17日、ベトナムのチュオン・タン・サン国家主席が来日し、宮中晩餐会など、国賓としての諸行事が行われました。また、国家主席に同行し来日したディン・ラー・タン交通運輸大臣が、国土交通省を訪れ、会談をしました。タン大臣とは、昨年9月に東京で開催されたAPEC交通大臣会合、同月の私のベトナム訪問、昨年暮れの日・ASEAN40周年特別首脳会談ガラディナー、今回と半年の間に4回目の会談となります。
ベトナムでは、日本との貿易額が増大しており、特にインフラ輸出が進んでいます。具体的なインフラプロジェクトとしては、ハノイ・ホーチミンを結ぶ高速道路や高速鉄道、ハノイ近郊のラックフェン港、ホーチミン近郊のロンタイン新国際空港、ハノイ市内のニャッタン橋(日越友好橋)の整備などが進展しています。タン大臣との会談では、各プロジェクトの具体的な進捗状況を確認したほか、「地方は川を渡ることに苦労している。橋の建設を進めたい。協力して欲しい」などの要請も受けました。
ベトナムとの協力関係の強化が進んでいます。
東日本大震災から3年が経ちました。改めて震災でお亡くなりになられた方々に対し深く哀悼の意を表するとともに、被災された全ての方々に心からお見舞いを申し上げます。
昨日夕方、総理官邸で全閣僚が出席して政府の復興推進会議が開かれました。またその後、国土交通省の復興対策本部会議を行い、取組みを再確認しました。
被災地の復興について、国土交通省の関係では、道路などの基幹インフラは復旧が進んでいます。一方遅れていた住宅やまちづくりについては、災害公営住宅は約7割で事業が始まり、計画段階から工事実施段階に入ってきました。この1年で復興は大きく動き出しましたが、今なお避難生活を余儀なくされている27万人にも及ぶ方々が早く安心できる住まいを確保できるよう取り組みます。
また、福島の復興の加速は特に重要です。福島県の浜通りを南北に貫く常磐自動車道について、未開通区間の完成を前倒しし、来年のゴールデンウィーク前までに全線開通させることを決定しました。これにより、高速道路を利用した福島の復興を加速化させます。また、原発事故による避難者の高速道路無料措置について、1年間の延長を決定しました。
被災地の方々に一日でも早く復興を実感していただけるよう、頑張ります。
3月1日、沖縄県に行き、那覇空港第2滑走路起工式に出席しました。
那覇空港は沖縄と国内外を結ぶきわめて重要なインフラですが、国内有数の混雑空港でもあり、ピーク時間帯の遅延など過密化が深刻な問題となっています。このような状況から、滑走路の増設は、長い間地元の強い悲願でした。私も一昨年末の大臣就任後、真っ先にこの問題に取り組み、事業の実施や事業期間の大幅な短縮を決定しました。
起工式には、仲井真知事をはじめ、関係の国会議員、沖縄県の政財界の関係者が多数出席し盛大に行われました。仲井真知事が「事業を取り上げていただき県民を挙げて大変な喜び」「沖縄が新しいステージに今入りつつある」と挨拶される等、起工式は喜びに包まれたものとなりました。新しい滑走路は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年にオープンします。
また、起工式に先立ち、先月オープンした那覇空港国際線ターミナル、クルーズ船対応の岸壁工事を進めている那覇港旅客船ターミナル、那覇北道路・臨港道路若狭港町線を視察しました。
空港、港湾、道路――沖縄の振興のため、頑張ります。
2月22日、福島県に行き、常磐自動車道の広野・常磐富岡間(約16.4km)再開通式に出席しました。
常磐自動車道は、福島県の浜通りを通って首都圏と仙台を結ぶ東北の重要ルート。今回の区間は、東日本大震災で路面に深さ2~3mの大規模な亀裂ができたり、路肩が崩れるなど大きな被害を受けました。しかも福島第一原子力発電所から20km圏内にあるため、復旧工事の着手が遅れ、長い間通行止めとされてきました。このたび復旧工事と除染作業を行い、当初の予定を1か月前倒しして、震災から3年目を前に再開通することができました。
開通式で私は、「常磐道は、福島県はもとより東北の復興に欠くことのできない道路。未開通の区間についても、一日も早い全線開通に向けて全力で取り組みます」と挨拶。さらに、原発事故による避難者の高速道路無料措置について、今年3月31日が期限となっていますが、これを1年間延長する方針をこの場で初めて明らかにしました。開通式の直前にも地元の佐藤雄平知事、遠藤智広野町長、松本幸英楢葉町長、宮本皓一富岡町長から強い延長要望があっただけに、地元の皆さんに喜びの反応が広がりました。
この再開通と無料措置の延長により、福島の復興に弾みがつくことが期待されます。東北の復興加速の実感に向けて、さらに取り組みます。
