ、そしてストレス、怒り、酔い、疲労......。

東 京駅に配属された新人職員の若菜直は、毎日、毎日、それも終日続く難題と格闘する。その背景には2つの事件があった。1年前、「見て、見て、お姉ちゃん、 景色すごいよ」と眼を輝かせていた、鉄道をこよなく愛していた弟が突然この世を去ったこと。そして直はその日に東京駅で倒れるが、意識の薄れるなか助けて くれた5人を捜そうとすること。駅を舞台にした映画は多いが、小説は少ない。人と人がぶつかりあう摩擦熱を生々しく描いた意欲作。


津波タワー.jpgのサムネイル画像

9月23日、静岡県を訪れ、吉田町の津波避難タワー完成式に出席。さらに、新東名高速道路のヘリポートで、自衛隊の大型ヘリコプターや救急のドクターヘリが防災拠点として離発着できるよう、現地で視察、打ち合わせを行いました。

吉田町は、南海トラフ巨大地震が発生した場合、約6分で最大8.6mの津波が襲うと想定されています。しかし地形が平たんなため、今年度と来年度で15の避難タワーを整備しており、今回その第一号が完成しました。タワーは道路の上空を活用した全国初の取組みで、約1,200人が避難できます。私は式典で、「有事の時だけでなく平時にも利用できる点が良いモデル。いつも行き慣れていることが、いざという時の避難に役に立つ。階段の手すりも3段になっていて、高齢者への配慮の点でも素晴らしい。モデル的な取り組みとしてさらに全国に広げていきたい」と述べました。

その後、川勝平太知事、小川和久静岡県立大学特任教授とともに、新東名高速道路の藤枝と静岡のパーキングエリアにあるヘリポートをそれぞれ視察。特に藤枝のヘリポートは、危機管理の専門家である小川教授から、周囲に盛土があるため自衛隊の大型ヘリが離発着できないとの指摘を受け、改修を実施することとしたものです。その推進状況について、現地で説明を受け、打ち合わせを行いました。

また、途中の富士山静岡空港では、空港、新幹線、高速道路を連結させた広域防災拠点の構想について、川勝知事から説明を受けました。

防災対策、危機管理は、現場感覚に立った取り組みが何よりも大事です。静岡県の先進的な取り組みを現地で確認することができ、今後の対策に万全を期すべく、更に練り上げていきます。

ヘリポート0923.jpg  静岡空港.jpg


20120920日本航空協会100周年記念式典.JPG
9月20日は「空の日」。広く国民の皆様に、航空に対する理解と関心を高めていただくことを目的とした記念日です。この日から30日までは「空の旬間」。期間中、全国各地の空港で地域の特色を活かした様々なイベントが行われます。

私も20日午前には、長年にわたり、航空の分野で活躍しその発展に貢献されたパイロット、客室乗務員等22名の方に対し、大臣表彰を授与いたしました。午後には、秋篠宮ご夫妻のご臨席をいただき開催された「日本航空協会」100周年記念式典に出席しました。
  
日本における航空の歴史は、今を遡ること103年前の明治43年(1910年)に始まります。徳川好敏、日野熊蔵の2人の陸軍大尉が東京の代々木練兵場(現在の代々木公園の辺り)において、初めて動力飛行に成功しました。「空の日」は、これを記念し、昭和15年(1940年)に制定されました(制定当初の名称は「航空日」)。
 
航空の利用者は今や年間1億5千万人。すっかり国民生活に不可欠なものとなりました。旅客、物流だけでなく、防災、救急等の分野でもなくてはならない存在です。グローバル時代を迎え、国の競争力を強化していく上でも、ますます、重要性が高まっていくものと思います。

何よりも重要なのは安全の確保。その上で利便性の高い航空ネットワークの充実を図ること。首都圏空港の機能強化、LCCの導入促進、航空機の安全対策、騒音問題など、様々な課題がありますが、解決に向け、どんどんと手を打っていきたいと思います。頑張ります。



里山資本主義.JPG「日本経済は"安心の原理"で動く」と副題にあるが、それが里山資本主義なるものだ。今、日本人と日本企業(特に大都市圏住民と大都市圏の企業)には、「マネー資本主義的な繁栄は続かないのではないか」「社会の近代化、高度化は、システム崩壊と国土の脆弱化を招いているのではないか」「人の存在までも金銭換算し、生きる価値すら奪う面があるのではないか」という根源的な不安・不信がある。「里山資本主義は、すべてが生活現場と離れた市場にゆだねられながら現在の社会、大都市住民が水と食料と燃料の確保に関して抱かざるを得ない原初的な不安を和らげる」という。"マネー資本主義"の対極を志すのが里山資本主義であり、それはすでに、日本の中国山地などの各地で、田舎とされた地域で始まっているというのだ。

江戸時代の自給自足の暮らしに現代人の生活を戻せ、というような主義主張ではない。里山資本主義は、お金の循環を前提とする"マネー資本主義"の経済システムの横に「こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築していこう。水と食料と燃料の安全安心のネットワークを予め用意しておこうという実践だ」というわけだ。"田舎"が変わり始めた。電気も木材も牛乳も野菜も、知恵が生き生きと発揮され始めた。

そして、「次世代産業の最先端と里山資本主義の志向は"驚くほど一致"している」「日本企業の強みはもともと"しなやかさ"と"きめ細かさ"をもっている。アメリカ型のマッチョな資本主義とは違う」「都会のスマートシティと地方の里山資本主義はこれからの日本の車の両輪になる」と、意欲的な提起をしてくれている。"大都市"と"田舎"、欲望と人間、モノと人の豊かさ――そうした根源的な問いかけである。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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