政治コラム 太田の政界ぶちかましCOLUMN
NO.106 日本国憲法施行70年――重厚な論議を/意義大きい公明党の「加憲」
日本国憲法が施行され70年となった。記念式典や集会が行われている。しかし、衆参の憲法審査会や集会等が行われているが、憲法改正への機運は十分盛り上がっているとはいえない状況にある。私は2000年から始まった衆院憲法調査会の5年間、憲法調査会で一貫して委員を務めた数少ない議員の一人だ。党の憲法調査会の座長も長く務めていた。「憲法を論ずることは国の形を論ずることだ」――これが2000年からの憲法調査会の基本的考え方であり、私は常に、「21世紀日本の国の形はどうあるべきか」を考えるなかでの憲法論議を提唱してきた。時代・社会は今、急速に変化をしている。急激な人口減少・少子化、異次元の高齢化の進展、グローバリゼーションや都市間競争の激化、エネルギーと地球環境問題、IoT・ICT・BT(バイオテクノロジー)・AI(人工知能)等の急速度の技術革新、世界の安全保障環境の大変化・・・・・・。21世紀日本の国の形は、きわめて広範かつ深い洞察力を必要としている。だからこそ私は、現在の憲法論議は「ここが不都合」などという次元ではない、「重厚な憲法論議が不可欠」だと主張している。
公明党は「加憲」という立場をとっている。それは、「現憲法はきわめて優れており、国民に定着していることを認識し、憲法3原理を堅持し、時代の進展とともに提起されてきた環境権等を現憲法に付け加えて補強する」という考え方だ。これは、米国のアメンドメント方式と同じ思考法に立つものだ。憲法の論議の対象として、「環境権をどうするか」「私学助成に関係する89条をどうするか」等々を議論してきたし、昨今では「緊急事態条項と憲法」や、「地方自治と憲法」の関連を論議し、衆院の憲法審査会で発言してきている。また9条については、公明党として「9条の1項2項を堅持し、自衛隊や国際貢献について加憲の論議の対象としている」としている。かつて私は「IT、BTの時代が来る」として、生命倫理等の問題についても、憲法調査会での論議を促してきた。技術革新が急速度で進むなか、「技術と人間」「AIと人間社会」「BTと生命倫理」の問題は、今のうちに論議しておかないと大変なことになる。政治が対応に追われ、目先のことばかりやっていると、取り返しのつかないことになる。とくに今の政治には、時間軸と構想力、洞察力が必要だ。それを憲法論議のなかで骨太に行う。それが「憲法を論ずることは国の形を論ずること」「重厚な論議が重要」ということだ。
NO.105 都市農業の振興、都市農地の保全を後押し/食の安全、食育、防災、景観、環境など多くの効果
「都市農業はきわめて重要だ」と私は考え、行動してきた。その都市の中で営まれる都市農業を後押しする制度改正が今、進んでいる。
私が国土交通大臣だった平成27年4月、「都市農業振興基本法」が制定された。これは国土交通省と農林水産省が連携して、都市農業の振興策を打っていく枠組みを定めたもの。都市農業に注目した初めての法律だ。昨年5月には、具体策を盛り込んだ「都市農業振興基本計画」も閣議決定された。このような動きに、特に3大都市圏で都市農業を営む人々は、非常に勇気づけられていると思う。
しかし、これまでの経緯をみると、都市農業にとって厳しい状況が続いていた。高度経済成長期以降、3大都市圏へ人口が急激に流入する中で、住宅難解消のために都市農地はどんどん宅地化が進行。地価の上昇で税負担も増えた。
バブル経済による地価高騰を契機に、1991年、都市農地を保全するための生産緑地の制度改正が行われ、固定資産税の農地並み課税や相続税の納税猶予など税の軽減措置も設けられた。しかし、生産緑地では30年間という長期の建築制限が課せられ、相続税についても終身営農し続けなければ免除されないなど、制度の活用には厳しい制限も存在。農家の高齢化や後継者不足もあって、農業をやめてアパート経営を行うなど、農地の宅地化はその後も進んだ。その結果、3大都市圏の都市農地は、約20年間で半分近くにまで減少してしまった。
しかし近年、都市農業・都市農地が持つさまざまな効用、機能が注目されている。
まず、安全・安心な食の供給だ。「食の安全」への意識が高まる中で、身近な畑で採れた新鮮な野菜や果物に対する評価が高まっている。生産者の顔が見えるということも大事だ。最近では、農地のすぐ傍に"農家レストラン"を開業する取組みも始まっている。
NO.104 バリアフリー先進都市東京へ/2050年、さらにその先を見据えた街づくりを!
