14日、山形県酒田市に行き、党山形県本部議員総会や日本海沿岸東北自動車道路等(日東道)建設促進加速化大会に参加しました。
この大会は、庄内開発協議会主催で山形県酒田市・鶴岡市や秋田県、新潟県など日東道に関係する市長や有力者、各議員など約1000名が参加、大変な盛り上がりでした。
講演に立った私は「日東道の早期全面開通の重要性は、日本海側だけでなく、日本の重要課題だ」「インフラのストック効果は日本経済のエンジンとなっている」「地域の活性化に必要な都市と都市、地域と地域をつなぐ対流促進型国土形成をつくるために道路は不可欠」「個性豊かな文化を持つ日本海沿岸の都市がつながり、相乗効果をもたらす」「道路が繋がれば、外国人観光客がクルーズ船で酒田港から新潟に、山形に、秋田にと観光圏が形成される」「そのためにも日東道を繋げることが重要。私も皆さんと共に頑張ります」と述べました。
また、会場で庄内開発協議会の新田嘉一・最高顧問(株式会社平田牧場・会長)、日東道建設促進加速化大会の丸山至・委員長(酒田市長)、市川雄次・副委員長(秋田県にかほ市長)、高橋邦芳・副委員長(新潟県村上市長)等から「日東道(日沿道)の一層の建設促進と一日も早い全線開通を」との要望を受けました。
荒川のタイムラインシンポジウム――。4日、東京板橋区で国土交通省荒川下流河川事務所・板橋区主催の「荒川はん濫!要配慮者利用施設の避難を考えるシンポジウム」が開催されました。シンポジウムでは、私が冒頭に挨拶。東京大学大学院情報学環の松尾一郎客員教授(板橋区総合防災アドバイザー)がコーディネーターでのパネルデスカッション等が行われました。水害が頻発するなか、水災害防止対策の充実したシンポジウムとなりました。
このシンポジウムでは「タイムライン」が焦点――。「タイムライン」は、私が国土交通大臣時代の2015年6月に全国に先駆けて「本格的な荒川下流タイムライン」として策定。台風上陸の3日前、1日前、12時間前といった時系列で、地方自治体や交通機関などがとるべき防災行動をまとめておくもの。アメリカでは、2012年10月にハリケーン・サンディがニューヨークを襲った際に事前に地下鉄を止めるなど、被害軽減に大きな効果を発揮しました。
荒川下流の「タイムライン」では地元自治体のほか、鉄道、電力、学校、通信、医療・福祉施設、企業など20機関、37部局もの多数の関係者が参加し、250項目以上にも及ぶ対策が練り上げられています。さらに充実を期するために、このたびのシンポジウムを開催したものです。
現在、全国の直轄河川109水系のほとんどにタイムラインが作られてきていますが、関係機関の協力・充実策が課題となっています。
私は経過を述べるとともに「全国のモデルとなるような荒川タイムラインを作ってもらいたい」と挨拶しました。さらに防災減災対策を進めてまいります。
7月2日、東京・お台場パレットタウンで催されている「世界初のデジタルアートミュージアム」を視察しました。
これは森ビルとチームラボによるもので、施設面積1万平方メートル、施設内は「ボーダレスワールド」「チームラボアスレチック 運動の森」「未来の遊園地」「ランプの森」「EN Tea House」の五つの空間で構成されたもの。
世界初の公開作品を含む約40作品が展示されており、施設内に入ると次々と異次元の世界がデジタルで展開され、各部屋や作品、鑑賞者との境界のない(ボーダレス)アートの世界が広がります。
来場者は各部屋を歩きながら、案内図もない空間のなかで、滝に打たれたり、棚田の稲穂が広がる風景で遊んだり、花園やホタルの世界を体験します。子どもが書いた動物や魚がいきなり動き出したりし、この日もお子さん連れが多く来られて楽しんでおりました。また外国人の方が4割にもなっているとのことで、大盛況でした。
私も世界初のデジタルアートを生で体験しながら、未来の時代を感じてきました。
ついに滝室坂トンネル着工――。24日、熊本と大分両県を結ぶ難所中の難所、滝室坂トンネルが着工しました。この着工式には、江田康幸衆議院議員、河野義博参議院議員、城下広作県議、前田憲秀県議、氷室雄一郎県議などが参加しました。
滝室坂道路は2012年7月に起こった九州北部豪雨により大崩落を起こした場所。私が国交大臣の時に、蒲島郁夫知事や阿蘇市長等から再三の要請を受け、また私も現場に足を運び、滝室坂を本格的トンネルとして事業着手することを決定したものです。今後は、これまでのように災害の度に寸断されることなく、救急搬送や物流の時間短縮が可能になります。長年の悲願であったトンネルだけにこの日は大変な喜びが広がりました。
翌25日は、上天草市の国内最大級のアーチ橋「天城橋」を視察しました。これは5月20日に開通した「大矢野バイパス」(天草諸島と九州本土を結ぶ自動車専用道路)の天草側に新設されたものです。私は2015年12月にここを視察し、早期実現への予算措置を強く要望されていたもの。これがこのほど実現、52年ぶりに本土と結ばれた新しい橋の誕生になりました。天草は美しい観光の名所だけに絶景でした。
また両日に渡り、蒲島知事や阿蘇地域、天草地域の首長と政策懇談を行いました。