2020年東京オリンピック・パラリンピックまで3年余り。世の中をバリアフリー化し、誰でも様々な活動に参加できるような社会を作ろうという機運がかつてないほど高まっている。
2月20日、政府は関係閣僚会議において「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を決定した。これは、東京大会を契機として、ユニバーサルデザインの街づくり・心のバリアフリーを推進し、大会以降のレガシーとして残していくための施策を実行すべく、とりまとめられたものだ。
これに関し、都議会公明党は、「東京改革へ3つの挑戦」の柱の一つに「2020年東京五輪に向け人にやさしい街づくり」を掲げる。具体的には、①都道の段差解消等に取り組むことにより、高齢者や障害者など、誰もが安心して生活・移動できる「世界一のバリアフリー都市」を目指す②駅ホームでの転落事故を防ぐため、ホームドアの設置を加速する③訪日外国人の「おもてなし都市」の基盤整備の一環として無料Wi-Fiを充実する――としている。
東京大会、特にパラリンピックには、国内外から多くの障害者が訪れることが期待される。彼らを受け入れるためには、東京を空港から競技会場に至る経路を連続的・面的にバリアフリー化することが不可欠だ。そのためには、訪日外国人が到着する成田、羽田両空港の更なるバリアフリー化や、空港と都心を結ぶアクセスバスやタクシーのバリアフリー化が必要となる。東京では、一般の路線バスの91%が超低床型である一方で、車椅子対応の高速バスやタクシーはほぼないといってよい状況にある。政府は、2020年までに東京のタクシーの25%を車椅子対応化させる目標を立てているが、バスやタクシーのバリアフリー化に真剣に取り組む必要がある。
また、主要鉄道駅等のバリアフリー化にも取り組まなければならない。東京大会開催時には、多くの観客が鉄道を利用することが想定される。昨年6月にはJR千駄ヶ谷駅等の改良計画が発表されたが、競技会場の最寄駅、乗換駅等におけるエレベーターやホームドアの整備は急務である。
さらに、鉄道駅から競技会場までのアクセス道路のバリアフリー化も必要だ。車椅子の方がスムーズに移動できるよう歩道の段差解消を進めるとともに、視覚障害者の方が安全・安心に移動できるよう誘導用ブロックを整備する。重点的な整備を急ぐべきである。
こうした「線」のバリアフリー化に加え、街そのもの、「面」のバリアフリー化にも取り組まなければならない。現在、新宿、渋谷等の主要ターミナルでは、都市再開発が進められている。このなかでバリアフリー化され、誰もが訪れやすく、楽しむことのできる街づくりが進められる必要がある。
NO.103 世界に広がる"ポピュリズム"/現状打開への意欲もつ政治へ
世界の政治は激震のなかにある。英国のEU離脱、トランプ大統領の誕生・・・・。そこには移民・難民等に対する不満と怒り、格差の拡大、貧困の固定化など、欧米社会の共通した変化があり、中間層等の怒りがある。これまで築いてきた世界秩序や経済システムにほころびが出ていることを直視し、新たな秩序の地平を拓くという覚悟が問われている。振り回されることなく、歴史的時間と世界的広がりを踏まえた自らの戦略を前に進めることだと思う。
政治について、民主主義について考えると、これら現象のなかで顕著なのは「ポピュリズム」ということだ。このところ寺島実郎氏が「反知性的ポピュリズムが跋扈しており、民主主義への失望に拍車をかけている」(「シルバー・デモクラシー」)といい、水島治郎氏が「ポピュリズムは民主主義の敵か、改革の希望か」(「ポピュリズムとは何か」)と、世界を揺さぶる"熱狂"の正体を解説しているように、社会の変化と民主政治のあり方を冷静に捉えることが不可欠だ。
水島氏が「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」(マーガレット・カノヴァン)を紹介しているように、波打つデモクラシーの波形が、時を経て世界的にある水準に至ったがゆえに、今日のポピュリズムが生起しているのだと感じる。
「大衆迎合主義」とも訳されるポピュリズムだが、世界的に「反エリート・反エスタブリッシュメント」「既得権益への反発と断罪」「代議制民主主義の機能不全傾向と草の根の直接民主主義への意思」「置き去りにされた人々への共感と標的への攻撃」「反移民・反難民・反イスラム、外国人流入への強い警戒感と排外主義」「メディア・ネットの活用と人民への直接の働きかけ」など、共通項目は多い。
背景はさまざまある。まず、グローバル化と格差の拡大がある。また、民主政治が成熟してくるなかで、既成政党の求心力の弱まりと、政党間での政策距離の狭まり、無党派層の増大がある。さらにもっとストレートかつ鋭角的に我々の声を聞けという民衆の不満や怒りが噴出していることは間違いない。そこに既成政党ではない"ポピュリズム勢力"台頭の舞台がある。しかし、その"熱狂"が危うさを内包し、民主主義の軽さをより助長し、国家主義等への誘惑に引っ張られるという懸念は、歴史的にも常に指摘されてきたところだ。
NO.102 ワーク・ライフ・バランスで生産性向上/働き方改革で人的資源の活用を
「一億総活躍社会」の実現が重要なテーマになっている。誰もが生きがいを持ってその能力を存分に発揮できる社会をつくることができれば、わが国が直面する人口減少・少子高齢化の課題克服にもつながる。
そのなかで大きな柱が、画一的な労働制度を見直して、一人ひとりの事情に応じた多様で柔軟な働き方を可能とする「働き方改革」だ。過酷な超過勤務が社会問題化している今、長時間労働を是正し、休暇も取れるゆとりある働き方を実現しなければならない。
そのためには、仕事と家庭・私生活が両立する「ワーク・ライフ・バランス」が大事だ。一部の企業や官公庁で取り組みが始まっているが、さらに社会全体に広がっていくよう、力を入れていかなければならない。
ワーク・ライフ・バランスに問題がある働き方が広がっているのは、終身雇用や新規学卒者一括採用など、わが国独特の雇用慣行が原因の一つとなっている。一度会社に就職したらその会社の中に一生があって、仕事をしながら経験を積んでいくことによって生産性が上がっていた時代が過去にはあった。しかし今、その成功体験が硬直的な雇用慣行となって、企業と労働者を縛ることになっている。企業が低収益に苦しむようになって不採算部門を抱えたとしても、解雇が制限されているために、能力が発揮されない余剰人員が生じてしまう。労働者も転職は高いリスクを伴うので、会社の経営が厳しくなれば、賃金抑制や長時間労働による労働強化も受け入れてしまう。ワーク・ライフ・バランスを失う状態になっても、会社にしがみつくことになっているのだ。
人は幸せを感じるときに効率よく仕事をし、高いパフォーマンスを発揮する。しかし、ワーク・ライフ・バランスを失った働き方が進むと、多様性や創意工夫を発揮したイノベーションが生まれにくくなる。その結果、企業の生産性は低下し、社会の成長力が弱まり、さらに経済が低迷していくという悪循環に陥ってしまう。非正規労働の拡大、低賃金の問題など、社会の格差が広がる原因にもなる。企業も労働者も、これまでの意識を捨てて改革に取り組まなければならない。